第弐章 鳴動する運命の深淵

第一話 最強ノ来訪者

アルドベルクとの戦いから二ヶ月ほど経ったのだろうか。リリスの言う通り、フランデッタの周辺は今までの事が嘘のようにモンスターで溢れかえっていた。


当初は何かに怯えるような仕草を見せていたモンスターだったが、帰ってきた冒険者達に討伐されている内に元の調子に戻ったようで、以前となんら変わりのない状況になっているようだ。フランデッタの復興も徐々に進んでいるようで、たまに会うアーシャも嬉しそうにそう話していた。


そして、あの時生き返ったティナ達も今では元気に騎士団の仕事をこなしている。あの後今までの状況を説明してみたのだが、やはり記憶に無いようだった。話を聞けば領主のところへ行った帰りに突然意識がなくなったみたいだ。


何はともあれ、こうして平和に月日は流れている。あれからアルドベルク達の噂も聞かなくなったし、モンスターがいなくなったという話も聞かなくなったので、当分は安心できるだろう。初のGスキルとの戦闘だったが、怪我なく勝てて本当によかったと思う。


俺も地道にギルドの依頼を達成してお金を稼ぎ、たまにエリーゼの依頼を受けるといった行動を繰り返している。今もエリーゼの依頼で王都から少し離れた場所にあるダンジョンに潜っているところだ。



「ここら辺で一度休もうか」



「はい、そうですね」



そして今俺の隣にいるのはたれ目とほんわかした雰囲気が魅力的なアーシャだ。何でもこのダンジョンでは貴重な鉱石やモンスターの素材が取れるようで、今回も素材収集という名目でエリーゼから頼まれて来ていた。


アーシャは素材に詳しくない俺の補助役として、今回来てくれている。



「大分集まったな。今二十一階だっけ?」



「そうですね、もうすぐ下への通路があると思いますよ」



二十一階ともなると、今自分がどこにいるのかわからなくなる時がある。アーシャもいるしイーリスのスキルがあるからモンスター相手には困らないけど。


そんなこんなで再び進んでいき、地道に階層を降りていく。やはり下の階になるにつれてモンスターも強くなるし、取れる素材も貴重になっているようだ。俺達は三十四階までたどり着いた。



「やっぱり俺が見たアイツは勇者アルドベルクで間違いないのか?」



「はい、容姿やスキルの能力も伝承の内容と一致しています。恐らく間違いないでしょう」



「てことは、リリスもGスキルを持っていると見ていいな。多分だけど蘇生系のスキルだと思う」



アルドベルクとの会話や最後にティナ達が生き返ったのも、リリスのスキルと何らかの関係があるからだろう。感謝していいのか悪いのか分からない奴だな。



「恐ろしいですね、Gスキル。Sスキルとはまた格が違うと、カイトさんの話を聞いてそう思いました。恐らく今回のフランデッタの件も、勇者アルドベルクのスキルが聖属性の究極形態であったために起こってしまった現象なのでしょう。モンスターがいなくなったというよりは、近寄れなかったといったほうが正解かもしれません」



「なるほどね」



リリスが去り際に残したあの言葉の意味を、アーシャの説明で理解する。消えたというより近寄れなかったのか。それほど広域に聖なる力が広がっていたとは想像もつかなかった。てか、やっぱり神の能力だけあって本当にえげつない効果だな。


それにしても、伝承通りならばアルドベルクは帝国騎士団の人に倒されたってことになる。やはり対魔族用にしか特化していないGスキルということだろうか。対人ではそれこそ何の意味もなく、ただ十字架という物理攻撃でのみ戦うしかなかったんだろう。


しかし、あの時はこのステータスでも倒せなかったというのに、昔の帝国騎士団がそれほど強かったとも想像出来ないし、やはりリリスのGスキルが強く関係していると見て間違いないようだ。



「あ、階段ですね」



「ん、本当だ」



目の前には地下へと続く一つの階段があった。これを降りて三十五階を攻略すれば、今回の任務は終わりだ。


モンスターも相当強くはなっているが、正直相手にならなさすぎて申し訳ない。鋭く研ぎ澄まされた爪も、強力そうな魔法も、俺のHPをミリ単位で減らしているだけである。なんだか戦っている間に可哀想に思えてきて、最後のほうなんかは攻撃すらせずに素通りするだけだった。命を大切にな。



「ダンジョン難易度もS級とあってモンスターが強いですね。カイトさんがいなければ一人でここに辿り着くことはなかったと思います。三十階以降なんて行くの初めてですよ?」



「そ、そうかな?あはははは……」



ただ、このスキルを過信しすぎてもいけないな。俺自身、いつかはGスキルを使わずともこのレベルのダンジョンを一人で攻略出来るようになっておきたい。


アーシャの先導のもと、俺は三十五階へと降りていく。今までは柱などがいくつも建っていたのだが、この階層は柱がないせいか他の階層と比べるとやけに広く感じてしまう。壁の色も灰色から土色に変わっているし、天井なんかも三倍くらい高くなっていた。目測で一五メートルといったところか。


