第11話
「さてさて、ちょっと歩きながら話しましょうか。」
そういうと広岡先生は俺を引き連れ、歩き始めた。
「えーと、何の用ですか? 心当たりがないんですが」
階段を上りながら俺は問いかける。
「んー……それは少し後で話すわ。それより、さっきは自転車置き場にいたけど何してたの?」
何も悪いことはしていないはずだが、少しドキっとする。駐輪場にずっと座っている生徒なんて、如何にも怪しい。
「人を、待っていました。」
嘘をつくのも嫌だが、「”俺の場所”に自転車を置いてる奴のツラ見るために張ってました」などと告白するのも馬鹿げてる。
「そっかぁ、彼女?」
「答えなきゃダメですか、センセー。」
「ふふ、思春期ってのは面倒だねー。うちの弟もそんな感じだよ。ノックして部屋入れーとか、お風呂上りに下着で歩いてると怒ってきたりとか」
「それは先生に問題があるような……」
答えながら俺は思った。少しだけ、ほんの少しだけ、弟さんが羨ましいと。
弟さんの愚痴を聴きながら、ふと気付くと俺たちは学校で一番高い位置にまで到達していた。いわゆる屋上の扉前という奴である。
「はい、出して」
と掌を差し出し、広岡先生が何かを催促する。ひょっとして呼び出されたのって……。
「ほれほれ! さっさと出すもんを出しなさい!」
「……はい」
この先生、見た目に反しておっさんみたいだなと思いながら、渋々と屋上の鍵を渡す。
早速、屋上の鍵を開けながら彼女が言う。
「話は、この鍵のことです。」
やっぱりか。
---
夕暮れの屋上は風が冷たく、俺は少しだけ肩を窄めた。
「それで、石動被告はこの鍵を何処で手に入れたのかね?」
「先生、さっきからテンション高いです。」
「えーそう? そんなかな?」
と頬に両手を当てている広岡先生は、やっぱり可愛い。
それに後ろを歩いているときは気づかなかったが、職員室で見かけた時のように、あるいは窓から俺を呼び出した時のようにニコニコしている。
「えっへへー、まぁそれはいいのだよワトソン君。」
「先生、設定もめちゃくちゃです。」
「ツッコミたがるね。その辺もマオに似てるよ。」
「マオ?」
「弟。」
マオ違いか。
「それで、この鍵はどうしたのよ」
いよいよ来たか。ここはさらっと誤魔化して、
「ええと、囲碁部の行事で……」
「偽証は罪が重くなるぞー」
「は、なくて……拾いました。すぐ、そこで。」
と屋上の踊り場を指差す。
すると広岡先生はスっと表情をなくし、振り返ってしまう。沈黙が気まずい。結構怒っているのだろうか。まさか停学なんてないだろうけれど、不安だ。
一応これは盗難事件、ということになる。
となると、そこそこの処分は覚悟しなければいけないかも知れない。
先生は背を向けたままぼそ、と何かを呟いた。が、屋上は風が強く聴こえない。
これは相当怒っている、のか?
決めた。
この際、怒鳴られる前に謝ろう。俺は静かに土下座のフォームへチェンジする。
タイミングは先生が振り返った瞬間。
俺は音もなく跪き、土下座の低い目線から先生の爪先を観察する。爪先はやがてゆっくりとこちらを向き……。
「…………すんませんっしたぁぁーーー!!」
「これ無くしてて困ってたの!拾ってくれてありが、えええーーーっ!?」
夕日は、完全にすれ違う俺達に長い影を落としていた。
(by下水堂)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます