ONE AND ONLY③~そこにある幸せ~
第12話 幸せのカタチ
日が昇ったら起床して寝たくなったら眠る。
毎日毎日ラッシュ中の狭い電車に乗って勤務先を目指したり、時間や曜日を気にして仕事をする人たちは何てすごいのだろうと真剣に思う。
そういう柵から外れて生きて3年が経ったけど、輪の中に入っていなくても意外と生きれるものだったりする。
善也に求められた次の日の朝は、やはり日が昇りきった頃でないと起きれない。
当の本人はどこ吹く風でパソコンの前に座っていたりする。
今日だってそうだった。
周りの生活音と、日差しによってようやく覚醒した俺は自分がまだ裸のままだったことに気付く。
どうやらあの後処理はしてくれたようで、肌はサラサラだが服は着せてくれなかったらしい。
まあ服を着なくても年中快適な温度に設定している我が家は、多分裸で過ごしていても風邪を引くことはない。
好きな人と好きに生きる事を選択した俺たちだったけれど、何とか今日も生きている。明日は分からない。
卒業後、収入が安定しなかった頃は外に出かけても金を使うだけだと二人で引き籠り生活をしていた。
バイトに出て当面の生活費を稼ごうとしたが、やはりそれは善也が許さなかった。
俺を外に出すよりはマシだと、自分の親と俺の親に頭を下げ借金までした。
そこまでして二人で生活する必要があるのかとその時の俺は思ったけれども、何かを積極的に行っている善也を久々に見たのでそのまま何も言わずに従った。
俺たちの親が内心どう思っているか分からないが、金を貸すことに了承してくれてどうにか生きながらえた俺たちだった。
借りた金を細々と使ったとしていずれ尽きる。
これを資金にして何かを始めなければいけないと善也は言った。
その言葉通り善也はまずFXを始めた。
最初の内はうまくいかない事も多かったが、慣れてくると流石善也と言った感じで大金は得ないがちょくちょくと資産を増やしていった。
三ヶ月後には親たちに借金を返し、半年もたつと普通に一ヶ月働いた会社員と同程度の金額を利確していた。
確かに波はあるようでまったくプラスにならない日や、マイナスに終わった日もあるが慣らすと人が一人生活していくには十分な金額を善也は生み出していた。
その片手間応募してみた雑誌のコラムが、編集の人の目に留まり善也は無事在宅ワーカーとして確立していったのだった。
反対に俺はと言えば、善也の生活の補助をしているだけだった。
女の人ならそれで満足なのかもしれないが、俺だって一人の男だ。
養ってもらってばかりではいけないと、善也の許可を得て図書館に通い始めた。
俺は善也のように頭がいいわけでも、勘が鋭いわけでもないので同じことはできない。
俺にしかできない何かで善也を支えたいと思うようになった。
でもたくさんの本を読んで少し知識を増やしても俺が出来そうなことは既に善也が行っていて、八方塞になってしまった。
何か資格を取ろうと考えたがパンフレットを取り寄せただけで終わってしまった。
そんな時だった。
あまり外出のしない俺たちは専ら買い物もネットで行っていて、その日も新しい服をネットで見ていた時だった。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
クリックして商品をかごに居れた時に、これなら自分でもできるのではないかと思ったのだった。
つまりネットを使用しての物の販売。
俺自身がクリエーターならば作品を作って世に発信することが出来るが、生憎俺は何かを生み出せる素質は無い。
生み出せないならば代行販売をすればいい。
今まさに俺自身が買ったこの服だって、この業者が作っているわけではないのだから。
そういった発想からまずは服を仕入れてみようと思ったが、俺にファッションの良し悪しが分かるわけでもなく、また仕入のルートもわからないので辞めることにした。
「俺、ネットのお店やろうと思うんだけど……」
ある晩、善也と肌を合わせた後自分で決めたことを告げてみた。
「ふーん……」
善也は何を考えているのかそう答えるだけだった。
多分俺が外に出るのを渋ってはいるが、俺が自分で何か決めたことを後押ししてやりたい気持ちもある……と言った面倒くさい状態なのだろう。
少し無言で考えていたかと思うと、徐にベッドを出てパソコンの前に移動した。
裸でパソコンの前に座る善也を毛布に包まりながら観察する。
薄明かりの中デスクトップの光に照らされている善也は本当に格好いいと思う。
在宅の仕事なんてせずにタレントやモデルに転職したとしてもきっと成功するであろう。
