第2話 上手な温泉旅館の楽しみ方
何度もいうようだが、私が『地球』とよばれる
───このろくでもない生物が支配する素晴らしい惑星 ───
にやってきて60年になる。
まあ、正確にいえば62年だ。
そう、いまから62年前のことだ。
私は銀河のはずれを宇宙船でパトロールしていた。
「*>:”;@聞こえるか?」
とBOSSから連絡が入った。
ところで「*>:”;@」というのは私の認識名であり、ここでは地球名である「ジョーンズ」ということにしておこう。
「ジョーンズ聞こえるか?」
「はい、ボス!」
「悪いが、至急、太陽系の第三惑星へ行ってくれ!」
「太陽系の第三惑星ですか……」
「そうだ、ブラックリスト最上位の惑星だ」
「しかし、どうしたんですか?」
「また、やりおったらしい。放射線が撒き散らされている」
「またですか。わかりました!」
私はボスからの指令を受けその惑星の最大放射線量を示す領域の上空に達した。
つまり、太平洋上のマーシャル諸島にあるビキニ環礁だ。
さっそく私はマニュアルどおり行動に移った。つまり、この宇宙には、
───有害な星は破壊する───
───有害な生物は駆除する───
という全宇宙共通の理念が存在し、私の任務はそれの遂行であり、そのための調査をしなければならなかったのだ。
とりあえず、狭い範囲で核爆発が二度あった島がその海域の北西にあったので、
私は、その島、つまり『日本』という国で調査活動をすることにしたのだ。
――あの日から、62年である。
が、私は、いまだに結論を出せないでいる。
ところで、私は今、鄙びた温泉旅館で番頭をしている。真の人間を調査するには裸の人間が最適かもしれないと思ったからだ。いや、もちろん思考がネイキッドということだ。
しかし番頭といっても、実質───何でも屋───だ。朝は、誰よりも早く起きて玄関の掃除、植木への水遣り、朝食の準備、客室の蒲団上げ、鯉の餌やり……そして何より宴会の準備、客室の寝床づくり、温泉での三助……。
そうそう、いちばん大事なことを忘れていた。
ピンポン、つまり温泉卓球のお相手をすることだ。
これは楽しい!
熱くなってくると、流す汗がすっきりとして、身体も、心も癒されるようだ。
ただ、私があまりにも強すぎるのか、いつもお客さんは、
「番頭さんはただものじゃないね!」
と、ひとこと言って、すごすごと部屋へもどってしまう。
女将さんからも注意を受けた。
「負けろとはいいません。でも、もう少し楽しそうな顔でお相手をしてちょうだいね」
そう言われても困るのだ。
この地球人ジョーンズの姿は借りものであり、笑顔になるのはむずかしい。
それは、テレビのウルトラマンが笑わないのと一緒だ。
もともと私たちはテレパシーというものがあるので、感情を動作や表情で示す必用が無いのだから……。
しかし、叱られるのはやっぱりつらい。はずんだ気持ちが一瞬で、しゅしゅしゅんとしぼんでしまう。
だから私は掃除中に、こっそりと缶コーヒーを飲むのだ。お客様からいただいたチップで――。
だから温泉旅館で楽しく過ごそうと思えば、絶対チップを忘れないことだ!
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます