第3話 ドコモとのコラボ編


「ほんとうに、本当なんですね?」


ルポライターとかいう男は念を押した。


「間違いない。中国や韓国は今年中には消えてなくなる!」


私は自信を持って答えた。


「……わかりました。これで面白い記事が書けますよ」


男は礼を述べて帰っていったが、


彼の言う“面白い記事”とは、私の話なんかではないのである。


まあ、いい。信じろという方が無理なのだ。


しかし、彼は思い知るだろう。


来るべき2012年12月を迎えて、私の話したことの真実を……。




「いや~、ジョーンズさん。お疲れ様でした!」


「おや、ドクトル。さては心配になって様子を見に来たのかな、ハハハ」


男と入れ替わるように入ってきた院長を、私はからかってやった。


「いいえ、心配だなんて……」


「安心したまえ。ここの悪口なんてひと言も言っちゃいないからね」




そう、残念だが、私はここを少しばかり気に入っている。


というのも、食べ物は生のカエルや干したミミズほどにはまずくはないし、ベッド


も駅のベンチほどには硬くはない。


ダンボールや新聞紙に比べりゃブランケットは天使の肌触りで申し分ない。


そして何より素晴らしいのは、ここには興味あるたくさんの友人がいることだ。


興奮するとインディアンの真似をして走り回るアババの竜ちゃん、深夜になると市


松人形を胸に抱いて子守唄を歌うねんねの小夜ちゃん、今年米寿のとっちゃんはも


う随分前からよいよいだけど一人芝居がそこはかとなくうまい……。



「ドクトル、覚えているかい? 私がここへ来た日のことを───つまり、私が君た


ちに拉致された日のことをだ」


「やめて下さいよジョーンズさん。人聞きが悪いじゃないですか。拉致ではなく、


保護ですよ!」



当時私は大沢家政婦紹介所から紹介された白戸家というところで家政夫をしていた


のだが、主人が何かの懸賞に当選したとかで宴会が催された夜、「君も家族の一員


だ。さ、飲みたまえ!」といって注がれる酒を「承知しました!」と調子に乗って


飲んでいると、だんだん気分が悪くなってきたので、こっそり宴会を抜け出して、


深夜の川原で夜空に煌めく星々を眺めながら酔いを醒ましていると、背後から忍び


寄ってきたらしい白衣を着た複数の男たちに私は無理やり車に押し込められ、この


サナトリウムへ連れてこられたのだった。




「すぐに帰してくれればよかったんだ」


「しかし、ジョーンズさん。あなたは酔っておられたし、『自分は地球の調査に


やって来た宇宙人だ!』なんてわけのわからないことおっしゃってましたし、なん


てたって眉毛がつながってましたもの……予想外でした」


「ドクトル、眉毛は関係ないだろう。眉毛は。ハハハ」




実際のところ、帰してもらわなくても困ることはないのである。私はいつだって自


分で脱出することができるのだ。


両目から出るピッカー光線は鉄製のドアでも破壊できるし、お尻の穴から出るモワ


モワミストはコンクリートの壁でも溶かすことができるし、伝家の宝刀であるモッ


コリフリフリは……いや、これはやめておこう。これは破壊力が半端ではなくあま


りにも危険すぎる武器である。




「ところでジョーンズさん。あの話はその後どうなっています? ルポライターに


も話されたのでしょう?」


「終末説についてかね? ああ、話したとも……」


ルポライターは閉鎖病棟内で日常的に行われているingurimonguriの方を知りたがっ


ていたようだが、私は、その話しかしなかったのだ。




2012年の12月に人類が滅亡するという終末説が噂されたのは数年前だった。


これはマヤ暦が2012年12月で終焉を迎えることに端を発しているのだが、た


ちまちテレビは特番を組み、新聞、雑誌は特集記事を書いた。そうして映画は全世


界で上映された。


しかし今年が、その2012年であるのにもかかわらず、人々は忘れてしまったか


のように噂にも上がらない。


やれやれ地求人というのはのん気な生き物である。人類滅亡の危機が迫っていると


いうのに……。


おそらく、人類が滅亡するはっきりとした原因が誰にもわからず、惑星ニビルの衝


突、フォントベルトの突入、新種のウィルスの蔓延、火山の噴火、大地震、惑星の


整列、太陽フレアの異常……といろいろと噂されているうちに人々の脅威も興味も


薄れてしまったのだろう。


ところで私がルポライターに話したのは、2012年12月の下旬、地球に、巨大


な宇宙船が出現するということであり、それが私の主張する終末説であり、人類の


滅亡につながるものであった。



「ドクトル、そろそろカウントダウンに入ったようだ」と私は言った。


「といいますと……」


「太陽近くで待機していた、巨大宇宙船が動きだしたらしい」


「NASAの映像に映っていた宇宙船ですよね。ついに人類を滅ぼすためにやってくる


わけですか」


「ドクトル、それは違う。人類を滅ぼすのが目的ではなく、宇宙、そしてそこに存


在する星を救うためにやってくるのだ。だから地球を救うのが目的であって、人類


の滅亡は、その結果にしかすぎない」



われわれ宇宙人は、元来争いを好まない生き物であり、意味なく人類を滅ぼすこと


はないのだ。



「これにはジョーンズさんもかかわっているのですね」


「そうだ。日本人の調査が私の仕事だ。ドクトル、最近UFOをよく見かけると思わ


