ONE AND ONLY⑤~be with you~

第14話 ~be with you~

「よかったらこれいかがかな?」



そう言って依頼者が俺に見せたのは映画の試写会のチケットだった。

いくら普段人と接触しないからとはいえ、納品時には俺も立ち会う事にしている。

購入者と一点一点商品を確認して、初期のキズの有無や、色合いのチェックをする。

そうする事で後から起こりうるトラブルを少しでも減らすことが出来ると俺は思っている。

この立会いに善也も一緒に着いてくることもあるが、どうやら翻訳の締め切りが近いらしく昨日から仕事漬けである為今日は一人だった。

とりあえず家を出る時に声をかけてきたが、果たしていつ眠っているのか不思議である。

朝起きるとシーツが少し暖かくなっているので、恐らく寝てはいると思うのだが……。

当然のことながら寝るのは俺の方が早くて、起きるのは善也の方が早い。



「いいんですか?」



「うん。本当は妻を連れて行こうかと思ったんだけど、どうやら妻はこのシリーズは好きじゃないみたいで……」



「あー、どちらかと言うとこれ男性向けですもんね。でも、本当によろしいんですか?」



「こちらとしても行ってもらえると嬉しいな。それに何かとオープン準備もあるから忙しくてね」



「それじゃ、お言葉に甘えて……」



今日の客は自宅の一部を改装して、来月から小さなサンドイッチ専門店を経営予定の人だった。

リビングを改造しての店舗となる為、数多くテーブルは置けないがそのテーブルをこだわりたいので是非にと依頼を受けた。

どうやら店主は俺が依頼を受けた美容室の棚を偉く気にっていて、譲ってもらおうと声を掛けたら俺を紹介されたらしい。

そんな店主から貰った映画の試写会は、10年ぶりに続編が作成された未来から来たロボットを中心に繰り広げられるバトルアクションの物だった。

俺たちが小さいころに立て続けに3作作成し、その3作は全て大ヒットを記録した。

当然俺と善也も小さなころから見ていて、続編制作が決定されると知ってつい先日も雑誌を見ながら『見に行きたいね』と話していたのだった。



「友人と行かせて頂きます」



「次回の納入時に感想でも聞かせてよ」



「了解です」



試写会は今週末にあるらしく、それまでには善也の仕事も区切りをつけるだろう。

息抜きも兼ねて善也を誘うと決意し、俺は店を後にしたのだった。



「ただいまー」



朝起きたら『おはよう』食べる前には『いただきます』食べ終わったら『ごちそうさま』眠る時には『おやすみなさい』。

二人しかいない小さな世界だけれども、挨拶は欠かすことはない。

いつもなら善也の返事が聞こえてくるのだが、今日は聞こえない。



「あれ?善也ー?よしやー?」



「こっちだ」



そう言って声が聞こえてきたのは浴室だった。

どうやらシャワーを浴びていたようで、少し待つと髪から水滴を滴らせた善也がリビングにやってきた。

ジャージの下だけを穿いた状態で上には何も身に着けていない。

引き籠りのインドア派であるにもかかわらず、その腹筋は見事に割れている。

眠る前などに筋トレをしているからだと思うが、同じように俺がやってもきっとそうはならない。

目の前の人物は自分の所有物だと思うが、やはり恵まれた人間だと思う。



「ただいま」



「おかえり。どうだった?」



「何事もないよ。あ、これ貰ったの」



そう言って試写会のチケットを善也に渡す。

いつもなら俺が人から何か受け取るとあまり良い顔をしないが、やはりこれは善也も嬉しかったようで少し目元を下げて笑っている。



「今週末だけどそれまでに仕事終わらせてよね。じゃないと俺一人で行くよ」



「当然だろ。終わる見込みが無ければ休憩も入れない」



俺を一人で行かせることなど無いと思っているからこそ、俺は善也を焚き付ける。

善也は乱暴に頭を拭うと、冷蔵庫からビールを取出し口に付けた。



「なら朝からどこかで昼でも食べて、買い物して夕方のこれに参加しようよ。どうする?CMとかで使われる様なインタビュー受けちゃうかもね」



「俺が珠緒が映ることを許可すると思うか?」



「思わない」



「だったらインタビューを受ける事もないだろう」



話は終わりだと善也は再びパソコンの前に座り画面とにらみ合いをする。

あのようなCMのインタビューがどのような基準で選ばれるのかは定かではないが、顔の良い善也の事だ。メディア関係者の視線は集める事だろう。



