『BOSS』から三つのショートストーリーを

銀鮭

第1話 上手な悩み方


「はははっ、それで悩んでられるんですか? 地球を爆破させるかどうかで───。

へぇ~、聞きましたかお客さん。こちらの旦那、宇宙人なんだって!」


 焼き鳥屋の親父は聞き上手だから、いらないことまでしゃべったようだ。


「いやぁ、冗談ですよ。ちょっと言ってみたかっただけですから……」


 とは言え、私が地球にやってきたのは、この星が銀河系において有害か無害かを調査するためであり、もし有害な星であれば即刻爆破させるというのが私の仕事である。


「いや、そうでしょう、そうでしょうとも……。で、宇宙人てのは、もっとこうヌルヌルしてるんじゃないんですか……」


 親父は楽しげに笑いながら両手を妙な形にくねらせる。


「そうそう、それで足が五本あって、手が三本ある」


 私も調子に乗って付け加えるが、


「はははっ、旦那ぁ、奇数ってことはありませんよ!」


 親父は簡単に否定する。


 確かに、彼の言う宇宙人の姿は異様で滑稽だが、ほんとうのところは少なからずあたっている。いまは地球人に変態しているが、私は足五本、手三本の二頭身で、どちらかといえばヌルヌルしている軟体動物に近い生き物だ。ただ親父は奇数を否定したが、私には手足が偶数ということの方が理解できない。


「ところで60年前に地球にやってきたというのは本当ですか? 旅立ってから生まれたという子供の話はどうなんです、これも本当なんですか?」


 隣の席で、今まで興味なさそうに聞いていた客が突然質問をしてきた。


「ええ。もちろん本当です」


 そうとも60年前に地球にやってきたことも、旅立ってから生まれたという私の子供のことも、星へ帰るには光の速さの宇宙船で30年かかるということも、私が500歳だということも全部本当のことである。私は今日、この


「ごちそうさん。いくら?」


 私は席を立った。


「へい! 3880円です」


「ちょっと呑みすぎたな……悪い酒を」


「はははっ、ご冗談を……。へい、お釣りの千と百二十円です。またのお越しを――」


 焼き鳥屋を出ると、私は冷たい夜気の中を歩きだした。


 現在、地球という星の運命は私の手の中に握られている。この太陽系第3惑星を破壊するか、否かを決定する期限が近づいているのだ。もちろん地球人の誰一人として、自分の星の危機的な状況を知るものはいない。むしろ、私が忠告してやりたいほどだが、それは禁じられているし、どうせ忠告したところで地球人の格好のままでは、先ほどの焼き鳥屋の親父らと同じように冗談であると思われる。下手をすれば異常者として扱われる。バカを見るのは私だ。


 いっそ、本来の姿に戻って危機を訴えれば、少しくらいは信じてもらえるだろうが、それは重大かつ深刻な職務違反となり、私自身が処分されてしまうのだ。私ばかりではなく、私の妻とまだ見ぬ子供も……。


 ただ、私は地球人を60年間調査してきたが、まだ結論をだすことができない。

ひとくちに60年といってもそれは地球でのことであり、平均寿命が1000歳の私たちにはそんなに長くはないのだ。しかし、そのリミットが近づいている――。


 本当のところ、私にはよくわからない。

 戦争はよくないことだといいながら、兵器を売る国、そして買う国……。

 一方で環境破壊を訴えながら、それを止めることをしない人々……。

 好い面と悪い面が同じ量だけ存在する――。


 この青い惑星を破壊するのは惜しい気がする。しかし、存続させるにはあまりにも危険がともなっている。


 では、5万年前に、我々の祖先が火星で行ったように有害な生物だけを駆除する手もある。そうすれば、星だけは残るのだ。


 う~む、難しい問題である。


 私は地球人と生活を共にするようになったからだろうか、そのせいで彼らと同じように、あまりにも悩み事を抱えすぎてしまったようだ。


 最大の悩みは、地球の運命を結論付けること、そしてその次は、まだ見ぬ我が子に逢いたいこと、そして最愛の妻にも逢いたいし、アパートの家賃が2ヶ月滞っていること、そのアパートの床下で天敵である猫が子を産んだこと……。


 私は公園に立ち寄った。

 街灯の明かりを避け、空を仰いで見る。

 たしかにその方角に、私の生まれ育った星があるのだ。

 妻がいて、子供がいる星――。しかし、


「だめだ! 見えない!」


 都会の空は、あまりにも明るすぎて、星などほとんど見ることができない。


「ちきしょう! 爆破するぞ!」


 いや、だめだ。感情を抑えなければ……。


 私は公園の入口にある自動販売機の前に立ち、ポケットから120円を取り出すと缶コーヒーを買った。


 ベンチに座って、飲みながら考える。

 いや、地球のことなどは考えない。考えてはいけない。

 妻や子供のことも考えない。


 そんな深刻なことを四六時中考えて悩んでいては、いざと言うときの判断ができないのだ。


 だから、こういうときは――。


 つまり悩み事を数多く抱えたときは、そのなかでいちばんくだらない、取るに足らない悩み事のことを考える。それに集中し、ほかの事は考えない。それが悩み事に潰されない上手な悩み方である。


 さしあたって今の私は――。


 自分のアパートまで30分の距離を歩いて帰るか……、それとも駅まで戻って、放置自転車をパクッテそれで帰るか……。


 そのことについて、しばらく考えることにする。


 少なくともその間、私は仕事での悩みを悩まなくてすむ。


 言うまでもないことだが、地球の存続は保たれるのだ。



                             (了)



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