第十四話 聖なる咎人の再臨

ふと、強い違和感を感じて目を覚ます。体を起こして窓を覗くと、外は真っ暗だった。どうやら冒険者達から話を聞いた後、自室で待っている間に寝てしまったようだ。


窓の奥、黒に染められたフランデッタの町並みを眺めていると、違和感の正体を発見した。遠くの空に闇夜をかき消すほどの光が十字架の形を成して浮かび上がっているのだ。


不思議に思い、とりあえずティナ達の判断を仰ごうと部屋の外に出る。ゆっくりと他の客が目を覚まさないように歩き、ティナ達の部屋のドアを軽くノックする。


しかし、返事はなかった。寝ているのか、まだ領主のところにいるのか、試しにドアノブを回してみると簡単に開いてしまった。中を確認するが誰もいない。



「やっぱりまだ領主のところか」



仕方ない、今回は俺一人で行こう。そっと宿屋を抜け出し、空に浮かび上がる十字架を目指して歩いていく。夜のフランデッタは少し肌寒く、羽織る物を持ってきてなかった事を後悔する。


それからしばらく歩き、遂にはフランデッタの外へと抜けてしまった。十字架の位置ももう目と鼻の先だ。


それから数分後、少し盛り上がった丘のような所に辿り着く。辺りは静寂に包まれており、人の気配がしない。上を見上げれば丘の頂上に突き刺さった東京タワーほどの大きな光の十字架がそびえ立っている。


やっぱりおかしい。何故こんなところに十字架があるんだ?地球でいう地震や嵐のような自然現象の一つなのか?いや、さすがにこれは無いだろう。


気になった俺はゆっくりと丘を登っていく。十字架の光によってここら一帯は朝のように明るいが、頂上だけはこちらからだと見えない。


次第に十字架に近付いていき、遂に丘の頂上まで辿り着くと、そこには二人の男と女がいた。十字架の光に照らされて輝く金髪。それを肩まで伸ばし、少し長い前髪からは綺麗な碧眼がちらりと見える。身につけている白銀の鎧は所々錆びており、色褪せていることからかなり古い物だとわかった。


男は丘の頂上に建てられた石版の上に腰をかけ、空を眺めている。


そして男と向かい合うように佇む小柄な少女。銀髪を腰まで伸ばし、燃えるような紅色の瞳は虚空を見つめている。純白のワンピースから出ている手足は透き通るほど白く、服と髪の色も相まって全体が輝いているような錯覚に襲われる。


俺が近付いていくと、少女がゆっくりと俺の方に振り向く。



「アルドベルク。誰か来た」



「そうか」



上を向いていた男はそう呟くと、視線を俺に移す。



「誰だ?」



ひどく冷たい声だった。心の底に響くような重さを持った、しかしどこか悲しさを含んだ、そんな声だ。


俺はその問いに答えず、代わりに彼の横──石版の側──に横たわっている三人の人物に目を向ける。その人物達に、俺は見覚えがあった。


ここまでの道のりで行動を共にした王国騎士団の一員、ティナとルルとリドリーだ。全員、胸の部分に十字架を刺された状態で倒れている。



「お前が……やったのか?」



「だとしたらどうする?」



「ぶっ潰す」



間髪入れずに地面を蹴った。およそ常人では捉えきれない速さで間を詰め、アルドベルクの顔面を渾身の力を込めて殴った。


大気が揺れる。自分の拳が空気の層を何枚も砕きながら音速を超える速さでめり込んでいく。爆発するような音とともにアルドベルクは物凄いスピードで丘の下に激突した。


光の十字架のおかげで辺り一帯は非常に明るくなっている。そのため、彼の居場所もすぐに把握できた。



「がっ……かぁ……はぁはぁ……何で……だ」



砂煙が晴れると、そこには既に満身創痍のアルドベルクが立っていた。その瞳に驚愕の色を宿し、俺を睨んでくる。



「なんて……力してるんだ……おい、リリス……話が違うじゃないか!」



「嘘は言ってない。あなたの体は確かに強くなってる。ただ彼の力がそれを遥かに凌駕してるだけ」



アルドベルクの訴えに、リリスと呼ばれた少女は眉一つ動かさず淡々とそう呟いた。



「有り得ない」



彼は腰に納めている剣を抜刀し、なおも俺を睨んでくる。その剣は俺の【光輝の神剣ソル・イーリス・ブレイク】には及ばないものの、莫大な聖なるオーラを宿していた。剣身の煌めきも他の剣とは一線を画している事を物語っている。



「なんでこんなことしたんだよ……」



横たわるティナ達に視線を移して、悲しみにくれる。一緒にいた時間は少ないけど、それでもかけがえのない出会いだと思った。リーダーシップのあるティナに、人懐っこいルル、いつも冷静で頼りになるリドリー、思えば俺はまだ何の役にも立ってない。


何のためにここに来たんだよ。問題を解決するためなんじゃないのか。こんなところで死んでいいのかよ。


地球でも異世界でも関係ない。人の死は等しく多くの人間を悲しくさせる。命も等しく尊いものだ。それを簡単に潰してしまう奴は、絶対に許せない。


俺の目の前が光輝く。光の粒子が集まっていき、剣の形を成していく。現れたのは【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】。あまりの威力に使うことを躊躇していたが、もう迷いはない。


