ONE AND ONLY④~ある人の話~

第13話 彼女の話

「えっ?」



「あっ!」



出会いはまるで漫画や小説みたいに。

私が欲しかった本と彼が欲しかった本が重なって同時に手を伸ばしたのだ。

それは別にベストセラーの本でも、新刊でもない。

その作家が好きだったのだが買うのを忘れていた。

だからその書店では最後の1冊。



「あ、す、すみません。どうぞどうぞ」



「いえ、こちらもスミマセン。貴方が手に取ってください」



「えっ、よろしいんですか?」



「きっとこの本も貴方に買われた方が嬉しいと思いますよ。僕は別の本を探します」



「じゃ、じゃあ、御礼にこの後お茶でもどうですか?」



思えば思い切ったことをしたと思っている。

初対面の人をお茶に誘うなど……。いつもの私からすれば考えられない行動だった。

でもなぜだかもっと彼と一緒に居たいと思ったのだ。

このままここで離れるのは惜しい。

彼もびっくりしたようで目を見開いて止まっている。



「あ、なんか急にすみません。ご迷惑ですよね忘れてください、それじゃあ……」



「待って」



恥ずかしくて恥ずかしくて、すぐに立ち去りたい気持ちでいっぱいになって彼の前から去ろうとした私の腕を彼は掴み私を止める。

彼に触れられた腕が熱い。

この熱でどうにかなってしまいそうなくらいに。



「こんな僕で良ければ喜んで、もしかしてその作家好きなのかな?」



「はい……」



私の答えににっこり微笑むと彼は私の腕を引いて別の棚の前へ連れて行く。



「じゃあこれは読んだ?『孤高の城』」



彼が挙げた作品は私が今持っている作家の本ではない。

どうやら新人の本らしくあまり書店でも大きく取り扱われていなかった。



「いえ……」



「これ、実は彼の別ネームでの小説だよ。読んでみるときっとファンならわかるかもしれない」



「えっ!そうなんですか!これも買います!ありがとうございます!」



その後場所を移し彼と話を盛り上げた。

主に作家の話を中心に。

別れ際また会うことを約束してその日は別れたのだった。

そんな私たちが互いに惹かれあい、お付き合いをして結婚に至り子供を授かったのは自然の流れだった。

愛する彼と一緒になれるのは嬉しかったし、彼の子供を身籠った時は嬉しさで涙があふれた。

だが同時に不安でもあった。

初めての妊娠、初めての出産。

それでも彼が傍にいてくれるとその不安はなくなっていくのだ。

愛と言うのは不思議である。



予定日近くになって少し体調が悪くなってしまった私は、少し早めに入院をすることにした。

そこで出会ったのが彼女である。

同室の彼女は私と同い年で、同じようにはじめての妊娠・出産で緊張しているとの事だった。

年齢も一緒で置かれた境遇も一緒で私たちはすぐに仲良くなった。

彼女は私とは逆に予定日を過ぎているようで、更にそれが不安を煽っているようであった。

毎日毎日大きなお腹に『早く出てきてねー』と語りかけていた。

数日後彼女が産気付き、病室を出て処置室へと移動になった。

そんな彼女を病室で見送っていた私は安堵し、これから出産に立ち向かう彼女にエールを送ったのだった。

ところが彼女の産気に宛てられたのか、予定日はまだ来週だと言うのに急に私の体も産気付け始め、彼女を追うように私も処置室に運ばれたのだった。

処置室でまた会った彼女は、私の顔を見るとびっくりしたようで『一緒にがんばろう』と励まし合ったのだった。

今思えば彼女の子は私の子を待っていたのかもしれない。

そして私の子は彼女の子を待っていたのかもしれない。

互いの夫も駆けつけ、私は彼の手を握り初めての出産に臨んだのだった。

初めてだと言うのに思いのほかスムーズに生まれた私の子供は、それはそれは元気な男の子だった。

彼と一緒に善也と名付けたその子と共に次の日病室に戻ると、彼女も自分の子供と一緒にそこに居た。

二人とも同じ日に出産したらしい私たちは互いの子を見せ合った。

彼女の子は珠緒と名付けられていた。



「女の子みたいな名前ね」



「この子ったらずっと股の間で隠してたのよ!てっきり女の子だと思って考えていた名前全部女の子だったのよ。でも珠緒ならギリギリ男でも大丈夫でしょう!」



「ほら、善也。珠緒くんですよー」



「珠緒~、おんなじ日に生まれた善也くんですよー」



入院当初から意気投合していた私たちは同日に子供を出産したこともあって、更に仲は良くなった。

それはそれは退院の日を惜しむほどに……。

ところが彼女の家と私の新居は歩けば10分くらいの距離にあることが分かり、退院してからも会おうと約束をして私は彼と自分の家に戻ったのだ。

歩いて10分の距離と言うのは散歩にはちょうど良くて、家に帰ってからも週に一度は彼女の元を訪れた。

しまいには彼が仕事を終えると彼女の家に寄って私を迎えに来ると言うのが定番になっていた。

同じ日に生まれた私たちの宝物。

私と彼と善也と、彼女と彼女の彼と珠緒くん。

