とある冒険者の日常

様々な商人が行き交い、大勢の冒険者達が集う町、ここフランデッタにはランスロード王国の中でも一番の規模を誇る冒険者ギルドが存在する。


町の中央にどっしりと構えたこの建物は、南に存在する商人ギルドの建物よりも数倍ほど大きい。比例して人の出入りも多くなるもの。


俺ことライアンは、今ギルド内に冒険者同士の交流の場とし設けられている酒場にいた。テーブルを挟んで向かい側にいるのは、長年苦楽を共にして来た仲間であるブランだ。



「さて、今日はどんな依頼を受けようか」



「がっはっは、こうやって一日中酒飲んでてもいいがな!」



「バカ言え。俺はいいけどお前は金が無いだろ」



こいつは大の酒好きで、暇があればこうして飲んでいる男だ。こんな朝早くから飲む奴なんて、この酒場にもブラン一人しかいない。金がすぐ無くなるのもこのせいである。



「まぁそう言うなよ、一つ儲け話があってだな。こうして酒を飲んで妄想膨らませてんだよ」



「儲け話?」



「ああ、実は俺の知り合いに商人がいるんだが、そいつが言うんだよ。商人ギルドに入って商売をしてみないか、ってな!」



ブランは豪快に笑うと残りの酒を一口で飲み干した。



「お前が商人になるって?酒飲み過ぎて頭おかしくなったか」



ブランは冒険者としての知名度は割と高い方である。というのも、持ち前のデカさとタフさでモンスターを圧倒し、愛用のバトルアックスで岩すらも粉砕出来るほどの怪力(STR)を持っているからだ。つまり脳みそも筋肉で出来ているわけで、そんな奴に商売みたいなシャレた真似は出来ないと思う。



「いやこれがよ、案外バカに出来ない話なんだ。今フランデッタで人気の食べ物は知ってるだろ?」



「ああ、テヌロ村産のキュリウーだ」



最近フランデッタの市場に出回るようになった緑色の野菜である。瞬く間に姿を現し、住民の関心を高く集めて今では人気の食材の一つとなっている。



「そう、それだ。そいつの話では商人ギルドに入ればそれ専用のパイプを使ってキュリウーを大量に調達する事ができるみたいなんだよ。しかもコストもあまりかからず、安全で鮮度も充分な状態を保てるみたいなんだ」



「それで?」



「人件費やら何やらを払えばそのキュリウーの利益を全部俺にくれるらしい。場所も既にあるみたいだし、出費を計算してもキュリウーの利益でざっと十万ゴールドは堅いだろうってよ。どうだ、すごいだろっ。

金貨

十枚だぜ?」



「そんないい話があるかねぇ」



つまりブランは何もしなくても大量の金が手に入ると言いたいのだろう。ま、絶対に騙されていると思うけどな。



「お前も知ってんだろ?今フランデッタの市場を独占してんのはロスが作った商人ギルドだ。今じゃ生産から卸売にまで手を伸ばしてるみたいだぜ」



「知ってるよ。そのせいでどこに行っても高い商品ばかりだ。まぁ買わざるを得ない状況をロスが作っちまってるし、町の流通も安定して生活しやすくなっているのも事実だから何も言えないがな」



現在のフランデッタの市場は完全にロスの手の中にある。加えて政治にも手を出し始めたみたいで、完全に手をつけられない状態だ。


どんどん拡大するギルドの規模に、町の住民や職人達が異を唱え出して、結果的に事件になる事も多くなっている。冒険者の俺にも関係ない事ではなくなってきているのだ。



「何もせずに金が入ってくるんだ、考えるだけで酒が進む」



「バカなこと言ってないで早く依頼を受けに行くぞ。最近モンスターの数が少なくなってきてるんだ。出遅れたら依頼が無くなっちまう」



「へいへい、お前は真面目だよな。せっかく俺達Aランクになったんだ。一発ドカンとでかい依頼をこなして当分生活出来る資金を稼ごうぜ」



「そのドカンを狙って死んでいった奴らを忘れたのかよ」



毎度そうなのだが、ブランは酒を飲むために戦闘をしているようなものだ。事あるごとに働きたくないと呻いている。


そんなこんなでブランを連れて強引にモンスターを討伐しに行く。相変わらずの剛力で倒していき、あっという間に討伐対象であるスロウウルフを五体倒した。



「こんなもんか、まぁBランクだし仕方がないよな」



呆気なさ過ぎて少々物足りない。対象外のモンスターを討伐しようかと思ったが、周りには木々が生い茂っているだけで何もいなかった。



「今日はAランクの依頼何件出てた?」



不意にブランが呟く。



「三件だけだな」



「三件か……何かおかしくね?少なくとも一日十件はくだらなかっただろ?」



さすがのブランもフランデッタの異変に気付いたのか、驚きを隠せていない。最近目に見えてモンスターの数が減ってきている。


いや、別にいいことなんだろうけど、討伐報酬で生計を立てている冒険者からすれば、税金も払えないくらい苦しくなっている者もいるだろう。



「ちょっと気になるな、ギルドマスターと話をしてこよう」



「その内モンスターの数も戻ると思うぜ?」



「確証が無い上にフランデッタの冒険者達は大半が放浪型だ。こんな調子だとどんどん居なくなってしまうだろ。その前にギルドマスターに事情を聞いて、不安要素を取り除かなければ」