俺の本気の一撃を受けてあの程度の傷なら、これでもやり過ぎではないはずだ。黄金に装飾された柄を掴み、構える。



「まさか……天地開闢の神剣。双創神イーリスか!?」



「そんなことはどうだっていい!」



再び地を蹴って距離を詰める。彼も応戦するように抜刀した剣を構えなおした。



「うぉぉぉぉぉぉ!」



「くっ……『ブレイド・スルー』!」



剣と剣がぶつかり合った瞬間、何故か俺の剣の軌道が有り得ない方向にそれる。その隙を突かれて腹部に一撃をもらってしまった。



■HP…999,894/10,003,720



視界の端にHPゲージが現れる。大して痛くもなかったが、ダメージだけならあのSS級のヴァンザドールの攻撃を軽く越えていた。



「リリス、HPがレッドゾーンに入った!回復魔法を頼む!剣聖ソードマスター職業ジョブスキルでそらしたのに、何でダメージが通ってるんだよ!」



アルドベルクはひどく狼狽した様子で取り乱していた。それを感情のない瞳で眺めていたリリスは抑揚のない声で呟く。



完全回復パーフェクト・リカバリー



彼女の目の前に一際ひときわ光を放つ緑色の魔法陣が展開される。それと同時にアルドベルクの傷が嘘のように消えてなくなった。


刹那──頭上に殺気を感じ、後ろに飛び退く。俺が立っていた場所に十字架が突き刺さった。



「今のを避けるのか」



「アルドベルク、伏せて」



リリスがそう呟いた直後、俺の横薙ぎの一閃がアルドベルクの頭上を通り抜ける。どうやら寸前のところで伏せたようだ。



「『ソード・ゼロ』!『鬼神乱舞』!」



アルドベルクの持つ剣が透明になる。続いて荒々しくも流れるような身のこなしで剣を縦横無尽に振っていく。


剣身が見えず、乱舞の速さも相まってほとんどの攻撃を受けてしまった。しかし、あまり気にする必要もないため、俺も捨て身で斬りかかる。



「『ソード・ブースト』!」



透明の剣身に赤色のオーラを宿し、俺の剣を正面から受け止める。ようやく剣の形を捉える事が出きるようになった。


手に力を入れ、鍔迫り合うアルドベルクを吹き飛ばす。休む暇もなく追いかけ、いまだ空中を飛んでいるアルドベルクの腹部に一撃、地面に埋没させた。



「かっ……ひゅっ……」



完全回復パーフェクト・リカバリー



すかさずリリスがフォローに入り、アルドベルクの傷が消えていく。これでは埒が明かないと判断した俺は、リリスに刃を向けた。


でも、こんな年端もいかない少女に剣を向けるのはやっぱり気が引ける。どうしようかと悩んでいると、地面に埋まっていたアルドベルクがいつの間にか立ち上がり、魔法陣を展開させていた。



「奔流する業火の波紋。我、その波を読み、手に取り、力として行使する!永遠なる紅炎エターナル・プロミネンス



詠唱の後、彼とリリスを除いた空間に灼熱の炎が溢れ出る。まるで津波のようにうねり、荒れ狂い、周囲の草を根こそぎ燃やし尽くしていく。


俺は急いでティナ達を抱えると、ひとまず遠く離れた安全な場所まで移動させた。



「本当に、死んだのか……」



肌に触れれば驚くほど冷たく、力なく垂れた四肢には血の気がない。今朝まで元気に会話していたのに、どうしてこうなった。


思い出すと再び怒りが湧いてくる。どういう理由であっても、それが人を殺していい理由にはならない。彼女たちを丁寧に降ろすと、空に浮かぶ巨大な十字架を見上げた。


大分離れてしまったが問題ない。この距離だと一秒もいらないだろう。アルドベルクは俺の生死を確認するために魔法を止めていた。今がチャンスだ。


全速力で走り、奴との距離をゼロにする。驚いた表情のアルドベルクは為すすべもなく顔面に一撃をもらった。



「なっに!?……」



恐らく予想もしていなかったのだろう。彼は驚いた表情のまま俺を睨む。隣にいたリリスが再び回復魔法をかけた。



「何故それほど怒り狂う?人を殺すことがそんなにいけないことなのか?」



「当たり前だろう!理由はどうであれ、罪もない人達を傷つけるのは絶対許さない!」



「だったら!何故……!俺は……この場所で殺されたんだ?」



その言葉を聞いて、宿屋での冒険者達の会話を思い出す。魔王討伐を成功させた勇者は、王によってこの場所で処刑されたのだと。



「俺に何か罪があったのか?俺が何をした?騎士団は笑いながら俺に刃を向けてきた!」



「それは……」



言葉が出なかった。彼もまた、罪もなく王に利用されたまま無念の思いを残して亡くなったのだ。



「何も言えないか。結局はただの偽善だ。あの娘達もあの帝国も、俺は全てを滅ぼしたい。例えこの身が朽ちようとも、例えこの思いが消えようとも、俺は復讐する。そう心に誓ったんだ」



俺の頭上が光輝く。見上げると無数の十字架が所狭しと浮かんでいた。



「だから、邪魔をするなら容赦はしない!!」



彼の声を合図に十字架の雨が降り注ぐ。俺は咄嗟にそれを避けたが、今度は真横から大きな十字架が迫ってきた。避ける暇もなかったので片手で薙払い、【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】で残りの十字架を消し飛ばす。


すると、まばゆい光を放つ巨大な十字架が現れる。先ほどまでとは比べものにならないほどのオーラと質量。息つく暇もなくそれは俺に向かって落下してきた。



「くそっ!」



俺はそれを片手で受け止め、もう片方の手で破壊する。奴も攻撃の手を緩めまいと、幾つもの十字架を空中に召喚していた。


お互いに一歩も譲らない戦いだ。

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