第十二話 Frandetta

フランデッタへの道のりは想像以上に遠いものだった。〈アルフの洞窟〉を抜けた時は頭上にあった太陽も、今では山の向こうに沈みかけている。もう夕方だ。


通り過ぎる商人も少なくなって来たところで、ようやくフランデッタの門が見えてきた。



「ようやくか」



不思議と疲労感はないものの、久しぶりに長時間歩いたものだから精神的に疲れている。予定では一日かかるはずだったから、これでも早い方なのかもしれない。


先頭のティナ達は慣れているのか、汗一つかかずに涼しい顔で門番に話しかけていた。



「私達は王国騎士団の者です。今日は調査として伺いました」



「ああ、ようやく来てくれたのか。本当に助かったよ。これ以上フランデッタの街を汚さないためにも、どうにか問題を解決してほしい」



「ええ、この身にかけて任務を完遂させていただきますね」



少しのやりとりの後、門番の男性は快く俺たちを通してくれた。馬を門番に預けて巨大な門をくぐるとそこに広がっているのは、王都にも劣らない活気のある町──ではなく、人一人いない寂れた町の風景だった。



「静かだな」



「ええ、この街の状況を考えると当然なのかもしれませんね」



夕暮れの町並みは実に美しいものだったが、人がいないだけでこうも違うものなのか。建物の間を吹き抜ける風の音が、ひどくうるさく聞こえた。



「モンスターがいなくなっただけでこの変わりようは異常じゃないか?」



さきほど言った王都にも劣らない規模とは、つまりそれほど栄えている町ということだ。それがたった一つの問題でこうも変わってしまうものなんだろうか。


俺の問いに、ティナは「異常ではないですよ」と答え、説明を始めた。



「フランデッタの周辺には常に大量のモンスターが生息しています。そんな状況から、フランデッタには自然と冒険者達が集まり、新規の冒険者ギルドが結成されました。今ではランスロード王国一の冒険者ギルドとなっています」



ティナの言葉にリドリーが頷き、付け加える。



「つまり、この町は冒険者達のモンスター討伐によって成り立っていると言っても過言ではありません。モンスターがいないとなると素材も取れないし、討伐活動が少ないと王都にあるギルド本部からの資金も少なくなります。それが長く続いていると言うことは、冒険者達も薄々気付いてくるはずです。このままでは仕事がなくなると」



その言葉に反応したルルが更に付け加えた。



「だから、フランデッタの冒険者達は見切りをつけた人達からどんどん出て行ったんだよ。モンスターの素材を売買していた商人達も、その素材で武器を作ってた鍛冶屋さんも、皆いなくなっちゃった」



三人の説明である程度の事を理解する。ここへ来る途中ですれ違っていた商隊は皆ここを出て行った人たちなのか。



「残った数少ない冒険者達は自身の力をモンスターではなく、町の住人に向けました。ある者は食料や家畜を奪い、ある者は金銭や武具を奪ったみたいです。自警団も使いものにならず、いよいよ王都に頼まざるを得なくなったと。報告書にはそう記載されています」



「要するに今回の調査はそのモンスターが消えた原因の発見ということか。問題が解決できれば再び冒険者達が戻ってくるかもしれないからな」



「ええ、必要であれば王国騎士団に救援を要請し、私達で処理できる範囲であれば迅速に対処するといった形です」



なるほど、そうなると早めに原因を見つけなければならないな。この事態を長い間放置していると、いくら問題を解決したとしても冒険者達が戻って来ない可能性の方が高い。


まずは情報収集をしたいところだが、如何せん町の住人がどこにも見当たらない。



「ひとまず宿屋へ行きましょう。部屋を確保してから調査にあたります」



隣のティナがそう言った。俺達もその言葉に頷き、土地勘があるティナを先頭にしてフランデッタの町中を歩いていく。辺り一体は静寂に包まれており、本当に人が住んでいるのかも怪しい状況だ。


