第十話 Departure
太陽が顔を出し始める早朝。まだ薄暗い空の景色を眺めながら、俺はアーシャが持ってきてくれた少し固いパンを頬張る。
この世界に来てから何度目かの食事を終えると、見計らったかのようにアーシャが部屋に入ってきた。
「一応武器や防具を持ってきました。サイズが合うものを選んで下さいね」
床に広げられた剣や槍といった武器から、皮や鉄で作られた防具まで広く取り揃えられている。俺はその中から丈夫そうな剣と軽そうな皮製の防具を受け取り、試しに身につけてみた。
「うん、ぴったりだ」
「それはよかったです」
口元に手を当てて上品に微笑むアーシャの柔らかい笑みに、俺も自然と笑みが零れる。まだ数日しか経っていないが、この王都にも愛着が沸いてきていた俺は、ここを離れる寂しさとまだ見ぬ未知の世界への旅立ちを前に、一抹の不安を抱えていた。
「既に他の騎士達の準備も整っています。もう出られますか?」
「うん、行くよ」
アーシャの質問に二つ返事で答え、部屋を後にする。騎士団の宿舎を出て集合場所である王城の門へと向かった。
既に門の前には数人の女騎士達が集まっており、楽しそうに談笑をしている。それを見て改めて気付かされる事実。
──そういえば男って俺だけだよな
そう思った瞬間、一気に緊張が増してきた。思えば転生前は女性と関わる事が非常に少なかった。彼女なんているわけがない。
エリーゼやアーシャは美人過ぎて異性として認識できないというか、逆にこちらが恐縮してしまうくらいだ。
しかし今、目の前にいる女騎士達はエリーゼやアーシャには及ばないものの、転生前の世界では間違いなくアイドルやモデルに負けないくらいの可愛さや美しさを持ち合わせている。全員が平均以上の容姿なのだ。
それほどの美人達に囲まれて旅をするのは、俺にとって地獄とそう変わらない。これはある意味試練なのかもしれないな。
意を決して談笑する女騎士達に話しかける。
「えっと、初めまして、カイト・ヒロです。皆さんはフランデッタに同行してくれる騎士団の方ですよね?」
自分でも堅い自己紹介だと思ったが、緊張していたからなんだ。
話しかけられた女騎士達は一瞬キョトンとした表情を見せるが、すぐに姿勢を整えてよく透き通った声で答える。
「初めまして、皆さんのリーダーに任命されたティナ・アルディージャです。今回は我々騎士団の急な依頼にご同行いただき、本当にありがとうございます」
まず始めに受け答えをしたのは、深い緑色の長髪が特徴的なティナと名乗る女性だった。凛とした澄んだ瞳にしっかりとした物言い、先程の言葉から分かるようにこのメンバーのリーダーなのだろう。
「はいはーい!ルルーナ・グラッシュでーす!気軽にルルって呼んでくださいね!」
続けてティナの隣にいる金髪ツインテールの娘が自己紹介をした。いくらか俺よりも年下だろうか。まだ幼さの残る顔立ちではあるが、それでも可愛いことに変わりはない。きっと成長すれば大人の色気というのもプラスされるはずだ。
「私で最後だね。リドリー・ミーシャルトです。よろしくお願いします」
こちらはルルと違って少し大人しめの女性だった。明るい茶髪を肩まで伸ばし、可愛いというよりは美しいと言えるだろう。
この三人とともに、これからフランデッタに向かうみたいだな。
「移動は馬を使って一日くらいかな。一応片道の食料と日用品は揃えてあるから、必要になったら言ってね」
ティナの言葉に頷き、王城の門の奥で待機している三頭の馬に視線を移す。この世界にも地球と同じく動物がいるらしい。ちなみに馬以外にも犬や猫がいるみたいだ。王都を歩いている時に偶然見つけた。
その後はティナに先導されて一度王都の外に出る。
「ここから先は魔物が出ますが、私達に任せてくださいね。カイトさんは最後の切り札です」
リドリーの言葉に頷き、少し整備された大通りを馬に乗って駆けていく。ちなみに俺はティナの後ろに乗せてもらっていた。
それからどのくらい走っただろうか、突然先頭のティナが立ち止まる。
「お腹が空きませんか?ご飯にしましょう」
「ルルも賛成ー!お腹空いたよー!」
ルルは馬から飛び降りると、一足先に馬車の食料を漁りはじめる。気付けば太陽も真上に移動していた。
「カイトさんとリドリーは何を食べますか?肉と野菜はある程度揃えてますよ」
「じゃあ、肉を貰おうかな」
「私は野菜で」
それを聞いたティナは慣れた手付きで肉や野菜を調理していく。それをルルが楽しそうに眺め、リドリーは難しそうな本を読んで時間を潰している。そうこうしている内に、あっという間に即興にしては豪華すぎるほどの料理が並べられた。
肉の豊潤な香りと野菜の新鮮さが相まってさらに空腹が増していく。
「すごいなこれ。普通にうまい」
一口食べれば手が止まらなくなるとはこの事だ。歯ごたえは柔らかく、肉汁が溢れ出すがしつこくない。口いっぱいに頬張り、合間にサラダをつつく。これにご飯があれば更においしいだろう。
お腹いっぱいに食べたところで皆一息つく。
「ティナって料理がうまいんだな。正直驚くほどおいしかったよ」
「ふふふ、カイトさんもお上手ですね。私なんてまだまだですよ」
このレベルがまだまだだなんて、さらに上は一体どの次元に生息しているんだろう。そんなくだらないことを考えていると、不意に本を読んでいたリドリーが顔を上げる。
「ティナ、もうすぐ〈アルフの洞窟〉だよね?今日はそこを越えて野宿にしよう」
「うん、そうだね。道中で魔物に会う事もなかったし、そこまで進めれば予定より早く着くかも」
会話に出てきた〈アルフの洞窟〉はさておき、どうやら今日は野宿のようだ。この草原に囲まれた大自然で眠るのも案外悪くないのかもしれない。
それはそうと、〈アルフの洞窟〉という単語に引っかかりを覚えた。これは俗に言うダンジョンみたいなところなんだろうか。名前の感じからして絶対にそうだよな。
「そうと決まれば早く行きましょう」
ティナに先導されるがまま、俺たちは再び馬を走らせる。道中にいくらかモンスターもいたが、それらを全部無視して目的地へと急ぎ向かった。
しばらくして眼前にそびえ立つ巨大な山を前にして、俺はようやく〈アルフの洞窟〉を捉えることができた。
「あれがそうなのか?」
山の麓にトンネルみたいな大きな穴がぽっかりと空いている。奥は深いのか、向こう側が見えない。
「うん、あれが〈アルフの洞窟〉だよ。王都に近いから洞窟内の生態系は調査済みだけど、何があるかわからないから気をつけてね」
リドリーから忠告をもらったところで、〈アルフの洞窟〉の入り口に辿り着く。馬から降りて中に入ると、少しひんやりとした冷気が洞窟内に満ちていた。
明かりは前もって用意していた木に火をつけ、先頭のティナが馬を引き連れて歩いていく。
人生初の洞窟を前にして、俺は心なしか興奮していた。
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