第12話サーリャ・ティーナ
揺れる馬車の中で、サーリャ・ティーナは混乱していた。
奴隷になり、繰り返される暴力と馬車馬の様に働かされることを受け入れ、この先の人生を半ば諦めていた時、いきなり自分の所有者が変わった。
所有者が変わったからと言っても、獣人は人間の国では基本虐げられるため希望も何もない。
しかもその所有者は、二万の兵をたった一人で半壊させる程の力を持った人間、食事の時の嘗め回すような視線を思い出し、恐怖が全身を支配する。
王都へ向かう馬車は四人も乗り込むと狭いため、三台用意され、一台目にアルドエル様が用意した、先導者と給仕係、そして私が乗り込み、二台目にはエレナ様とクレイル様という方々三台目に私の所有者となったセイン様とリーナ様という方が乗り込む予定だった。
エレナ様達一行が乗り込むのを、用意された先頭の馬車の前で待っていた私は、目の前までやってきたセイン様に手を引かれ今に至る。
乗り込んでからずっとこちらを見ているセイン様に、呆れ顔のリーナ様、このよくわからない状況が本当に恐ろしい。
セイン様という強大な力を持った子供が、いったい何を考えているのか全く分からない。
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彼女はびくびくと震えていた。
たまに動く耳や尻尾がとても魅力的だ。
怯えているのにキュッと閉じた口にキリッとした目のギャップがとても可愛い。
正直タイプだあああああああああああ!!!
リーナはこっちをみて呆れ顔だが、気にしないよ!?
猫耳だよ?猫耳なんだよ!?
テレビやマンガの中だけの存在が目の前にいるんだよ!?
うん……。触りたい……。
あの耳をさわさわしたい。しっぽもさわさわしたい。
我慢できん! 無理だ!! 俺はやる!!
「こらこら、怯えているでしょう。やめなさいセイン」
触ろうと手を伸ばした瞬間のサーリャの凍りついた表情に、さすがに俺も触るのをやめた。
どうにかこの怖がられている関係を何とか無しないとな……。
「とりあえず自己紹介でもして、慣れてもらいますか……このまま怖がられててもこの先困るし……」
「僕はセイン・レイフォード、年は八歳です。ローブを見て分かると思うけど魔法使いです」
「では私ですね。クリス・エヴェリーナです。セインには追い抜かれてしまいましたが、一応魔法の師匠になります。エルドニア領の領主をしています」
「先に言っておくが、この国では獣人は無理やり連れてこられて奴隷にされ、無茶な労働や暴力を振るわれるが、私は見ての通りエルフだ。他種族に意味も無く手を上げたりはしない。それにセインもそんな事はしないですよ」
「僕がこんな可愛い子に手を挙げるはずないじゃないですか! アルドエルに殴られているのを見て勿体な……可愛そうだから無理やり奪ってきたんです!!」
「今微妙に変な言い回しが聞こえた気がしましたが、そういうことです。だから怖がらないで、安心してください」
若干安心したのか、震えが止まり、少しずつ口が開いていく。
「……サーリャ・ティーナです。この国に連れて来られたのは三ヶ月程前になります。年は十六歳です。生まれは獣人国で、猫族の族長の娘です。セイン様にはご無礼がないよう今後励んできますので、宜しくお願い致します」
「ん? ……あれ? ……おかしいな、すごい畏まられている気がするのですが……」
「それは奴隷の主になったんだから、主人に畏まるのは普通ですよセイン」
別に奴隷として欲しいわけじゃなくて、あんなところにいる位なら、一緒に暮らしたいと思っただけなのだが……。そういう形になるのか……。
「それより獣人国って、確かいろんな部族があって、一番上の部族が代表になって、国となってるんだよね。猫族って結構大きな部族なの?」
「はい。私の部族は獣人国でも二番目位大所帯になります。今国を取り仕切っているのが狐族です」
なんということだ……。
狐もいるだと……。
理想郷じゃないか……。
これに犬族とか兎族とかいたら俺はもうそこに永住したくなるぞおい……。
「サーリャって呼んでいいかな、とりあえず一つ提案があるんだけど」
「なんなりとお呼び下さい。ご命令であれば尽力いたします」
「命令ってわけじゃなくて、提案なんだけどね。とりあえず奴隷じゃなくて家族ってことじゃダメかな?かあさまに了承貰わないといけないけど、多分大丈夫だと思うから」
「え……」
「奴隷から解放するのは、君を縛り付けているアルドエルの魔法契約書を破ればすぐだし、自由にもしてあげられるけど、多分国内で自由になっても、すぐに奴隷にされてしまうだろうから、とりあえず外には僕の奴隷に見せかけておいて、家では普通に家族として暮らせばいいんじゃないかな」
「王都に行ったりとか村に戻ったりとか面倒事が終わったら、獣人国に帰れるように送ってあげるから、それまでの間の家族ってことで! どうかな?」
サーリャは俺の言った事を理解できないようでフリーズしている、俺何か変な事言ったのだろうか……。
突如頬を伝い、ギュッと握り締めていた手の上に落ちた涙。
「……助けて……くれるのですか?」
突然のサーリャの涙に、ようやく俺は彼女の気持ちを理解した。
自分を人として扱って貰えることを理解するのに、こんなに時間が掛かる程の仕打ちを受けたのだろうか。
それほどまでの痛みを、苦渋を、この子はたった三ヶ月で味わってきたのだろうか。
どんな仕打ちが続いていたのか俺は見ていないから分からない。
だけど、如何に他種族だとか、この世界の理だろうが、常識だろうが、こんなに可愛い子にそこまでの仕打ちが許されるのだろうか。
なき続けるサーリャの頭をなでながら、窓の外の景色を見る。
夕日に照らされオレンジ色に染まる美しく広い世界。
俺はまだこの広大な世界を、全く知らないのだ。
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馬車と宿屋で過ごす時間の積み重ねで、ようやくサーリャも俺達に慣れてきたようだ。
エレナやリーナとはよく話しをしているし、後々知ったが、サーリャは武術を使えるらしく、クレイルともよく話している。
数日前のサーリャと家族になった日、馬車の中で泣き止むまでの長い間、俺はサーリャを慰め続けた。
慰めるといっても、頭を撫でてあげたり、もう大丈夫と繰り返してあげるくらいしかできなかったのだが。
その日以来、俺の家族であるエレナやクレイル、師匠のリーナと話すとき以外、ずっと俺にべったりだ。
俺が馬車を降りようとした時、ローブを少し摘んで付いて来た時なんて、俺の心臓が宇宙まで吹っ飛ぶかと思ったくらいだ。
俺も我慢を捨てて、馬車の中では耳とか尻尾を触らせてもらったり、膝枕を堪能させてもらったりと、王都に向かっているという面倒な気持ちを忘れさせてくれる。
本当に嫁になって欲しい。
だが、彼女も故郷がある。少しでも早く彼女を獣人国に返せるよう、この世界の事を空いた時間で勉強している、やらなければいけない事があるときは、時間の流れを早く感じる。
何度かの朝を迎え、ついに戻りたくもなかった王都に到着した。
今度こそ、肌に感じる幾つもの視線を見逃したりはしない、不覚など一度で十分。二度も繰り返してはいけないのだ……。
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