そんな中、不意にティナが立ち止まる。



「いま、悲鳴が聞こえませんでしたか?」



そう言われて耳を澄ませると、確かに女性の悲鳴が聞こえた。しかも、それほど遠くない位置みたいだ。



「ルル、お願い!私達は後から追いつくから!」



「まっかせてー!」



とりわけ足の速いルルを先に行かせ、俺達もその後に続く。しばらくして少し開けた広場に着くと、そこには盗賊のような男の喉元に刃を突き立てるルルの姿があった。



「くっ!このぉ!」



切羽詰まった様子の男だが、なおも攻撃の手を止めない。しかしそのことごとくを受け流され、再度喉元に刃を突き立てられる。



「止めたほうがいいと思うな。ルルも出来れば殺したくない」



ルルの一言で男も諦めたのか、構えていた短剣をだらりと力なく下ろした。どうやら事態はすでに収まっているようで、悲鳴をあげたと思われる女性も、今はルルの後ろに隠れている。



「ありがとう、ルル。後は任せて」



刃を突き立てているルルに、ティナが近寄ってそう言う。するとルルは今までの殺気立った鋭い眼光を元に戻し、にこりと微笑んで「わかった」と呟いた。



「さて、あなたは一体何をしようとしたんですか?」



くだんの犯人と思われる男に、ティナは無表情でそう言った。問われた男もバツが悪そうに顔を伏せる。



「食いもんだよ。その女がうまそうな肉を抱えてたから盗ってやろうと思ったんだ」



目線を女性に移すと、確かに大事そうに袋に入った大きめの肉を抱えていた。



「見たところ冒険者のようだけど」



「元、な。今はこうして盗賊に身を落としたクズだよ」



男は諦めたのか、手に持っていた短剣を地面に投げ捨てる。それを確認したティナは剣を鞘に納め、今度は穏やかな口調で告げる。



「もう、こんな事をしないと誓ってください。二度目はないですよ?」



ティナは投げ捨てられた短剣を拾い上げた。



「言われなくてももうやらねぇよ。やっぱ盗賊なんて俺には向いてないみたいだしな。嬢ちゃんも、怖いを思いさせてすまねぇな」



男はそう言うと、広場をフランデッタの門の方に向かって歩き出した。見たところそれほど悪そうな人にも見えなかったし。この人もまた、今回の事件の被害者なのだろう。



「とりあえず無事みたいでよかったです」



後ろにいるリドリーが今までルルの後ろに隠れていた女性に近寄って、そう呟く。



「本当にありがとうございます!なんとお礼を言っていいのか……」



「気にしなくて大丈夫ですよ。それより、何故こんなところに一人で?今の町の状況を考えると賢明な判断とは言えませんが」



「今日は父が体調不良だったので代わりに買い出しに行ってたんです。小さな宿屋を営んでいるんですけど、こんな状況でも常連さんはまだ来てくださるので」



おぉ、なんという偶然だろうか。丁度俺達も宿屋を探していたところだったし、常連がいるということはそれだけ情報も集めやすいということだ。



「なぁ、もしよかったら俺達をそこに泊めてくれないか?」



「はい。粗末な物しか出せませんが、それでも良ければ是非いらしてください!」



返事は即答だった。さっそく宿屋へ案内してくれると言うので、俺達も後について行く。ローチェ・サラーグと名乗るこの少女はまだ16歳みたいだ。


しばらくして町中にひっそりと佇む一件の宿屋に辿りつく。



「お待たせしました!ここが『サラーグの宿屋』です!どうぞくつろいでいってください!」



中へ通された俺達は、ひとまず分け与えられた二階の部屋に荷物を置きに行く。もちろん俺は一人部屋だ。さすがにあの美少女三人組と一緒に寝ることは精神的に出来ないと思う。主に緊張のしすぎで。


荷物を整えた俺は集合場所である一階の食堂に降りる。丁度晩御飯の時間帯のようで、五つあるテーブルには宿泊客全員分の料理が並べられていた。俺はティナ達がいるテーブルを探してそこへ腰を下ろす。



「とりあえず、明日の予定を建てましょう。私達三人は一度領主の元に行くので、その間にカイトさんはこの宿屋で情報収集をお願い出来ますか?」



ティナの問いに、俺は肉を食べつつ二つ返事で承諾する。



「領主の話を聞いて原因が分かればさっそく行動に出ましょう。今日は明日に向けてゆっくりと休んでくださいね」



ティナの言葉に頷いた後、残りの肉を全て食べ終える。どうやら本格的に行動するのは明日からのようだ。俺も少しでも貢献できるように、出来るだけ情報を集めるとしよう。


しばらくして食事を終えると、各々与えられた部屋に戻っていく。俺も今日一日歩いたせいか、いつの間にか眠ってしまっていた。

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