やや自分に言い聞かせるようにそう呟き、この場を後にする。俺自身も冒険者として成功する夢を追いかけてフランデッタまで来たのだ。異常な事態に不安は募るばかりである。


早足でフランデッタに帰還した。一階の酒場で飲んでくるというブランを置いて、俺は一人ギルドマスターの元へと向かう。


受付嬢に事情を話し、二階のギルドマスター室まで通してもらう。俺は静かにノックした。



「入れ」



返事を受け、扉を開ける。そこにはハゲ頭が特徴的なこの町のギルドマスターがいた。



「ライアンか、大方モンスターの事についてだろ?」



「よくわかったな。率直に聞くが、今どういう状態だ?」



俺の問いにギルドマスターは顔をしかめる。



「わからない。約十日ほど前から依頼の申請回数が減っているんだがな。ちなみに現在六割減だ。冒険者も三割ほど出て行ってる」



「嘘だろ……」



「嘘じゃない。まぁ商人や職人はほとんど変わらないが、冒険者は目に見えて少なくなっている。いずれ居なくなるかもしれないな」



「冗談はよしてくれ。笑えないよ」



あながち間違っていないから尚笑えない。モンスターの減少も理由はわからないみたいだし、本当にどうするかな。


まぁこの時までは心のどこかで、俺はまだ大丈夫だろうという気持ちがあった。いつか元の調子に戻るだろうと。


しかし、日を追うごとにモンスターの数は拍車をかけて減っていった。Aランクの依頼など全く無く、Bランクも二桁あればいいといったところだった。


そんな時に最悪の事件が起きる。市場を独占していたロスの商人ギルドが、新たに設立された職人ギルドと戦闘をしたのだ。


結果は両者共に壊滅的なダメージを受け、止めに入った自警団の者達からも負傷者が続出するという事態になった。この事件により、更に冒険者が減る。職人も武器や装備を作れなくなり、地元の者以外はそのほとんどが出て行った。


それから三日後にロスの商人ギルドは解体され、当然の如く商人もいなくなる。更に二日後、一部の冒険者が金品を強奪したり、食料を盗むといった行為をするようになった。これには流石のギルドマスターも頭を抱えている。



「仕方がない。手遅れかもしれないが、王国騎士団に要請しよう。現在の状況を本部に伝えて、早急に手を打たなければ」



「依頼も素材収集のみになってたな。いや、素材収集すら無くなってきたか」



「何でこんなことに……わけがわからねぇ」



「俺もだよ」



問題発生から既に五十五日が経過していた。フランデッタの冒険者も定住型が一割ほど残っているが、そのほとんどが家に引きこもっている。さわがしかったギルド内もその周辺も、痛いほどの静寂が包んでいた。



「俺は一度王都へと向かう。恐らく五日以内に王国騎士団は来るだろうから、門番に話を通していてくれ。領主には俺から言っておく」



「わかった、伝えておく。絶対に戻って来いよ?」



「戻って来るに決まってんだろ。俺がいなかったら誰がこのギルドを統括すんだよ」



「確かにそうだな。お前が一番適任だ」



「やめろい。照れるじゃねぇか」



「こうやって言い合えるのも今の内だけだろうしな」



俺の一言で、ギルドマスターは真剣な表情になる。



「させねぇよ、そんな事。あの賑やかだったフランデッタの町に、絶対に戻してみせる。ギルドマスターとして、一人の町民として」



「そうだな、こんな事で挫けちゃいけないよな。よし、頑張ろう」



「おぅ!」



それからギルドマスターと別れた俺は、さっそく門番に王国騎士団の件を伝える。彼はその話を嬉しそうに聞いていた。


やがて再びギルドに戻り、酒場でうなだれているブランの隣に座る。



「どうした、元気ないじゃないか」



「酒の在庫がもうねぇみたいなんだよ」



深いため息をついて俺を見る。



「なぁ、シェルトンの町に行かないか?ここからでもそう遠くないだろ?」



「なんでシェルトンになんか……俺はフランデッタに残るよ」



「そうか、じゃあここでお別れだな。シェルトンで酒を買ったらまた戻って来るが、それまで元気にしてろよ」



「ちょっ、冗談だろ?フランデッタを離れるのか?」



慌てて問いただそうとする俺を、ブランは申し訳なさそうに一瞥する。



「すまねぇな、絶対に戻って来るからよ。もう我慢の限界なんだ」



「…………」



彼は無言の俺を見ると黙って酒場を後にする。長い付き合いの中で確かに酒が好きだと分かっていたが、ここまでのものなのか。


誰一人いない酒場を見渡し、奥で慌ただしく動いている受付嬢に視線を移す。こんな状況でも、ギルドは忙しいみたいだ。


深いため息をついてギルドを出る。風の音が虚しく響き渡り、人一人いないこの町中を俺は黙って歩いていく。


いつもの道よりも、とても広く感じた。

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