第二話 Encounter

「すいませんでしたぁぁぁ!」



転生した瞬間に発した言葉は実に惨めなものだった。


眩しい光の後、ようやく視界を取り戻した俺の目の前には裸の美少女がいたのだ。うん、この時点で何が何だかわからない。


それに加えて唐突に飛んできた風呂桶のようなものに顔面を殴られる始末。痛みに悶える俺を無視して、美少女は甲高い悲鳴を上げた。



「きゃぁぁぁ!!」



「姫様!どうなされましたか!?」



背後にある扉を蹴破る勢いで騎士のような女達がぞろぞろと入ってくる。この圧倒的不利な状況の中で、俺は脳みそをフル回転させて情報の収集にあたった。


周りは汚れ一つない真っ白な壁で囲まれており、高級感溢れる装飾が至るところに施されている。怯える少女の向こうには大浴場などでよく見る巨大な浴槽があり、その脇には風呂桶が幾つか積まれていた。


そう、ここは銭湯のような場所だったのだ。



「えーっと、その……」



「貴様!ここで何をしているのだ!」



戸惑う俺の目の前を、姫と呼ばれた少女を守るように三人の女騎士が立ちはだかった。後ろにも数人の女騎士が控えており、俺が何かしようものならばすぐにでもその手に持っている剣で斬りかかってくる気なのだろう。


扉が開いたことにより漂っていた湯気が消え去り、目の前の光景が先程よりも鮮明になる。改めて少女を見ると、既に布のような物で体を隠していた。


よく見るととても可愛い容姿だ。腕や足は程よく肉付いており、お湯の蒸気でわずかに赤く染まっている。体に張り付いた布からは体のラインが浮かび上がり、スタイルの良さも伺えた。胸も大きすぎず小さすぎずで張りがあり、体の揺れに合わせて小刻みに震えている。


まるで燃えるような赤い髪とくれないの瞳は、俺に異世界という現実を叩きつけてきた。



「いや、これにはその……深い訳があって!」



「言い訳は無用だ!姫様に無礼を働く者は何人なんぴとたりとも許しはせん!貴様は重罪を犯したのだ!」



「待ってエリーゼ!」



鬼気迫る勢いで剣の切っ先を向けてくる女騎士は、少女の声によりぴたりと動きを止めた。女騎士達の中でも一際目立つこの美少女は、少しつり目な碧眼と、深い青色の髪を背中まで垂らしている。凛とした表情は恐ろしいほど整っており、見るものを感嘆させていた。


