第七話 Vanzadorl
燦々と降り注ぐ朝日の中、王都はいつも以上に賑やかだった。王城から伸びる大きな中央通りを、鎧に包まれた騎士達が三列に並んで進行していたからだ。
先頭で仕切っているのは王国騎士団の団長、エリーゼ・フルウーラ。この王国の中では一番の実力を持っているそうだ。その姿を一目見ようと、こうして王都の人間がここに集まっている。
俺は一番後ろの最後尾にある後衛班の方で、騎士団の行進に混じっていた。
「まさかカイトさんがこの依頼を受注しているとは思いもしませんでした」
「後衛班だけどね。報酬金が良かったから受けたんだ」
会話の相手はアーシャ・フェルズナントだ。今朝王城の庭で行われたヴァンザドールに対しての作戦を会議中、大勢集まった冒険者の中で偶然俺を見つけたらしい。
「エリーゼ騎士団長に会いに来たのでは?」
「まさか……俺は少し苦手なんだ」
転生初日に受けたあの鋭い視線を、俺はまだ忘れられずにいた。何故だか分からないが、今日も王城に集まった時からこちらを時折睨んできている。そして今も後ろに振り返れば俺と目が合い、またすぐに前を向くという奇怪な行動をとっていた。
それはそうと、俺が今いる後衛班は今回の討伐作戦には加わらない事になっている。基本的には攻撃を行う前衛班の負傷者を介護したり、食料や水なんかを配ったりする雑用係だ。
聞けばヴァンザドールが発見された場所は王都から早くても三日は掛かるらしい。しかし、騎士団が人数分の馬や馬車を用意出来なかったらしく、俺たちは徒歩で進むことになっている。そのため、予定よりも遅く辿り着く事になるだろう。
「カイトさん、後衛班だからといって絶対に安全というわけではありません。相手はSS級のモンスターです。くれぐれも気をつけてくださいね」
「もちろん気をつけるよ」
とは言ったものの、何かあれば俺も前衛班に加わろうとは思っている。危険極まりない事は分かっているのだが、今のステータスでどこまでの敵を相手に出来るのかも知っておきたい。
C級のアグラードを瞬殺した事で、俺には変な自信がついていた。
「そういえばヴァンザドールってドラゴンなのか?なんたら魔龍とか依頼書に書いてあったぞ」
「ドラゴンですよ。正式名称は煉獄魔龍ヴァンザドールです。煉獄の神ドクトの十二番目の眷属ですね」
「神の眷属?そんな奴を倒してもいいのか?」
神の眷属と聞いてもあまり実感が湧かないが、もし倒してしまったらその神の怒りを買うんじゃないだろうか。それにそんな強大な敵を倒すのにこの人数で大丈夫なのだろうか。
今回の討伐作戦に同行している冒険者の数はおよそ三十人、王国騎士団の人数と合わせても百人以下だろう。例えエリーゼの力があったとしても、どこか頼りなく感じてしまう。
「仕方がないのです。神の眷属といえど、この王国にとって危険であることには変わりありませんからね。それに倒してもまたしばらくすると復活しますよ」
「え、復活するんだ」
やはり神の力なのだろうか。何らかの方法でそのドクトとかいう神が蘇らせているんだろう。今の話を聞く限り、ヴァンザドールの討伐は今回が初めてじゃないと伺える。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。しばらくと言ってもまだ随分と先のことですから」
「それならいいんだけど」
とりあえずそれを聞いて安心した。何よりも以前倒した事があると聞いて、今回の討伐作戦に対する不安が随分と軽くなったような気がする。
と丁度その時、先頭にいるエリーゼが王都の門を潜った。その後に続くように前衛班を含め、俺達後衛班も王都を後にする。
吹き抜ける心地よい風に、視界を覆い尽くす大草原。草の絨毯に引かれた広い道を、討伐隊はどんどん進んでいく。
しばらくしてちらりと左の方を見ると、昨日アグラードを倒したエルシャの森があった。何故か入り口の方を王国騎士団と思われる人達が慌ただしく動き回っている。
「あっ、そういえば聞きましたか?エルシャの森に未確認のモンスターが紛れ込んだみたいですよ」
