第6話 ~SIDE T~

「せーんぱい!よかったですねー!俺うれしい」


「よぉ珠……随分出来上がってるみたいじゃん」


「何かあっちで凍ってる酒ぐいぐい飲んでたよ……」


「あー、あれ飲みやすいからね~」


先輩におめでとうを伝えたくて、先輩の近くに行く。

何か先輩は言ってるけど、よくわからない。

それよりもまたあのお酒が飲みたくて、キョロキョロ見渡すがどうやら先輩の近くにはないみたいだ。


「もうお前は飲むなって」


「んーケチー」


でも俺は酒が飲めなくても先輩の進路が決まったことが嬉しくて楽しくて、クスクス笑いながら先輩に寄り掛かる。

悩んでいた先輩を知っているから本当に嬉しいのだ。


「お前さー、こんなのプリンスに知られていいわけ?せっかく進路決まったから俺まだ死にたくねーよ」


「プリンス?よしやのことですかー?よしやねー今からここ来るから大丈夫でーす」


「は?お前連絡したの?正気かよ?」


「だって俺寂しくなっちゃったし……」


俺がそういうと先輩は呆気にとられた顔をしている。なんでかわからないけど。

すると何故だか入口が騒がしくなってきた。

力が入らなくて先輩に体を預けていた俺も、気になって頑張って顔を上げるとそこには待ち望んだ顔があった。


「よしやぁー」


「珠緒……お前っ!」


「おい、珠離れてくれ!俺の命が風前の灯だ!」


先輩が横からぐいぐい俺を離そうとしているのが面白い。

それに反して俺は尚もくっつく。

先輩が困っているのを見るのはとても楽しい。

善也は怖い顔をしてこっちに歩いてくる。

俺を見ても怒ったままだから相当怒っているらしい。

普通なら俺に怖い顔は見せないのに……やっぱり急に呼んだのがまずかったのかな?

怒っている善也でも俺は早くそばに来てほしくて、ニコニコ笑いながら彼を待つ。

でもあともう少しという所でその道には邪魔が入った。


「よ、善也くんっ!」


俺と善也を隔てるように立ちはだかったのは、先輩の仲間内でも可愛いと評判の女の子だった。

ふわふわくるくる、柔らかそうでとても可愛いと思う。

可愛いと思うのに何故だか好きになれそうにはない。


「……どいてくれ」


「あのっ!あのっ、ずっと前から好きです!付き合ってください!」


善也はモテる。

善也の告白現場に遭遇することなんて今までにもあった。

善也は一度溜息を吐くと『悪い無理』と答える。

そんな二人の周りは告白している先輩を含めて酔っ払いばっかり。

善也の返答が気に食わないのかブーイングや、先輩に向かってのエールが飛び交っている。

そんな応援に後押しされたのか、振られた先輩は隣を通り過ぎる善也の腕を掴むと強引に自分のほうへ力強く引いたのだった。

そこからの動きはスローモーションで。

俺のほうに気を取られていた善也は、女の先輩の力に引かれ先輩に倒れこむ。

そこを狙っていたかのように先輩が支え、素早く善也の唇を奪ったのだった。


「きゃー!」


「ひゅーひゅー!」


「大胆ー!もっとやれー」


善也はどうにかして振りほどこうとしているが体制が悪いのかどうにも先輩の拘束から抜けられないらしい。

それを見た周りも告白した先輩の力になろうと善也の体を拘束するのを手伝い始めたようだった。

俺の目の前で繰り広げられるその行為は俺の体を動かすのには十分で。


「珠?」


今まで寄りかかっていた俺の重みを感じなくなったものだから先輩が俺を気にして名前を呼ぶが、その時すでに俺は立ち上がっていた。


「やめてよ!」


羽交い絞めにされている善也を奪い返すように俺は善也に抱きついた。

勢いづいて抱きついたせいか善也の動きを封じていた数人がよろけた拍子に手足を解放していた。


「善也にさわんないで!善也とちゅーしないで!やめてよ!」


さっきまでの酔いはどこへ行ってしまったのか……たぶん怒りでどこかに飛んでしまったのだろう。

いきなり横から出てきた俺が気に食わないのか、告白した先輩も善也に抱きつき始めた。

それを見てさらに俺の中に怒りが生まれる。


「珠緒くんは離れてよ!いつもずるいよ!」


「ずるくない!ずるくないの!だって善也は俺のだもん!だから離れて!」


「嫌よ!善也くんの彼女になるんだから!」


「だから駄目なの!」


「…………」


「おいおい二人とも……」


酔っ払い同士の言い争いに巻き込まれた善也は無言を貫いている。

収束する様子がないのを見かねた先輩が仲裁しようと立ち上がっているようだった。


「善也は俺のなの!産まれた時から俺ので、俺も善也のなの!だから善也とちゅーしないで!俺の善也に触らないで!」


酔っ払いって恐ろしい。

尚も善也にくっつく女の先輩を手のひらで押し返す。

まさか女の子に手をあげる日が来るなんて……。


「おいおい珠緒~お前はこっち来てろって~」


近くにいて善也の動きを止めていた男の先輩が、暴れだした俺の首根っこを掴み善也から引きはがす。

でも俺の力ではその先輩に叶うはずもなく、抵抗空しく善也から引き剥がされてしまう。

やだ、やだ!善也から離れたら善也がどっかいっちゃう!

そんなの嫌なのに―――――――!


「触るな」


俺の腰を抱え抱き上げるようにして先輩から引き剥がし俺を奪った善也は、そのままその先輩を足で蹴飛ばした。

相変わらず容赦のない。

その行動に酔っていた面々も言葉を無くすことしかできない。

でも俺には怖い悪漢から救ってくれた王子様だ。


「善也ぁ~」


「珠緒帰るぞ」


「うん!」


俺の気分はお姫様。

いわゆるお姫様抱っこもされてるし。

王子に救われたお姫様は王子様に御礼をしなきゃいけない。

それくらいは俺でも知っている。


「ありがと、善也」


ちゅっ、と可愛いリップ音を立てて俺は善也にキスをした。

善也は目を丸く見開いている。

一瞬固まった後、俺でも中々見られないくらい顔を破顔させた善也は


「どういたしまして」


と言って、触れるだけのキスを俺に返してきたのだった。

どうだ見たか?先輩たち。

さっきの先輩がキスをしたときは善也は距離を取ろうとしていたが、俺がキスをすれば善也は返してくれるんだ。

俺と先輩の位置が違うのが分かったかな?

善也にキスをして、善也からキスをされて幸せ気分の俺はそのまま善也の腕の中で眠りの世界へと飛び立ったのだった。

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