こうして私たち6人は同じ時を過ごしていったのだ。


善也は年を重ねるほど珠緒くんに依存していき、珠緒くんもそれを受け入れていた。

二人が小さいうちはその光景も微笑ましいものだった。

そんな時私は気づいたのだ。

自分の息子の本当の気持ちに。



「善也は珠緒くんが大好きね」



「俺たまおが大好き。たまおとずっと一緒に居たい」



善也は手のかからない子供だった。

好き嫌いもしない、私たちの言いつけも守る。

でも今思えばそれは私たちと食べる事に興味が無かったからだったのだと思う。

唯一駄々をこねる時と言うのは珠緒くんと離れる時のみ。

食事に自分の希望を言うのも、珠緒くんが一緒に居る時だけ。

小学生になり、中学生になり、恐らく善也の抱える感情は友愛でないことを私は悟っていた。

だって善也が珠緒くんを見る視線は、私が彼を見る視線と一緒だったから……。

一瞬母親らしく未来やら性別やらを突き付けて、善也を本来の道に戻そうかと思った。

でも私にそれをする権利はあるだろうか?

むしろこれから敵や壁しかいない彼の人生の味方であるべきではないのだろうか。



「大変だと思うわよ。これから」



中学から高校に上がる時、それが当然のように二人は同じ学校を選択した。

それは予想の範疇だったので私は善也にそう忠告した。

卒業式からの帰り道。

珠緒くんは家族とこの後食事に行くとかで別に帰って行った。

彼は仕事だったので私だけが参加したのだ。



「何が?」



「気づいていないの?ならいいわ」



鳶が鷹を生むとかいうけどまさしく善也はそれだった。

私や彼の子供と言うのが信じられないくらい、頭の出来が良かった。

中学の先生からも別の高校を受験したほうが良いと薦められたくらいに。

でもどんなに頭が良くても自分の気持ちには気付けないらしい。

そこはまだまだ子供なのだろう。

大丈夫よ、貴方が気づく事が出来なくても、私が気づいていてあげる。

だから貴方はまだ安心して珠緒くんと友情を育めばいい。

でも友情ではないのに友人を続けようとしている貴方たちにはいずれきっと変化が訪れる。

それまではぬるい今の関係で満足してれば良い。

だって人を愛すると言う事は、とても素敵であることと同時にとても醜いことだと私は思うから。



「君は気づいていたのか?」



「ええ。私あの子の母親だもの」



善也と二人で帰った卒業式の日から6年の歳月が流れていた。

私に隠れて何かしているのかと思っていたけど、どうやら二人は本当に今の今まで友人として過ごしてきたらしい。

頭が良いと思っていたけどやはり私と一緒で馬鹿なようね。



「何で教えてくれなかったんだ!」



「教えてどうすればよかったの?善也を説得すればよかったの?」



「…………」



私は気づいていたけれど、気づいていない彼には先ほどまでいた善也の行動は理解できたものじゃないのだろう。



『大学を卒業したら珠緒と一緒に住むことにした。どこかに就職する予定もない。俺は珠緒と二人で生きていく』



そういって先ほど珠緒くんと二人で挨拶に来た善也は私が知る限りの一番良い表情で私と彼にそう告げた。

隣で驚く彼に珠緒くんが『ごめんなさい』と謝っていた。



「ねえどうして謝るの?それが悪いことだと思っているの?だから謝るの?謝るくらいなら離れなさい」



私の言葉にハッとした珠緒くんはもう一度頭を下げて『善也を産んで、育ててくれてありがとうございます』と言い直した。

彼は隣でまだ何か善也に聞いていたが、善也の顔を見て悟ったのだろう。

自分の子供が一つの決断をしたことに。



『また来る』



そう行って先ほど善也と珠緒くんはこの家を後にした。



「だってこれから二人には様々な障害が行く手を阻むのよ。私たちがその障害になっていたら彼ら参ってしまうじゃない」



「それはそうだが……」



「それにこの世には男と女しかいないのよ。男を好きになるのも女を好きになるのも同じ確率なんだから、別にいいじゃない」



「……本当に君はたまにとても素晴らしいことを言うね。君と出会って20年以上経つけれど毎日君に恋をしているよ」



「ありがとう私もよ」



彼と出会って彼の子供を授かって私はとても幸せ。

この幸せを私たちの幸せの形である善也にも知ってもらいたい。



「あなたの遺伝子が残らないのは残念だけど、変にあなたに似たら私その子に付きっきりになっちゃうから良いのかもね」



「それは言えているね。その分僕は君と善也に愛を注ぐよ」



「うん。だから彼らが困っていたら必ず助けてあげましょう」



人を愛するってとても大変よ、善也。

でもその気持ちを知らないまま死を迎える人もいる。

だからその気持ちを知ることが出来た善也は幸せなはずよ。

例えそれが周りと違う幸せの形だとしても、私はその幸せの形嫌いじゃないわ。

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