「あ、ああ、確か昨日泊まった宿屋の主人がそんな事を言っていたな」
恐らく俺が関与していることは間違いないだろう。昨日はギルドの近くにある宿屋に泊まったのだが、そこの主人が興奮気味に冒険者へ話していたのを聞いてしまったのだ。アグラードを倒した時の爪痕をそのまま放置してしまったが故の事態だな。
ちなみにこの宿屋は一泊100ゴールドと破格の値段らしい。俺にはまだよく分からないがとても安いのだろう。
「私も実際に現場を見に行ったのですが、あんな光景は初めて見ました。あれほどの脅威を放っておく訳にもいかないので、今騎士団の方々に調査をしてもらっているところです」
「多分大丈夫だと思うよ。俺も昨日エルシャの森に行ったけど、そんな危なそうな奴は一回も見なかったし」
まぁ俺が犯人なのだから当然だろうが、事情を知らない騎士団からすればさぞかし驚いたことだろう。あまり話が大きくならないことを祈るばかりだ。
「そうだといいんですが……」
不安そうに表情を曇らせるアーシャに罪悪感を抱きつつ、眼前の景色に目を移す。前衛班の背中の向こうには広大な山が広がっていた。
「ひとまずあそこで一夜を過ごすんだよな?」
「はい、あの山さえ越えれば後は楽に進めるので、山頂で休憩した
つまり野宿ってわけか。大体予想はしていたが、いざやるとなると少しばかり緊張するな。
馬車には大量の食料や水が積んであるから、食い物に関しては心配しなくても大丈夫だろう。
山の
しばらくして山頂に辿り着くと、少し開けてある空間に後衛班はテントのようなものを建てていった。空を見上げると太陽も沈んでおり、綺麗な夕焼けを見ることができる。
それから少し早い晩御飯を食べ、後衛班の仲間達と談笑を交えながら決められたテントの中へと入っていく。緊張から来る疲れのせいか、俺はいつの間にか寝てしまっていた。
それからは順調に道を進んでいき、遂に俺達討伐隊は目的地であるケルト平原に辿り着いた。
「うわっ、これはヒドいな」
恐らくヴァンザドールが暴れたのだろう、平原にはいくつもの穴や燃えた後が広がっている。幸いにも近くに村や町などはないみたいなので、被害もあまり出てはいないが、想像以上に悲惨な光景だった。一刻も早くヴァンザドールを討伐しよう。
作戦では前衛班はひとまず進行することにして、後衛班は安全な場所に避難することになっている。今はヴァンザドールの姿が見えないが、いつ襲いかかって来るかも分からないので、なるべく後衛班に攻撃が届かないようにしなければならないのだ。
しかし、俺たち後衛班が避難する前に、恐れていた事態は起きてしまった。
「グオォォォ!!」
けたたましい轟音が空を揺らし、大地を震わせる。次いで今まで体験した事もないような地震が体を遅い、討伐隊の大半は体制を崩して倒れてしまった。
そう、ヴァンザドールは真上から降ってきたのだ。しかも後衛班の背後という最悪の立ち位置に。
「コイツが……ヴァンザドール……」
体長はおよそ二十メートルはあるだろうか。とにかく大きく、体表は黒々とした分厚い龍鱗に覆われている。真っ黒な体には血管のような線が幾つも浮き出しており、マグマのようにドロドロとした液体がその管を流れている。
吐く息からはその熱さを物語るように湯気が立ち上り、強靭な手足には鋭く研ぎ澄まされた爪が生えていた。
「皆落ち着くのだ!冷静になって今自分が何をすべきか考えろ!」
エリーゼの怒号が戦場に響き渡る。前衛班が急いで後衛班を守るように陣取り、それに応えるように後衛班は安全な空間へと後退していった。
もちろん俺は前衛班の方にいる。流石にこの状況は少しでも力になれるように加勢しなければならないだろう。
「私に続け!」
剣を掲げたエリーゼが戦いの火蓋を切った。迫り来る強靭な尻尾も問題なく回避してヴァンザドールの足元へと迫る。他の冒険者達もそれに続いて加勢に入り、いよいよ本格的に戦闘が始まった。
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