まあ薦めたとて俺との時間が減るという理由で首を縦に振ることはないと思うけど。
この目の前の人間が俺のものだと思うととても誇らしい。
それと同様に善也にも同じ気持ちを味わってほしいと思うのだ。
善也にも俺が善也のものだと言う事に誇りを持ってほしい。
そのためにはやはり善也を支えられる人間でありたいと思うのだった。
「珠緒」
暫く善也に見惚れていると、不意にパソコンの前から呼ばれた。
見ているのがばれたのかな?と思いつつもベッドから降りる。
近づくと善也はパソコンを指差していた。どうやら見てみろと言う事らしい。
見てみるとそれは善也が書いているコラムが掲載されている雑誌の編集さんからのメールだった。
「少し話が出ていて、俺はコラムの他に翻訳の仕事も請け負おうと思う。で、だ。実は俺の担当の姉がイギリスに住んでいるらしく、翻訳も彼女からの依頼らしい。その伝手を使って珠緒も始めて見たらいい」
「……何を?」
「販売を」
俺に伝えたいことを俺が理解していない事を悟ったらしい善也は、腰に腕を回し抱き寄せる。
必然的に善也の膝の上に乗る形になり、大人二人の体重を乗せたパソコン用の椅子が軋んだ。
「素人が服の販売なんかをやっても失敗するのが目に見えてる。たくさんの人間がやっているから競争も激しい。だから珠緒はこの担当の伝手で彼女から家具や雑貨を輸入したらいい。最初は彼女の目利きで。あちらに住んでいる日本人だ、日本人の好みもわかるだろう。日本での雑貨関連のマーケットは右肩上がりだ。失敗する要素が少ないだろう。そして珠緒が少しずつ成長してきたら自分で仕入れに行ってもいい。ただし俺とだ」
「善也……」
「在庫を置いておくテナントは借りるが、そこで珠緒が売ることはない。将来的にもしそうなったとしても、お前は表に出ることは禁止だ。それでもいいなら好きにしてみたらいい。俺も何か目標がある方が仕事にやりがいが出る」
それだけ言って軽いキスを落とすと善也はキッチンへ行ってしまった。
一人パソコンの前に残された俺は、自分のこれからを想像する。
善也は目標があった方が自分の為になると言っていた。
多分それは俺のこの思い付きの仕事が失敗した時に、今と同じもしくは今以上の水準の生活を送るためにだろう。
結局俺は善也に頼りきりだ。
でも多分それが一緒に生きると言う事なのだ。
人に頼って頼られる。
そういう関係をこの先もずっと善也と続けていきたい。
その為の第一歩を俺はスタートさせることをこの時決意したのだった。
結局あの後いろいろありながらも、編集さんのお姉さんとやり取りをしつつまずは美容室、カフェ、ラブホテルを相手にベッドや机、椅子を主な商品とした。
そこから口コミで顧客が増え、個人の要望にもなるべく応えるようにして顧客を獲得していくようになった。
月に1件くらいしか受注のない時もあれば、新規にオープンする店から契約をもらうと忙しくなったりもする。
初めて自分が働いた結果が形になった時には善也を少し高めのディナーに招待して奢ったりもした。
善也は喜んでくれて、この笑顔が見れるなら俺も頑張ろうと思うほどだった。
多分善也もそれは同じなのだろう。
だから目標があった方が自分の為になると言ったのだと思う。
一度だけ編集さんのお姉さんに御礼を言いに行くのと、自分であちらの空気を感じたくて善也とイギリスに行ってみた。
その旅費はほとんど善也持ちだったけれども、奴は珍しくはしゃいでいたりした。
どうやらハネムーンも兼ねていたようで、20日ほどあちらに滞在していたが半分はゴロゴロと生活していた。
ベッドから出ない日もあったが善也と二人でいることにとても幸せと感じる事が出来た。。
イギリスも素晴らしかったけれど、やはり日本に帰ってくると日本の素晴らしさを感じられずにはいられない。
善也は苦ではないかもしれないが、俺にとっては日常会話がままならないのが一番のストレスになった。
そんな感じで順調とは言えないかもしれないけれど、不調でもない俺の仕事は俺の気の向くまま客の気の向くまま行っている。
だから今日のように多少善也に無茶をされて起きるのが遅くなったとしても、全然大丈夫だったりする。
「善也ー?」
ベッドの中から奴を呼ぶが返事はない。
我が家は俺の声が届かない場所があるような広い家でもないので、どうせ買いもにでも出ているのだろう。
善也はもう少し広い家に引っ越したいらしいが、俺はあまり乗り気ではない。
リモコンも携帯も鍵も財布もそして善也も。
