第五話 Battle

空を見上げれば雲一つない晴天。吹き抜ける風は心地よく、加えて暖かな空気が周りに満ちている。過ごしやすい環境というのだろうか、このまま大草原のど真ん中で昼寝でもしたい気分だった。


そんな状況の中、俺は一人森を歩いている。エルシャの森と呼ばれるここは、王都から少し離れた位置にあった。



「確かここら辺だよな」



かき集めた情報を元に大まかな場所は分かったのだが、果たして何処にいるのだろうか。依頼書の絵によれば姿はカメレオンみたいな奴だ。注意事項には毒や鋭利な爪に注意と書いてある。



「毒に掛かるのは避けたいな。何も考えずに来たから薬草的なものも買ってないし。そもそもお金持ってないし」



今回の報酬金もこの依頼書に書かれてはいるが、この額がどれほど価値があるものなのかもわからない。ちなみに15000Gと提示されている。


そうして俺が手元の資料と睨めっこをしていると、突然周りの木々が倒れだした。それと同時に聞いたこともない呻き声が辺りに鳴り響く。



「うぉぉぉ!いきなり!?」



奴はどこから現れたのか、突然俺の目の前に姿を現した。爬虫類特有の鱗を持ち、唾液が滴る牙を覗かせて威嚇のような唸り声をあげる。



「想像していたものよりもずっとでかいな」



俺の身長を悠に越える巨体。周りの木々を根こそぎなぎ倒すほどの重量。刃物のような爪に鋭く尖った牙。どこをどうとっても普通のカメレオンには存在しないものを持っていた。


姿を現したアグラードは俺を品定めするように見つめてくる。ギョロギョロとした眼球が心底気持ち悪かった。



「えっとスキルは……」



確かアクティブスキルっていうのに【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】なるものがあったよな。アクティブスキルは必殺技みたいなものだから、今ここで使えるかどうか試してみよう。



「来い!我が神剣よ!カモン!【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】!」



手を上に掲げ、思い浮かべた言葉を口にする。しかし何も起きなかった!



「神剣召喚!我が手に収まれ!邪神をも滅ぼす光輝なるつるっ……ぐはぁっ!」



詠唱の途中でアグラードの尻尾が肋骨に直撃する。痛みこそないものの、吹っ飛ばされてうつ伏せに倒れた俺は、恥ずかしさのあまり地面に顔を伏せる。



「なんで出てこないんだよっ」



これは本当に死活問題だ。叫ぶだけではダメなのかもしれない。ステータス画面を出した時ってどうしたんだっけ。あ、頭の中で念じたんだった。


試しに【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】と念じてみる。するとどうだろう、俺の頭上で何かが光り輝いたかと思えば、目の前に白色の剣が突き刺さった。


日本刀よりも刃が太く、まるでガラスのように透き通っている剣身。鍔や柄頭には黄金が装飾されており、溢れ出るオーラは存在そのものが自分とはかけ離れた次元に位置するものだと教えてくれる。


俺は光り輝く剣を抜き、切っ先をアグラードに向けた。



「悪いけど爬虫類大ッ嫌いなんだ。恨みはないが毒もあって人にも害があるみたいだし、ここで死んでもらう!」



しかし剣を構えたのはいいんだが、如何せん俺には剣術なんてシャレた技術は身についていない。とにかく斬ることにのみ集中する事にしよう。アグラードは俺の出方を伺っているのか未だに動こうとはしない。ならばこちらから攻めるのみだ!


剣を上に構える。息を整えて高まる鼓動を抑えつつ、しっかりと足に力を入れてそのまま地面に踏み込んだ。掲げた神剣を重力に従って振り落ろし、全力でアグラードを叩っ斬る!


──刹那せつな、耐え難い轟音とともに物凄い衝撃が俺を中心に発生した。周りの木々を爆風がさらい、衝撃波が地面をえぐる。


視界を奪うほどの砂嵐は数秒を経てパタリと止み、辺り一体を静寂が包み込む。そこには目を疑うような光景が広がっていた。



「マジかよ……」



まるで信じられない。今まで目の前に立っていたアグラードの姿はそこになく、代わりに真っ二つに割れた地面だけが残っていた。


周りの景色は一変して荒野となり、足元を中心に大きなクレーターが生まれている。まるで広大な森の中に隕石が落ちたみたいだ。


割れた地面の先を追ってみると、どうやら遠くに見える山のふもとにまで達しているようだ。この現象は恐らく俺のステータスが原因なのだろう。



『経験値を680pt獲得。LEVEL UP。LV.1→LV.10』



どこからともなく聞こえた声。機械のような抑揚のない音声が頭の中に響き渡った。アグラードを倒した事によりレベルが上がったのだろう。しかし、今はそんな事を考えている余裕はなかった。



「どうしよう……これ絶対に問題になるよな。しかも倒した証に体の一部を持って帰らなきゃいけないのに、アグラード消し飛んでるし」



まさかこんなにも桁違いな能力だなんて普通思わないよね。血や肉片すら残っていないところを見ると、アグラード以外にも他に被害者が出ていないか不安になってきた。



(私の能力も譲渡しておくから、イーシェルで存分に使ってね。でも加減はするように、でないととんでもないことが起きるから)



今更イーリスの言葉を思い出す。確かにとんでもない事が起きたな、うん。今度から自重しよう。



「とりあえずこの場から離れないと、見つかったら今度こそ牢屋行きになってしまう!」



こんな所を誰かに見られでもしたら一大事だ。さっきの轟音で王都も異変に気付いたかもしれないし、申し訳ないと思うがここは見逃してもらいたい。


消え去った木々とアグラードに罪悪感を感じつつ、俺は何食わぬ顔で王都に帰ることを選んだ。

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