第13話王

 魔力の気配を漂わせる幾つもの視線を感じる。

 分かる範囲だけでも魔法使いであろう者が八人。

 魔法を使えない者は生憎気配を読めないが、合わせたらかなりの数の人間が、王都に入ってからこちらを監視しているだろう。

 

 クレイルは馬車から降り、徒歩で威嚇しているようだ。

 馬車の中にいるサーリャも気配を感じるらしく、俺を抱きしめ庇うようにしている。

 正直守ってもらわなくても十分対処できそうだが、わざわざ胸元に導かれているに、こちらから離れるのはもったいない。ここは身を委ねつつ、威嚇だけしておくことにした。


 害意は感じられない。おそらく二万の兵を撃退したという情報で、王都にいる貴族たちがこぞって探りを入れてきているのだろう。


 恩賞を貰えるなどと聞いていたが、それ以上の面倒を貰い受けそうだ……。

 サーリャの良い匂いに包まれながら、長い王城への道を馬車は進むのだった。



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 王都の貴族に仕える魔法使いというのは、皆一様に力を認められた者か、王国の学園で優秀な成績を残し、貴族にヘッドハンティングされた、いわば超一流の人間達だ。

 王都の各貴族から、王国の魔術戦力の中枢でもある彼らに下された命令は、二万の魔王軍をたった一人で退けたという情報の信憑性を調べる事、その人間を監視、力を見極めろというものだった。

 当然魔法の力を知っている彼らだからこそ、その命令を笑い飛ばした。

 如何に優れた魔法使いでも、二万などという軍勢にたった一人で立ち向かえないのは、だれより彼らが一番良く分かっているからだ。

 王国最強の王宮筆頭魔法士、レイダペインその人であっても、一騎当千の力を示すだろうが、押し込まれ数分で命を落とすだろう。

 しかもその魔法士は子供で、空を自由に飛び回り、一撃で大勢の兵を消し炭に変えたというではないか。

 飛行魔法などありえない。ましてやその状態で、他の魔法を併用するなど、魔術を使うものとして、常識的に無理と分かっている。

 調べるだけ無駄だと、各貴族の魔法使い達はこぞって食い下がったが、東側の大貴族、カンザス・アルドエルその人からの情報ということで、貴族達も、念のため調べさせることにした。


 そして貴族達の判断の正しさを、彼らは理解することになった。



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 王都に近づく三台の馬車、さすがはカンザス・アルドエルが用意した馬車だ。

 高価な軍馬に、一級の素材で作られた馬車、周りを護衛する兵士もかなりの使い手達だろう。


 魔法士は、魔法を使えるものを魔力探知の魔法を使い注意深く見ることで、体に漂う魔力を、オーラとして見ることが出来る。

 一般的な魔法士で、自分の回りに数センチ漂う程度のオーラ、上級の魔法士で、半径一メートル程のオーラを、円を描くように纏っている。

 この魔法により、各魔法士達は魔力量を測り、自分や相手の力を割り出している。

 ただ、この方法には弱点もあり、隠そうと思えばオーラを隠したり、中途半端に漂わせたりと、コントロールできてしまうのだ。もし見えれば良し程度の魔法である。


 一瞬馬車に気を取られていた彼らは、本来の目的を思い出し、魔力探知を使うため魔力を練る。


 突如、魔力を感じ取ったかのように最後列の馬車から、まるで爆発のようなオーラの濁流が噴き出し、彼らが潜む位置までも飲み込んだ。

 大きな魔力溜まりに飲み込まれ、その場に立っていることすら困難になる。


 王都のエリート魔法士達は、力の塊に酔うように、ふらふらとのけぞり、手をつき、膝をつき、胃の中の物をあたりに吐き散らす。


「なんなんだ……こんなっうっぷっ……」


 彼らは知るのだった。二万の軍と戦えるという程の力が存在するということを。

 彼らは知るのだった。自信という甲冑で固めていた自分の力が、いかに矮小なのかを。

 彼らは理解したのだった。自分の力など、ゴミでしかないことを。


 その日王都から、多くの魔法士達が姿を消した。

 あるものは魔法士を引退し、故郷に帰り、あるものは辺境への移動を求め、あるものは強さを求めて長い旅にでる。


 この日王都の貴族達は、予期せぬ大打撃を受けたのだった。



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 門前につくと、兵達から身体検査を受けた。といってもクレイルの腰の剣や、リーナとかあさまの杖を預かられた程度だ。

