第11話新たな出会い、王都の策謀

 広範囲に広がる炎、上空に立ち昇る黒煙。

 広大な草原に広がる死体の山が徐々に炎に包まれ灰になっていく。

 ようやく理解する俺が奪った命の数。

 でも俺は後悔しない。もう決意はしたのだから。



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 戦を終えた俺は、敵の死体ごとあたりを焼き払い戦闘の跡を隠し、その後半日かけて村人達と合流し、魔王軍が退却したことを告げた。

 二万の兵を半数以上減らし、勝利したなどと言っても誰も信じないだろうし、その話が広がれば面倒しかない、兵達はなぜか勝手に魔国へ戻っていったということにしておいた。


 エレナにはクレイルとリーナが説明したようで、村人達の列から遠い場所で、烈火の如くお叱りを受けた。


 エレナに叱られるのは織り込み済みだし、叱られるくらいでみんなを守れるなら安いものだ。

 それにエレナ、クレイル、リーナの三人にしか、俺が二万の兵を退却に追い込んだことも知られずにすんだ。

 すべてが上手くいっているような感覚で満たされ、俺はまだ今後起きることを全く予想できなかった。



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 カンザスの街は俺の想像とかなり違った。

 リーナの領地の少し毛が生えたくらいを予想していたのだが、大きく取り囲まれた外壁に、その奥に見える大きな城。

 どこから情報を得たのか、城門の前には大量の兵に埋め尽くされ、まさに厳戒態勢と言わんばかりだ。

 ゆっくりと隊列から出てきたのは、金髪の如何にも貴族という面持ちの男だった。


「エルドニア領の皆様。よくぞご無事で、領主のカンザス・アルドエルと申します。魔国の侵略からよくぞここまで頑張りました。街の中に休める場所と、力の付く食事を用意しております。ご存分にお休みください」


「アルドエル殿、ご厚意感謝します。魔王軍は理由は分かりませんが、退却を始めたようです。ですが、まだ安心はできません」


「理由が分からない……ねぇ……ご情報ありがとうございます。一応厳戒態勢をしばらく続けましょう。リーナ様、そしてそちらにいらっしゃるエレナ様とご子息、クレイル様にはお話ししたいこともありますので、私の城まで来て頂けますでしょうか」


「承知しました」


 リーナの言葉への意味深な反応が気になるが、ここは指示に従うしかないだろう。


 カンザスの街中は、城壁の大きさから予想はしていたが、大きく、そして栄えていた。地面には石が敷き詰められ、道の脇では屋台が連なり、盛んに商売が行われている。

 リーナの領地では、基本物々交換が多いため、かなり新鮮な光景だ。

 おいしそうな焼き鳥や焼き飯の屋台や、果物や野菜、魚なども多く並べられている、人々の生き生きとした表情と威勢のいい声が気持ち良い。


 だからこそ俺は気になる、屋台脇で働く首や手に鎖を付けられた、獣耳やしっぽが付いている人々が。


 城までもう少しというところで、アルドエルの元に、一人の獣人の女性が近づき、耳打ちをした、ボロボロの服に、いたるところにある小さな傷、特徴的なネコのような耳としっぽに、首についた鎖。

 リーナが顔をそむけるしぐさからも、彼女が奴隷であろうことはすぐにわかった。


「貴様!! 仕事が遅いのだ!! だれが生かしてやってると思っている!!」


 突如上げられた大きな声と、彼女のほほを容赦なく殴り飛ばし、下卑た笑みを浮かべるアルドエルに、俺は咄嗟に殺意を抱き、魔力を練る。

 それに気が付いたリーナは俺の前を遮るように割り込んできた。


「アルドエル殿、私たちの前ではそういうことはおやめ頂きたい。子供もいますので」


「子供ねぇ……私の奴隷に私が折檻することは、何も悪いことではないと思いますが、お見苦しいところをお見せするのも忍びありませんし、後程にいたしましょう。お前は城で着替えて残りの仕事を進めておけ」