「テレビに出たら母さんとかに自慢できるのにさ~」



「誰が見るかもわからないCMだ。駄目だ」



「はいはい……」



テレビデビュー出来ないのは少し残念ではあったが、善也と一日外に出かけるのは久々なので俺のテンションは否応なしに上がっていくのだった。



家の中で二人でいる事が多い俺たちは、普段極力外を出歩かない。

それに不満を持ったことはないが、たまになら良いのではないかと思う。

テレビで特集をしていた大きなテラスが開放的なこの店で今日の昼食を取ることに決めたが、今だって善也は周りの視線をことごとく集めている。

それは道を歩く人だったり、店内の他の客だったり、オーダーを取りに来た店員だったり。

善也はそれらの視線を気に留めることなく普通に受け流している。

付き合う前に見てきた光景が、今再び目の前に繰り広げられていて少々面白い。

面白さを齎す二人だけじゃない世界も良いところはある。だが俺たちには生き辛い。

少しずつ世間が同性愛に寛容になっているとしても、まだこの国では少数派だ。

視線も普通とは違ったものを向けられる時もある。

それでもこの目の前の男が好きなのだからしょうがない。



「どうした?」



「別にー」



善也が頼んだのはランチのエッグベネディクトのプレート。

それを咀嚼しながら時折何か考えているようだ。恐らくレシピでも予想しているのだろう。

この店と似たエッグベネディクトが近々我が家でも食べられるようになりそうだ。

俺はと言えばランチの魚のソテーを食べていて、味よりもプレートの方に気になっていたりする。

このようなワンプレートの食器は日本のカフェでも人気である。

ここの店はウッド調のワンプレートだが、陶器でも人気は出るように思える。

あちらの鮮やかな色合いが描かれたプレート。

陶器なので小さい子供がいる家庭には不向きかもしれないが、同棲中のカップルや子供のいない夫婦には人気が出そうだ。



「珠緒」



「ん?」



「とりあえずまず食べろ」



「そうだね」



海外雑貨の輸入代行業を始めてから、どこか外に出かけてもついつい仕事の事と結び付けてしまう癖がついてしまった。

善也に指摘されなければ恐らくずっと考えていたに違いない。

食べるのが余り早くない俺は善也と食事をすると自分の食べている姿をずっと見られると言う羞恥プレイを強いられる。

それが嫌で早く食べようと思うのだが、俺の早くは他人の普通位の早さらしい。



「次はどこ行くんだ?」



「んー、どこ行こうね。せっかく少し遠出してきてるからね。ネットじゃ買えないところに行きたいかな。あ、公園でも行きませんか?善也さん」



「公園?どうして?」



「だってデートって言ったら公園じゃない?これ俺たちのデートでしょう?」



近くにランニングコースや小さな湖のある公園があった事を思い出す。

定番ではあるがスワンボートを一緒に乗るのも良いかもしれない。

善也はニヤリと俺の好きな少しエロスを含んだ笑みを浮かべたかと思うと、レシートを持って席を立つ。

まだ食べ終わっていない俺を待つことはせずに会計に進む善也に頭を悩ませながらも、最後のデザートを掻きこんで慌てて後を追う。

既に会計は済ませた終わったようで、外の壁に寄りかかりながら時間を潰す善也の元へ足を運んだ。



「なに、急に?」



「なぁ珠緒。これってデートなんだろ」



「うん、俺はそのつもり」



「ならさぁ」



「?」



「デートの一番最後ってなんだかわかってるか?」



「デートの一番最後?」



俺には善也の言う意味が全く分からなかった。

そんな俺の思考も見透かしているのか、俺の手を取ると近くの公園を早足で目指す。



「ああ、デートの最後はSEXだと俺は思う」



「は?」



「と言うわけでさっき試写会が行われる劇場の近くのホテルを予約した。今日はそこに泊まるぞ」



「は?着替えとかは?」



「今から買い物に行くんだ。そこで買えば問題はないだろう」



それはそうなのだろうけど、急に善也プランに変更されたデートは俺が当初予定していたものとはずれてきている。

俺の予定では映画を見た後はまたどこかでディナーでも食べて、少し夜景でも見ながら帰宅する予定だったのだが多分この様子だと映画の後はホテルに直行なのだろう。



「……ちなみにそのホテル夜景見れたりする?」



「とりあえず上の階を押さえた。だから見れるだろう」



「んー、なら良いかな」



自分の予定がずれてしまった事よりも、善也が俺の為に行動してくれた気持ちの方が大事だ。

俺が『デート』と言うから彼も彼なりに考えてくれたのだろう。



「大好きだよ善也」



「知ってる」



「ありがとう俺の事を選んでくれて」



「……それ以上言うと今からホテルに直行するぞ」



「それはだめだよ。俺映画の感想伝えなきゃだし」



「ならそれ以上俺を煽るな。どうせボートに乗りたいんだろう?そこでもあんまり俺に触るなよ」



「はいはい、了解でーす」



結局辿り着いた公園のスワンボートは全て貸出されており、俺たちは小さな手漕ぎのボートをレンタルした。

そこで他愛のない話をしながら食後の休憩をして、買い物に行った。

季節の変わり目なので思いの外値下げがされており、二人とも予定よりも多くの衣服を購入してしまった。

下着と靴下を買うのも忘れずに……。

時間が来たので試写会の会場に行くと多くのメディア関係者が既に待機していた。

その内二社くらいに善也は声を掛けられていたが、あの俺以外に見せる冷たい素っ気なさで取り付く島も持たせていなかった。

続編の映画は当時の俳優がロボットと言う役柄にも関わらず少し老いてしまっていたが、当時よりもCGの演出がすごくアクションもキレを増していた。

見かけは老いたと言うのに体力は衰えていないようで、この調子なら続編もすぐに作成されるのではないかと期待に胸を躍らせている。

結局終わるや否やホテルに連れ込まれ、善也の言うデートの一番最後の行為をして二人で眠りに落ちた。

久々にあの部屋以外で抱かれたが、やはりどこか寂しく俺はずっと善也から離れる事が出来なかった。



外の世界は新鮮で、俺に驚きや楽しみを提供してくれる。

それと同時に世界は広くて、善也が遠くなってしまった気がして寂しくなってしまうのだ。

そんな俺の気持ちを声に出さなくても善也は気が付いていてくれるのだろう。

大きなキングサイズのベットの上で二人重なり合うように眠りについた。

善也が好きだ。

デートも楽しい。

他人の視線を集める善也が自分を選んでくれていることに優越感も感じる事が出来る。

でもあの家の小さな世界が大好きなのだ。

失いたくないあの空間。

二人で外に出るとあの空間が失われるような錯覚をしてしまう。

だって二人で外に出たら俺たちの世界は無防備になっている。

時間をかけて部屋に溜めた二人の何かが薄くなっていってしまうのではないだろうか。

だから次に二人で仕事以外で外に出るのはまた随分先になるのだろう。

それまでは俺と善也の世界はあの小さな空間だけで、その世界を更に強固なものにするのだ。

善也の寝顔を見ながらそう思ってしまう俺は、多分もう普通の世界では生きられないのだろう。

生きやすいがそこの世界だけでは生きられないのが俺たちだ。

俺たちに今の世界は広すぎる。



「……俺が一緒に死のうって言ったらどうする?」



眠っていると分かっているが問いかけずにはいられなかった。

あの小さな世界が壊れてしまったら果たして俺は生きていけるのだろうか。

善也からの答えは無かったが、予想はつく。

そんな日が来ないように二人の世界での時間を体にたくさん染み込ませて、世界を強く作り変えて、余裕が出来たらまた外にデートしに来ればいい。

大嫌いなこの世界。

でも大好きな善也を産み落とした世界だから大好きで、嫌いになりきれないから多分俺はまたここに善也と二人で出てくるのだろう。







一部補足

※珠緒も善也も一人で外に出る分には大丈夫です。家で片割れが出迎えてくれるので。

珠緒が怖がっているのは誰も待っていない二人の世界に戻る事です。とても歪で脆い世界だから誰もいない間に消えてしまうのではないかと考えています。

でもその世界に居過ぎると外の大きな世界にも興味を持ってしまう。だから外に出るけれども世界から誰もいない時間が長く離れすぎると怖くなってしまう。

それでも外の世界に出るのはそこが大好きな善也が産まれて育てられた場所だから無性に懐かしくなってしまい外に出てしまうのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ONE AND ONLY 柚木千耶 @yuzukiccha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