 正直魔法使いは杖などなくても魔法を使えるから問題にはならないが、もし俺より強い力の魔法使いなどがこの国にいれば、何かあったとき逃げられないことだけが不安だ。

 本来獣人は、獣人国の使者や友好関係のある大商人くらいしか、入場できないのだが、昔のクレイルのことを尊敬している衛兵らしく、サーリャ共々すんなり通してくれる。

 王の準備ができるまでの間、応接室に通されることになった。


 さすが王城の応接室、壁に掛けられた飾りの剣や、絵画、壁際にある鏡や、中央の光沢を帯びた机、どれをとっても一級品だ。

 用意された芳醇な果実水もとても美味だ。

 目の前にいる三人の貴族達がいなければ最高だっただろう。


「エレナ様、この度の不幸、私も心が痛いです。やはり辺境などでは大変でしょう。王都の私の家に住まわれてはいかがでしょう? 苦労はさせません」


「いえ、私には息子もいますし、それにリーナの領地での生活が気に入っておりますので」


「リーナというのはそこのハーフエルフのことですかな? そのような下の者のもとに、あなたのような方がいてはいけません」


 リーナを侮辱する言葉に、俺もエレナも怒りを抑えられなくなる。

 だが怒る間もなく、もう一人の貴族が話を始める。


「そんなことはどうでもいいのだ! それよりその子供か? 二万の兵を撃退したというのは、とても信じられんが、調べさせていた魔法士はその力があってもおかしくないと報告してきておる。もしそんな力があるなら、魔国を攻めるために、力をふるうことをこの私が命じてやろう」


「いやいや、私が食客として招きましょう。いい待遇でお迎えいたしますよ。そこの獣人の……奴隷? ですかな。そちらを飼うことも許可しますし」


 あまりに次々とこちらを怒らせる地雷を踏んでいくため、怒りを通り越して冷静になってきた。

 この三人が、王国でも有数の大貴族の面々というのでは、この国に見切りをつけるのも選択肢としては大いにありだろう。

 そんなことを思っていたところに、ドアをノックする音が響く。


「失礼します。王の準備が整いました。どうぞ謁見の間へ。それよりお三方はなぜここにいらっしゃるのでしょうか。王は何人も会うことも禁じていたはずですが」


「王傍付き筆頭王国戦士長といえど、我らにその口の利き方はなんだ!」


「まぁいいでしょう。王がお待ちです。どうぞこちらへ」


 ごたごたと騒ぎたてる貴族を無視して部屋を出る。

 筆頭王国戦士長とやらはクレイルに一礼すると、案内するように歩き出す。

 元筆頭王国戦士長と現筆頭王国戦士長だ浅からぬ縁もあるのだろう……。



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 通された謁見の間は想像以上だった。

 玉座は百メートル程先、両脇には鎧に身を包んだ屈強そうな兵がずらりと並び、その上にはこの国の国旗が並んでいる。

 赤い絨毯を案内されるまま進み、玉座まで二十メートルほどの位置に膝をつくように命じられた。

 俺たちの座る位置の斜め前には兵の列ではなく貴族達の列になり、先ほどの三人もいつの間にか列に加わっている。


「皇帝陛下のお成りである!!!」


 先ほどの筆頭王国戦士長が響く声を上げると、すべての人間が頭を下げる。

 俺は横にいるエレナの動きを真似する。


 コツコツと広い謁見の間に響く音が止まる。

 クレイルやエレナ、リーナ、そしてサーリャも緊張の面持ちだ。


「面を上げよ」


 静かな、そして透き通った声に、誘われるように顔を上げる。


 王と言えば、お髭の長い、貫禄のあるおじいさんと決めつけていた俺の前には、美しいパステルブルーの髪に、透き通った蒼色の目、モデルのようにすらっと高い背に、深いスリットの入ったドレスを着た、女神のような女性が玉座に座っている。

 どことなくエレナに似ているのは、エレナも末端とはいえ王族の血を受け継いでいるからだろうか。


「この度の件、よくぞ国民を守ってくれた。本当にありがとう。心から礼を言う。領主のクーリャ・エヴェリーナには、恩賞として宝物と領地の大幅な拡大、そして階級を伯爵とする」