「はい。ご主人様」


 すぐさま立ち上がり、礼をすると、人に紛れるように城の方へと彼女は消えていった。


「最近手に入れたお気に入りの奴隷でしてね。本当かは分かりませんが、獣人国の猫族族長の娘らしいのです。かなりの額でしたが、なんとか手に入れましてね。おっと、関係ない話を長々とすみません。気を取り直して城に向かいましょう」


 無抵抗の女性に手を挙げるなど、俺には考えられない、かなりお気に入りなのだろう、自慢げに話すアルドエルに虫唾が走る。


 何事もなかったような、にこやかな表情を向けるアルドエルに、俺はこの街の闇を見た気がした。



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 城の中はいたるところに高価そうな絵や工芸品、地面には赤い絨毯がひかれ、一定間隔で兵士が立っている。


 リーナの領館との差に驚いている間もなく、応接室に到着した。応接室の中央のテーブルを囲むように座り、アルドエルが手を叩くと同時に、美しいメイド達が食事を運び込む。

 机の上を埋め尽くす程の豪勢な料理が並べられ、長々しいアルドエルの挨拶で食事が始まった。

 アルドエルは何気ない話から入り、徐々に戦のことを根掘り葉掘り聞き始めた、最初の襲撃はいつか、どう回避したのか、敵の数は。何度交戦したのか、あまりの執拗な質問に、若干うんざりしてきたところに、先ほどの奴隷が部屋に入ってきた。