俺が手を伸ばしたらすべてに手が届くような……そういう広さが良いのだ。
広くなりすぎて手を伸ばしても届かなくなるような部屋は寂しすぎる。
善也とこういう関係になる前はどちらかというと、善也の方が俺に依存していたのだと思う。
でもここ最近はそのバランスが逆になっていると自分では思っている。
まるで母親を見失った子供の様に、善也が居なくなってしまうと俺は心が痛くなってしまうのだ。
呼び声に返事がないことに少しへこみながら、ベッド下に落とされた部屋着を着込み俺専用の机の引き出しを開ける。
そこには善也には内緒で作成しているデザイン画が隠されている。
そのデザインを少しずつ進めていくのが、俺の善也のいない時に寂しさを紛らわせるために行っている事だった。
今作っているのは定番だけど指輪だ。
あちらに滞在していた間に見つけたオーダーメイドの指輪を作ってくれる店。
別に名の知れたブランドとかではなく、個人の趣味の延長を叶えるような店だった。
それでもやはり世界に一つだけという言葉に惹かれてしまいこうやってデザインを起こしている最中である。
ペアというよりは二つで一つのようなデザインにしたい。
俺たちだけの指輪。
出来れば先輩が教えてくれたあの鳥もデザインに組み込みたいと思うけれど、俺にそれが出来るだろうか。
善也に頼めば多分あいつはそつなくこなすのだろうけど……。
あいつはなんだかんだ言って器用なのだ。
この指輪が完成したら次は家具を。
家具を作ってくれる場所があるか今は分からないけれど、ずっとこの場所に居れないことは分かっている。
だから自分たちの為に自分たちが作った物に囲まれていれば、例え手の届かない場所にいたとしてもあまり悲しくはならないと思うんだ。
俺の想像する未来は明るい。
それはその隣に必ず善也が居ると断言できるからだ。
盲目になっているかもしれないけれど、善也が隣にいるのならば多分どこでも住めば都になってしまうのだろう。
前回よりも少し進んだデザイン画に溜飲を落としていると、施錠が解かれた音が聞こえた。
手の届く範囲の部屋の広さと言う事は、玄関からこの部屋の距離も遠くはないと言う事。
つまりこのデザイン画を早急に隠さなければいけない。
慌てて引き出しを広げ、ノートの下にデザイン画を隠して平静を装う。
二秒後には予想通り買い物に出ていた善也が顔を覗かせた。
「起きたのか……」
「うん、オハヨー」
悟られぬように平然を装った。
善也は俺の頭を抱き寄せて一度唇にキスをすると、買い物袋を持ったままキッチンへと向かった。
以前は俺が作って善也に食べさせていたというのに、俺が寝込んでいる時に善也が料理をしてからは、俺が料理を作るよりも善也に任せた方がおいしいものが出来る事が判明した。
善也が締切で忙しい時には俺が作ったりもするが、我が家の料理長は善也に変更されたのである。
そう考えると本当に俺って何もしていないと思う……。
「俺が作ろうか?」
「……いやいい。明日から一本仕事が入っているから明日からは珠緒に任せることになるからな。それに……車麩を使った料理なんて珠緒が作れると思わない」
仕事の傍らレシピのサイトを見るのが善也の日課らしく男子ごはんというには程遠いクオリティの料理が出される我が家だ。
カロリーや糖質を良く考えたレシピだったり、今日の様に食材を言われても何なのかすら分からないものを料理にしてくる。
ちなみに俺の料理は醤油、砂糖、酒で煮詰めるものばかりだ。
それでも善也はおいしそうに食べてくれる。
俺は善也が作った料理の方が好きだけれど、善也は俺の作った料理の方が好きらしい。
うん、多分いわゆるバカップルなんだ俺たち。
知ってはいたけれど。
「なら俺はそろそろパンツでも穿いてテーブルを出そうかな~」
「是非そうしてくれ。それ以上その格好でウロウロされたら俺も料理どころじゃなくなるんでね」
我が家の家は狭い。
食事のときは俺と善也の机の間にあるソファの前に小さなちゃぶ台を出してそこで料理を食べる。
「了解でーす」
恐らくベッドの周りにパンツも落ちているに違いないと推理しながら、狭いが幸せな空間を横断した俺だった。
外は快晴。
温かいご飯。
雨風を凌げる住居。
手を伸ばせば届く各種リモコンに、携帯に財布にキーケース。
そして隣には愛しい愛しい恋人が。
例えこの選択が世間一般的におかしい、間違った選択なんだとしても。
今日も俺は幸せである。
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