第八話 Victory

ヴァンザドールとの戦いは熾烈を極めるものだった。屈強な冒険者達は軽々と吹き飛ばされ、堅牢な守りを作る王国騎士団は尻尾の一振りでその陣形を瓦解させる。


それに加えてエリーゼの動きを封じるようにヴァンザドールは絶えず攻撃を行っていた。このままでは負傷者が増える一方だ。後衛班はこの猛攻撃によってこっちまで来れないでいる。



「くそっ、こうなればこっちから攻撃してやる!」



埒があかないと判断した俺は、近くに倒れている冒険者の一人に剣を借りて、アグラードを倒した時のように大振りに剣を振り下ろす。


その瞬間、圧倒的な衝撃波が発生し、剣圧が空気の層を切り裂きながらヴァンザドールへと向かっていった。次いで剣身も砕ける。あの時のような威力には到底及ばないものの、それでも充分な決定打になるはずだ。


しかし、俺の予想を裏切るように、ヴァンザドールは自身の鋭利な爪でその一閃を砕くと、近くにいた冒険者達を片手間になぎ払った。加えて巨体では考えられないほどの速さで俺の元まで詰め寄ると、強靭な尻尾を振り回して攻撃してくる。



「くっ!」



尻尾の攻撃で結構な距離を飛ばされた俺だが、案の定全く痛くはない。それどころか奴の龍鱗のほうが砕けている。



■HP 10,001,050/10,001,060



視界の端にHPゲージが浮かび上がった。やはりさっきの攻撃はノーダメージに近いようだ。



「後衛班がいない今、頼れるのは仲間のみだ!回復魔法が使えるものは急いで負傷者の手当てを!腕に自信のあるものは私に続け!例え負けたとしても、全員生きて帰るぞ!」



『おおおおお!!!!』



ヴァンザドールの注意が俺に向いている隙に、エリーゼは前衛班へと細かい指示を出す。今まで絶望に満ちた表情の冒険者達も、それを見て再び戦意を取り戻していた。


それに気付いたヴァンザドールはまるで八つ当たりのようにその巨大な拳を振り上げて、俺を殴ろうとする。しかしその一撃も、すぐに駆け付けたエリーゼの剣によって防がれてしまった。



「すまないカイト。王国騎士団の団長でありながら一冒険者である貴様を危険な目に合わせてしまった」



「いや、全然いいんだけど」



俺としては全く気にしていないのだが、エリーゼは深く後悔しているようだ。敵意の籠もった眼差しも、今はヴァンザドールに注がれている。



「火の精アルノーチェスよ!我に力を授けたまえ!下級火球ファイアーボール!」



ヴァンザドールの拳を振り払ったエリーゼは、手を前に突き出すとそう言った。


次の瞬間、赤色の魔法陣がエリーゼの前に展開され、その中心部からバスケットボールほどの火の玉が飛び出した。それは一直線にヴァンザドールの顔面を捉え、着弾と同時に小規模の爆発を起こす。



「グォッ!?」



「ま、魔法……!」



そうか、その手があった!確かイーリスのGスキルには全魔法使用可能と書いてあったはずだ!ならば俺にも今エリーゼが使った魔法が使えるはずだ!



「よし、今の内に避難するぞ!少しだが時間を稼げるはずだ!」



「いや、待ってくれ!試したい事がある!」



急ぐエリーゼを呼び止め、早まる鼓動を抑えるように深呼吸をして手を前に突き出す。



「な、何を……」



「火の精アルノーチェスよ!我に力を授けたまえ!下級火球ファイアーボール!」



詠唱を終えると同時に俺の目の前に赤色の魔法陣が展開される。そしてその中心部からは先ほどとは比べものにならないほどの大きさと熱量を持った火の玉が飛び出した。



「なっ!下級でこれほどの威力だと!?」



驚くエリーゼを無視して下級火球ファイアーボールはヴァンザドールの顔面に再び直撃する。盛大に爆発したそれはヴァンザドールの巨躯を大きく揺るがした。



「グォォ!!」



「これでとどめだ!」



手を休める間もなく俺は【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】を顕現させると、横になぎ払う。当然のごとく発生する衝撃波の中、不思議とエリーゼだけは微動だにしていなかった。



「グオォォ……ォォォ……」



上半身と下半身に分かれたヴァンザドールは、尚も反撃しようと炎を吐き出すが、俺はそれを素手でかき消した。



『経験値を42,658pt獲得。LEVEL UP。LV.10→LV.76』



アグラードの時と同様、レベルアップの時はこの声が聞こえるみたいだ。



「どういうことだ。あのSS級のヴァンザドールを一撃で倒すなど、有り得ない」



「まぁ今のはスキルの補正があったおかげだよ」



「これほどの威力を出すスキルなんてSスキルくらいしか……」



「Sスキル?」



え、ちょっと待って。Gスキル以外にも他に特別なスキルがもしかしなくてもあるのか?うわ、急に面倒くさくなったな。大体複雑すぎるんだよこの世界。



「まさかカイトが持っていたとはな、正直驚いたよ。今回の討伐も全てカイトのおかげだな」



見たこともない笑顔でエリーゼは俺に微笑みかけてくる。実際はSスキルではなくGスキルなのだが、まぁこの笑顔が見られたからこの誤解もこのままでいいか。



「俺だけの手柄じゃないよ。皆が協力しあったおかげで勝てたんだ。皆の手柄さ」



「ふふっ、そうだな。皆の手柄だ」



エリーゼはそう言って悪戯っぽく微笑むと、くるりと踵を返して歓喜を上げる冒険者達の元へと行き、帰還の準備をするようにと指示を出した。


その間に俺は今回の戦いを振り返ってみる事にする。実際に戦ってみると、周りを見る余裕などなかったし、自分の事で精一杯だったな。その点に置いては常に周りの状況を気にしているエリーゼがすごいと思った。


何はともあれ、皆が無事で本当によかったよ。

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