「あ……ありがとうございます。」


「そんな!? その者はハーフエルフですぞ!!」


 先ほど応接室でリーナを侮辱した貴族が声を上げる。


「だれがお前に発言を許したか。黙っておれ」


「ぐっ……」


「クーリャ・エヴェリーナ、お主の領地では我が再三取り止めるよう国中に促がしている、他種族を奴隷にする行為を禁止しているのは我は知っている。領民も他種族に対して平等に接し、そして豊かに暮らしている。この度領地の拡大と貴族階級が上がることにより、大きな領地を治めねばならないが、今の領地のように豊かで暖かな領地にしてくれることを切に願う」


「ありがたき幸せです。このクーリャ・エヴェリーナ誠心誠意努めさせて頂きます!」


 俺は呆気にとられていた。美しい王というのもそうだが、この国の王は、今まで見てきた貴族達とそんなに変わらないだろうと思っていたからだ。

 ハーフエルフだからと言って差別もせず、むしろ奴隷をやめさせるように王が動いていることは、俺にとってとても大きな収穫だ。


 その分周りの貴族の醜悪さが目立つ、周りの貴族がああでは、この王も苦労人なのだろう。

 もし王もこの国の貴族達のようであれば、家族を連れて、他国へ移住することすら考えていたが、この分だとそこまでの心配をしなくてもいいだろう。


「次にエレナ・レイフォード、そなたには、貴族への復権を私から願いたい」


「な!?」


 全員が口を半開きにして驚いている。静寂の中、王の静かな声が広い空間にこだまする。


「元々我はそなたの家の取り潰しには反対しておった。そなたが自ら王都を去ったため、しぶしぶ各貴族の要求を呑んだ形であった」


「元々そなたの家は公爵であったのでその階級で復権とする。当主は息子が十五になるまではエレナが勤めて欲しい」


「息子に継がせるかどうかはそなたに一任する。もし良ければ我を支えて欲しい。もちろん受けるかも自由だ。断ってもだれにも咎めさせん。クーリャ・エヴェリーナの領地で暮らすのであれば、宝物と十分な金貨を用意しよう」


「わ……私も……微力でも王の力になれるのであれば、私も誠心誠意努めさせて頂きます」


 まぁここまで言われて断れるはずもない。

 俺の力を利用することを考えているのかと思ったが、俺に継がせるかも自由という言葉でその心配もない。

 信じられる貴族が一人でも欲しいのだろう。


「最後にセイン・レイフォード。二万の軍勢を撃退した報告は受けている。そなたの力を利用しようと動く者も大勢いるだろう。十五になるまでは、我とエレナの庇護のもとで自由にするといい。実質的に領民を救ったのはお主の力が大きい。恩賞はできるだけ与えたいが、お主から欲しいものはあるか?」


 欲しいものとか急に聞かれても困るな。考える時間がほしいが……。


「それでは、私は獣人国に用があるので、そちらに向かう旅に必要な物を頂きたいです。それと旅からもどりましたら、魔法を学ぶ学校に行きたいです。僕にはまだまだ力がたりない」


「十分すぎるほどの力を持っていると思うが、なぜそこまで力を欲する?」


「生きたいように生きるため、悪意から大切な人達や自分自身を守るため、僕には力がいるんです。すべてを覆せるような力が」


「……ふむ……」


「望みは叶えよう。獣人国に用といったがそれは後ろの獣人と関係あるのか?」


「はい。この子は獣人国の猫族の族長の娘です。カイゼル・アルドエル様に奴隷にされていましたが、無理をいって譲り受けてきました。この子を国に送り届けます。今魔国と交戦している最中、獣人国とも戦になるようなことは慎めと、王からカイゼル様に一言お願いできると助かります」


「あやつめ……あいわかった。そちらの件もまかせよ」


「エレナ・レイフォード公爵、そちの家は私が保持させている。そちらに戻るとよかろう。恩賞は以上だ。大儀であった」


 話し終わると同時に、立ち上がり王が去っていく。

 終始王は表情を変えなかったが、立ち去り際にこちらに微笑んだようにに見えたのは気のせいだろうか。

 王が去り、貴族達が騒がしくなり始めると共に、そそくさとその場を後にした。


 懐かしき王都の我が家への足取りは、思いの他軽かった。

 その時獣人国で、激しい戦いが繰り広げられている事など、俺には想像できなかったんだ……。


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