第5話 ~SIDE Y~

「ねぇ善也~お風呂はいろーよ」


ソファで読書中の俺の腕の中で寛いでいた友人が甘えだした。

俺自身が他人に頼ると言う感覚がない所為か、そういう対象者は甘え上手が多い。

一匹狼風な女といるのは楽だが、自分と一緒にいるようで気分は盛り上がらなかった。


「今読書中」


「えー!つまんない!お風呂洗うの私やるし、良い香りの入浴剤持ってきたから沸いたら入ろうよ?」


「はいはい」


ここで無理やりにでも風呂に連れて行くような自分本位の女は好きじゃない。

甘えられて、俺のことも考え、料理もできる。

それが俺の条件。

俺は友人だと思っているが、相手がどう思っているかは定かではない。

友人がバスルームに消えると、ワンルームの部屋は途端に静かになる。

この部屋は俺一人だけでいるととても静かだ。

ちょうど物語の世界に頭が慣れて来た頃、テーブルの上に置いてあった携帯が鳴り出した。

栞を挟み画面を見るとそこには『珠緒』と記されていた。


「電話?珍しいな……」


大抵いつも珠緒はメールで用を済ます。

電話の時は急いでいる時か、メールを打つのが面倒くさいとき。

今回はおそらく後者だろう。


「はい」


「もしもーし!よしやぁ?よしやですかー?」


聞こえてくる珠緒の声と、ワイワイガヤガヤと周りの騒がしい様子がこちらからでもよく分かる。

このしゃべり方、声のトーンこれは恐らく……


「珠緒……お前酔ってるな?」


「んーん。どうだろ。わかんないや。俺酔ってるー?」


「あぁ」


「よしやが言うならそうだね。だってよしや超あたま良いもん。俺の自慢だもん」


ケタケタと笑いながら尚も俺を褒め続ける珠緒に、酔っ払いの戯言とは言え悪い気分はしない。


「で、何か用か?まだ寝る時間じゃないだろ?」


「んー、なんかねー、よしや居ないの寂しくなっちゃったの。迎え来てー、お願い」


ね?ね?と耳元から聞こえる珠緒のおねだりに、溜飲は下がる。

通常ならば言わないだろう言葉が酔っていることにより口にできているようだ。


「わかった。どこだ?」


「がっこーの駅の東口にある『暖炉』ってところだよ、早くきてねー、よしや」


自分の要件だけ告げると、俺の返事も聞かないままに珠緒は通話を終わらせてしまった。

迎えに行く準備を始めようと席を立ち、身嗜みを整える。


「あと20分で入れるってー」


風呂掃除が終わったらしい彼女が浴室から戻ってくる。珠緒からの電話ですっかり彼女の存在を忘れてしまっていた。、

友人は出かける用意をしている俺を見て驚きに目を見開いていた。


「善也?!」


「悪い、珠緒から連絡が来た」


別に彼女に限ったことではなく、何かあった時に珠緒から求められるならばそちらを優先する。

それは珠緒も同じ。

俺にとっては当たり前のことだった。


「また珠緒クン……?」


「そうだが?」


声音から彼女の機嫌が急降下したのがわかる。

普通なら機嫌をとって宥め賺すが、それは俺にとって優先すべき事項ではない。

珠緒が呼んでいるのならそこに赴く。それが俺の優先全てき事項だ。

そんな俺の様子が伝わったのか、彼女は乱雑に置かれていた自分の荷物を掴むと急ぎ足で玄関へと向かった。


「これ、忘れ物」


ヘアゴムが一つ落ちていたので拾って差し出すと、引っ手繰るようにして取られた。

どうやら機嫌は最悪らしい。


「このホモ野郎!」


平手こそ食らわなかったが、それに近い衝撃を受けてしまう。

言葉の暴力とはよく言ったものだ。

自分が他者よりも低い位置にいたことが気に入らないらしい。他者と言うか男よりも下にいたことに。

例え珠緒が女だったとしても、多分俺はそいつを珠緒と同等に扱う。

男だからとか女だからとかの次元ではないのだ。

俺と珠緒。

他者には理解できない、理解されようとは思わない俺たちの関係。

理解されようとも思わないから、どうか俺たちを二つに分けないでほしい。

俺と珠緒は同じ存在なのだから……。

それだけが俺の望み。

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