鎧をしているからわからないが、恐らく姫同様にスタイルがいいと思える。この世界には美少女しかいないのだろうか。



「この方は本当に悪気がないみたいなの!話だけでも聞いてあげて?」



「し、しかし姫様……この神聖なる場に侵入する者の話など、聞くに耐えないのでは……」



戸惑う女騎士に対して、少女は訴えるように瞳を潤ませる。自分の裸を見られたにも関わらず、この姫は俺を助けようとしているのだ。



「その……本当にすまなかった。気が付いたらここに居たんだ」



「そんな言い訳が通るとでもっ……!」



「エリーゼ!」



「うっ、姫様」



エリーゼはまるで怒られた子犬のように小さくなる。恐らくこの姫の護衛か何かなのだろうか。溢れ出る殺気には、たとえ刺し違えてでも姫を守るという意志が感じられた。



「あなたは一体どうやってここへ?」



「わからない。魔法陣が現れたと思ったら、気付いたらここに居たんだ」



その言葉にエリーゼが反応する。



「ふむ、転移魔法の類か。つまりお前は自らの意志でここに来たわけではないのだな?」



「そ、そうなんだ!本当にすまないことをしたと思ってる!俺にも何が何だかわからないんだ!」



俺の必死の訴えが届いたのか、エリーゼはようやく溢れ出る殺気と剣を納めてくれた。息がつまるような状況から脱出した俺は安堵から溜め息をつく。



「安心するのはまだ早いぞ無礼者。理由は何であれ、貴様は姫様の裸体を見たのだ。ただでは済まさんぞ」



「いいのよエリーゼ。確かに恥ずかしかったけど、湯気であまり見えなかったと思うし、不注意だった私にも非はあるから」



その言葉に俺は驚きを隠せなかった。この姫は俺を庇うどころか自分にも非があると責めているのだ。エリーゼも信じられないといった表情で姫を見つめる。



「し、しかし姫様、本当によろしいのですか?必要であらば今すぐこの場で斬り伏せますが」



「もう過ぎたことなんだからいいじゃない」



「うぅぅ、姫様がそうおっしゃるのであらば…………」



何を言っても姫が動じないことを悟るとエリーゼは大人しく引き下がっていった。しかし、まだ納得していないといった表情で俺に鋭い視線を送ってくる。



「おい貴様!姫様の寛大なるお心にもっと感謝をせぬか!」



「は、はい!ありがとうございますぅぅぅ!」



僅かに濡れた地面に額を擦り付け土下座をする。生前に着ていた学生服に冷たい水が染みていくのを感じた。


何はともあれ、ようやくこの状況から抜け出せるみたいでよかった。このままでは危うく犯罪者になってしまって、世界を救うどころの話ではなくなってしまうからな。



「姫様、早くお外へ。そのままでは病に倒れてしまいますよ」



「ええ、そうね。しっかり温まったことだし、もう出るわ」



「この者の処理は私にお任せください」



「優しくしてあげてね?物騒なのはあまり好きではないわ」



「もちろんです」



姫はそのまま数人の女騎士に連れられて外へ出て行った。この浴場に残っているのは俺とエリーゼの二人だけだ。



「おい貴様、そういえば名は何というのだ?」



「俺はヒロ……いや、カイト・ヒロだ」



何となく外国みたいに名前を逆さにする。特に意味はないと思うが。



「そうか、私はエリーゼ・フルウーラだ。悪いが貴様のステータスを見せてもらうぞ」



「す、ステータス?」



聞き慣れない言葉に俺は首を傾げる。

ステータス……そういえばイーリスがゲームみたいな世界だと言っていたな。



「悪いがどうやって見るのかわからないんだ。教えてくれないか?」



「そんな基本的なことも知らないのか?ただ頭の中で“出ろ”と念じるだけではないか」



エリーゼの言葉に、言われた通り頭の中で念じてみる。すると、俺の目の前に薄い青色をした半透明の画面が浮かび上がった。意味が分からず硬直している俺を無視して、エリーゼはその画面を躊躇なく覗き込む。



「レベルは1、役職はなしか。ステータスは……………………え?」



突然、信じられないという表情でエリーゼは俺に振り返る。まるで異物を見るようなエリーゼの眼差しに、俺は耐えきれずに質問をぶつけた。



「一体どうしたんだ?何か変な物でも映っているのか?」



「いや、そんなはずは……何故私がLV.1如きのステータスを見ることができない」



「いや、そんな事を言われても……」



唐突な展開に追いつけない俺を、エリーゼは鋭い目つきで睨んでくる。



「普通は見れるはずなのだ。ステータスを見ることが出来るのはその者よりもステータスが高くなくてはいけないからな。しかし、お前のステータスに至っては何一つ私には見えない。王国騎士団の団長なのにだ」



ようするに俺のステータスがエリーゼのステータスを抜いていると言いたいのだろう。だけど、本当にそんな事があり得るのだろうか。聞けばエリーゼは王国騎士団の団長を任されているらしい。つまりはそれほどの実力もあるわけだ。


しかし、全く心当たりが無いと言えば嘘になるな。まさかこれがイーリスの言っていた恩恵なんだろうか。


気になった俺は自身のステータスを覗いてみる。





<メインステータス>

■カイト・ヒロ (♂・17)

■LV.1

■JOB なし

■EX.0%

■HP 10,001,000/10,001,000

■MP 10,001,000/10,001,000

■STR 1,000,100

■DEF 1,000,100

■AGI 1,000,100

■INT 1,000,100

■DEX 1,000,100


<称号ステータス>

【unknown】

全てのステータスにプラス補正

全魔法使用可能

EXゲージ出現

限界突破

アクティブスキル【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】取得

パッシブスキル【創々ウィル・オブ・ゴッド】取得


<アクティブスキル>

極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド

其は天地を切り裂き万物を守る永劫の神器なり──

・この剣を対象とするあらゆるスキルの干渉を受け付けない

・所有者の魂を保管する


<パッシブスキル>

創々ウィル・オブ・ゴッド

栄光あれ、秩序の王よ──

※現時点で常時発動不可能





「なぁエリーゼ。この王国の中で一番高いステータスってどのくらいなんだ?」



「スキルの補正無しで考えるとHPやMPは大体40万前後、その他のステータスに関しては精々5万がいいところだろう。それがどうかしたか?」



「いや、なんでもない」



そっとステータス画面から視線を移して、不思議そうに首を傾げるエリーゼに微笑む。


──そうか、俺が異常なんだな。


言い知れぬ不安と興奮を覚えたまま、俺はこれから起きるであろう波乱の舞台の幕開けを予期して、静かに嘆いていくのであった。

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