ないか?」


「そういえば東京でもUFO騒ぎがありましたし、東日本大震災の映像にも映りこん


でいましたね」


「世界中の人々が注目しているロンドンオリンピックの開会式にも現れただろ


う?」


「オリンピックを観に来たって、話題になりましたね」


「確かに、想い出として観に来たのかもしれない。が、あれは調査が完了した宇宙


人が順次、帰っているんだよ、それぞれの星へ」


「だからですか! わざと人前に現れる」


「もう、隠れて調査する必要はないからね」



実際、私にも早く地球を離れて、次の調査星へ行くように命令が着ているのだ。



「では、結論を聞かせてください、ジョーンズさん。日本人はどうなってしまうの


ですか?」


「人類の存在が地球にとって好ましくないと判断されれば70億のすべての人間は


地球からいなくなる」


「では、さよならですか……」


「ただ、人類は地球を汚染し破壊もするが、逆に再生することもできるのだ。つま


り人類が存在してこそはじめて傷ついた地球をリセットし、本来の正常な姿に再生


できる」


「人間と星。対象は違いますが、ノーベル賞を受賞された山中教授の研究ですね」


「彼は人類にとっては希望だ。同じように彼のような考えを持った人類は地球に


とってはかけがえのない存在でもある」


「だったら犯罪者などの悪人は滅ぼして、善人だけを残すという方法はできないの


ですか?」


「無理だ。我々は、国や民族で地球人を観察している。だから日本の国あるいは日


本人が害悪だと判断されれば、たとえ山中教授であっても存続することはできない


のだ。おまけに日本は領土で隣国と係争中であることが非情に不利な点でもある。


宇宙人は争わない。もし宇宙人が地球人と同じように領土意識があれば、地球はグ


レイが支配し、火星はグンジョ、水星はビビンチョ、木星はカンチョ、土星はチュ


ウレンボウの支配星になっていたはずだ」


「ちょっとジョーンズさん、そのビビンチョ、カンチョ、ってなんですか?」


「現在、地球に来ている50種類の宇宙人のなかで、最強のグレイ、グンジョの次


に位置する宇宙人のことだ」


「ちなみにジョーンズさんは何ていう宇宙人なんですか?」


「チン……いや、言わないでおこう」


日本では放送禁止用語に該当するらしい。


「日本人もどうなるか分からないが、ただ、これだけは断言できるよ、ドクトル!


 中国人と韓国人は12月には地球からいなくなる」


「えっ、本当ですか!」


「覇権主義は戦争につながり、結果、地球が荒廃する。嘘をついたり、力ずくで行


動すれば、これも争いに発展する。実効支配する他国の領土を要塞のようにコンク


リートで固めて、そこに国名まで刻み込んで、軍隊を常駐させ、観光地化させるば


かりか、国のトップが上陸して、係争を自ら煽るような国、国民は、いの一番に消


えてなくなるだろう」


「なるほど。それで合計13億5千万人、いや中国は実際、16億人はいるらしい


から16億5千万人は消えてなくなるということですね」



「ところでドクトル、君の用件は何だったのかな?」


「そうそう、忘れていました。コーヒーでも飲みませんか?」


「ロビーの、あの紙コップのコーヒーをかい?」



サナトリウムは安全確保ため、カンやビン製品の持込は禁止されており、使用され


る日用品はすべてが紙や布かプラスチック製である。



「ジョーンズさんの愛して止まない缶コーヒーを買ってきたんです」


「ほんとうかい!」


「ええ、BOSS缶です」


「そりゃ、いい! だったら、ひとつお願いがあるんだが……」


「なんですか、ジョーンズさん」


「まだ日没には時間があるだろう」


「ええ、今日のこのあたりの日没は17時29分ですから、あと30分ほどありま


すね」



私は、缶コーヒーを飲むのなら絶対郊外で空を眺めながら飲みたかったのだ。鉄格


子の嵌った窓から外を眺めながら飲む紙コップのコーヒーのまずさは、この世で例


えようがないほどまずいのだから……。



「今日は特別ですよ、ジョーンズさん」


「いや、ありがとう、ドクトル!」



しばらくして、私は敷地内にあるモッコリ山の頂に立っていた。それこそ胸を張っ


てピンこ立っていた。いや違った。ピンと、だ。そうしてもちろん手には缶コー


ヒーだ。


私たち二人の前には美しい夕焼けが拡がっている。


「ところでジョーンズさん。地球に向かっている巨大宇宙船ってどんな使命を持っ


た船なんですか?」


「あれは生ゴミの回収船だ」


「え、生ゴミ! なるほど人間は生ゴミですか……」


「ドクトル! 太陽は宇宙の焼却炉でもあるのだ。できれば引き取り手のない被災


地のガレキも持っていってほしいものだな」


まあ、それは希望である。


ただ、私は持って行こうと思う。


ガレキ? 


それは勘弁して欲しい。次の赴任地である星が迷惑する。


私が持っていこうと思うのは、このブルーマウンテンのBOSS缶である。


私が暮らした、


このろくでもない生き物のいる、すばらしい惑星の思い出として───。






                               (了)





























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