とその時、背後から殺気を感じた。腰に差してある長剣を咄嗟に引き抜き、攻撃を防ぐように構える。それと同時に大きな衝撃が長剣を通して伝わってきた。



「ほぅ、今のを防ぐのか」



声の主は桃色の髪をした少女だ。



「……!?カイトさん!?」



アーシャはその声に驚き、俺の方に振り返る。



「ん?……ふむ、そこの女には用がないからの。ちと眠っておれ。永い夢道センサ・トラオム



少女の指先から淡い水色の魔法陣が展開され、光が走ったかと思うとアーシャは力なく地面に崩れ落ちた。



「お前!」



アーシャを庇うように立ち位置を変え、長剣を構える。少女はそれを見て面白そうに笑うと、片手に持った短剣を投げてきた。


恐ろしいほどのスピードを持った短剣は俺でもギリギリ視認できるくらいで、しかし眼前まで迫ったかと思えば突然姿を消す。



「下じゃよ」



少女の姿も消えたかと思えば、俺の膝元まで移動していた。片手に先程投げた短剣を持って、切り上げてくる。



「くっ!」



寸前のところで防ぐが何故か力負けしてしまい、奥まで吹き飛ばされて壁に埋まる。こんなことが今まで無かったために、俺はかつてないほど動揺していた。


空気を斬る音が聞こえる。気付けば少女は目の前まで来ていた。振り下ろされる一閃を避けて長剣を振り下ろす。



「無駄じゃよ」



少女はくすりと笑い、俺の一撃を二本の指で止めた。離そうにも力が強すぎて動かない。剣身には次第にひびが入っていき、遂に砕けてしまう。


その瞬間、目の前の景色ががらりと変わった。今までいたはずの少女は消え、変わりに映ったのは天井。そこで初めて俺が蹴り飛ばされたことに気がつく。


■HP 791,605/10,017,720



「嘘だろ……」



本能的にコイツは危険だと感じた。ここまで為すすべもなく攻撃されるなんて有り得ない。ステータスだってあんなにズバ抜けているはずなのに、このHPの減りようはどう考えてもおかしい。


視線を少女に移すとこちらにゆっくりと歩み寄って来ていた。

反射的に身構え、目の前に【光輝の神剣ソル・イーリス・ブレイド】を召還する。


それを見た少女は桃色の短髪を弄りながら楽しそうに笑った。



「くっくっく、愉快愉快。どうじゃ?お主が信じていた絶対の力を否定された気分は?」



「覚悟していたけど、正直恐怖でどうにかなりそうだよ」



「そう、それでよいのじゃ」



少女は俺の目前まで迫ると、何故かひざまずく。



「えっ?」



突然の出来事に、俺はひどく混乱した。



「先程の無礼な行為、本当にすまなかった。じゃがもう安心じゃ。これからはお主の剣となり盾となり、その身その命が朽ち果てるまで側にいることを誓おう。例え永劫なる生命の時に流れたとしても」



「えっいや、ちょっと待って。全く訳が分からないんだけど」



「ふむ、詳しいことは後で話す。とりあえずあそこで寝ている女のところまで行こう」



俺は少女に引かれるがまま、アーシャのところへと向かう。冷静になって気付いたが、この少女の後ろ姿や雰囲気は、あのイーリスのものとよく似ているような気がした。


肩まで伸びた桃色の髪からふわりと良い香りが漂い、ちらりと見えた瞳は海のように綺麗な蒼眼だ。手足は触れれば折れてしまいそうなほど華奢で、握られた手からはすべすべとした心地よい感触が伝わってくる。肌は白く透き通っており、白いワンピースと相まって更に白く見えた。やはり口調は違えども、どことなくイーリスに似ている。


この少女に途中で回復魔法をかけてもらい、先程のダメージも完全に消えたところでアーシャのいる場所に辿り着く。


握っていた手をそっと離し、少女は笑顔で俺に振り返った。



「ふふっよし、ではまず名でも名乗っておこうかの。わしは双創神イーリスの第一眷属であるアイリスじゃ。イーリスの能力の一部である『闢力』と『創権』を司っておる」



「は?第一眷属!?」



というとあれか?イーリスの眷属の中でも一番強いのか?確かヴァンザドールもドクトとかいう煉獄の神の十二番目の眷属だったよな。



「というか何でイーリスの第一眷属がここにいるんだ?普通はもっと違うところにいるもんじゃないのか?」



「うーむ、どこから話せばよいかの。まずここに来た理由じゃが、お主のことをイーリス様に頼まれてな。Gスキル相手に一人じゃ心細かろう?」



「まぁ心細くないと言えば嘘になるかな。だけど、他人を巻き込んで怪我を負わせてしまうことの方が俺としては心配だ」



「ならば尚更わしが同行しよう。少なくとも今のお主よりは断然強いぞ?」



「うっ、それはさっきの戦いで痛いほどわかったよ」



それを聞いたアイリスは楽しそうに笑う。



「急な話になってしまったが、悪く思わないでくれ。これも全てイーリス様の計らいなのじゃ。近頃このランスロード王国に不穏な空気が流れておってな」



「もしかしてGスキルなのか?」



「まだ確証はないがGスキルと見て間違いないじゃろう。それも二人かもしれぬ」



いやいやいや、あんな恐ろしい能力を俺だけで二つも相手に出来るわけがない。だけど、アイリスがいてくれるとなると確かに心強いな。



「まぁそんな感じなのじゃよ。お主の力量も分かったところじゃし、近々Gスキルの使い方でも教えてやろう」



「ぜひお願いします」



「ふふふ、任せるのじゃっ。さて、大事な話も終わったし、そろそろ起こしてやるかの」



アイリスが指をパチンと鳴らすと、今まで気持ちよさそうに寝ていたアーシャが突然目を覚ます。


眠たそうに目を擦りながら俺達二人を不思議そうに見つめるアーシャに、そういえばアイリスのことをどう説明しようかと俺は真剣に悩んでいた。

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