第20話

「それは僕も、……”わたしの場所”を持っていたからです。」

 俺は赤い自転車のことを思い出す。

「どういうこと? だってそれは私が見つけて……。」

「そして場所を変えた。ですよね?」

先生は再び表情を変えた。今度は動揺によるものではない。思い当たったのだ。前の持ち主がいたことに。


「そう、駐輪場ですよ。」

元々、この扉はあそこに、……”俺の場所”にあったものだ。

「 でもどうして『今』の君がこのことを……? ううん、やっぱりおかしいわ。私が少し先の未来で会ったキミは、私のことを知らなかった……はず」

「先生からしたらそうでしょうね。」

でも、と僕は続けた。


「思い出してください。この扉は未来に行くこともできる。それに、過去にも。多分、『過去の僕』が、『これから』貴方と『会った』んです。そして戻ってきた。」

 授業中に見たあの夢は、それだったのだ。

 先生は体を起こし、ぶつぶつと何かを考えている。俺はそれを待たずに答合わせを続ける。


「先生が”扉”を使っていることに気づいたのは、瀧先輩と先生が対局していた時です。瀧先輩は強い。はっきり言って、『素人に大敗するはずがない』くらいに。もし先輩に勝てるとすれば、それはプロか、あるいは『先輩の打ち方を予め知っている』かです。でも後者は普通、あり得ない。

 あるとすれば……『先輩がまだ体験していない敗局』を事前に知っている人間が、先輩相手にその打ち方をしなければ勝てない。一度でも負けた試合があれば、先輩だって対策はしますからね。要するに、未来でも予知していないと無理ってことです。」

大岡先生は、未知の生物が未知の言語でも喋っているみたいに俺を見る。


「だからです。だから、……先生が『未来』から来た人なんじゃないかって思った。それからさっき、部室で渡したこの鍵。学校の鍵のはずなのに、先生は懐に大切そうに仕舞いこんでましたよね? それで確信しました。これが『鍵』で、先生は屋上に移動した”扉”から来たんだろうって。」


「……貴方は、一体」

「広岡先生。名乗るならまず自分からって言うじゃないですか」

「大岡です!!! ……っていうか、既に名乗ってるじゃない」

「そっちじゃないですよ。本当の名前の方をお聞きしてるんです」

先生はぎくり、とした顔をする。


「思えば、少し前からおかしかった。あの制服の違う彼女。先生は『紹介してあげようか?』と誤魔化していたけれど、僕は彼女に会ったことがある。……僕はすっかり忘れていましたが。だから事前に先生は彼女と口裏を合わせた。俺に書類を渡させ『妹』だと印象付けることで、誤認させようとしたんだ。」


妹と誤認させようとしたのは、先生と彼女が似ていても問題ないようにだろう。普通、”そう”だとは思わない。

「……私の名前を間違えてたのも、うっかり本名を引き出すための罠だったってわけ?」

「最初は本当に間違えてました。すみません。」

先生は苦笑いを浮かべて、少し空を仰いだ。


「わかりました、告白します。私は……僕は、宮田紗香だよ。」


(by下水堂)

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