 先ほどとは違い、ボロボロの服装ではなく、白い羽衣のような服を纏っていた。


「ご主人様、お食事中に申し訳ありません。最優先事項でした王都への連絡の準備が整いました」


「ご苦労。では、私は少し席を外させて頂きます。お食事をお楽しみください」


 バタンと扉が閉まり、奴隷と給仕のメイドと俺たちだけが残される、奴隷の彼女は部屋の隅で邪魔にならないように立っていた。


「王都への連絡と言っていましたが、魔法水晶があるのでしょうか」


 魔法水晶とは、水晶を介して別の場所の水晶に干渉し、連絡をとれるというものだ。

 以前のリーナの説明では、生成には高価な鉱石や水晶、上級魔法士の大量の魔力を必要とするため、持っている領地は少ないと聞いていた。


「カンザスの街は王都から東側の領地では一番栄えている領地です。それくらい持っていても不思議ではないでしょうね」


「魔国軍の侵略を王都の上位貴族に連絡するのでしょう。たしかに最優先事項ね」


「なるほど、まだこの先も侵攻がないとも言えないですからね」


 リーナとエレナの話に同意しつつ、先ほどから気になっていた彼女をまじまじと見る。

 衣から伸びる腕や足には隠し切れない小さな傷が見えるが、整った顔をしていて、キリッとした目つきがとても美しい。

 髪は明るい茶色で、そこから伸びる耳は猫のような形をしている。

 じろじろ見ていると彼女も気が付いたのか、恥ずかしそうに顔を背け、衣の下から見えていたしっぽを丸めて隠す。


 アニメの中だけだと思っていた他種族に感動を隠せない。

 奴隷すべてを解放してあげようなどと、大仰なことは考えもしないが、せめて目の前にいる子ぐらい何とかしてあげたい。

 というかめちゃくちゃ好みだから、痛めつけるくらいなら俺が欲しい。


 じろじろ見ながら考えているうちに、扉が開かれ、アルドエルが部屋に戻ってきた。


「お待たせして申し訳ない。早速ですが、あなた方四名はこの後王都へ向かってもらうことになりました」


「なぜでしょうか。報告が終わったのなら私たちが王都へ赴く理由がありませんが……」


 リーナの尤もな意見に俺たちは頷く。


「敵を退けつつ、領民を守ったあなた方には褒章を与えるそうです。ですから王都まで参上して頂きたいとのことです」


「それとあなた達は隠しているようですが、そこのご子息の力も報告致しました」


 エレナがリーナに目くばせをしつつ、口を開く。


「なんのことでしょうか?この子はただの八歳の子供で、少々魔法が使える程度ですよ。実際逃げながら戦ったのはリーナとクレイルです」


「なるほど! 空を自由に飛び回り、二万近い兵の大半を殲滅し、退却に追い込んむ程の力を少々魔法が使える程度とは!!」


「なにを……馬鹿なことを……」


 リーナの額には汗が滲んでいる。エレナも言葉を失ってしまったようだ、街についてからの、言葉の端々に含まれていた嫌味の意味をようやく俺は理解した。


「残念ながら、各所の森に侵攻に備えて物見を用意しておりましてね。そちらからの報告が入っていたのですよ。ご子息が死体を焼いている間にね」


「それにしても素晴らしい力です。わずか八歳の子供が、二万近い兵を寄せ付けず、一人で殲滅するとは、我が国が誇る筆頭王国戦士長の方々でも不可能でしょう!」


「御食事が終わりましたら、城の前に馬車を用意しております。長旅になるとは思いますが、快適に旅ができるよう準備致します」


「バレているならしかたないですね。かあさまこうなれば行くしかないでしょう」


 大きなため息とともに目頭を押さえるエレナをしり目にアルドエルに向き替える。


「アルドエル様一ついいしょうか」


「なんでしょうかご子息」


「どうせばれたのですから、この街に及ぶであろう被害を止めた功績として、何かご褒美を頂いてもいいでしょうか」


「とても六歳とは思えないですね。いいですよ、私がお渡しできるものであれば何なりとお申し付けください」


「いやぁさすがアルドエル様、その懐の深さがあるからこそ、カンザスの街がここまで繁栄しているのでしょうね」


「はははっ、お上手ですね。それで何をお望みでしょうか」


 俺が指をさした先をにつられ、ゆっくりと振り返るアルドエル、全員が俺の指を追うように視線を向ける。


 向けられた本人は、横にある絵画だとおもったのだろうか、右にいったり左に行ったりとうろうろしている。


 それに伴って左右に向けられる俺の指。


「私の勘違いではなければ、あの娘ですかな?」


「え……え……」


 めちゃくちゃ動揺している奴隷の彼女が微笑ましい。ていうか可愛いな。うん。


「そのとおりです、彼女を街で見た時から、是非とも欲しくてですね。アルドエル様程、懐の深いお人であれば、それくらいは許してくれるかなと思いまして」


 顔を引き攣らせながら、こちらを振り返るアルドエル。


「あの娘は小汚い奴隷でして、ご子息には失礼になりましょう。それにご子息には女性はまだ早いと思われますが」


「第八魔王リヴァル王筆頭魔剣士長ライゼルという統率者が率いる、この街の外壁や城門ならたやすく破壊できる魔術師と、他百名以上の魔術師、そして二万という大群。この街が如何に堅牢だろうと、半日もせず陥落したでしょう」


「あるはずだった被害をたった一人で救って見せたのに、この程度の願いもカンザス・アルドエル様は聞き届けてくださらないのでしょうか?」


 真顔で笑いかける俺に、アルドエルの顔がいっそう引き攣る。

 しばらくの間、色々と悩みこんでいるアルドエルが諦めたようにため息をついた。


「いいでしょう。かなりの額の娘でしたが、街に起こったであろう被害を考えれば安いものです。それにご子息を敵に回すのは今後ためにならなそうだ」


「いやぁさすがアルドエル様! ありがとうございます」


「はぁ……では私は馬車の準備の状況を見てきます。お食事がおわりましたら、そこの娘に案内してもらい来てください。奴隷証は後でお渡しします」


「サーリャ、すぐに荷物をまとめて、お前はこの方たちについていけ」


「……はい。承知しました」


 俺を怖がっているのか、困惑していて考えがまとまっていないのか、彼女は不安そうな顔で、ちらりとこちらを見ると、駆け足で部屋を出ていった。

 国からの褒章や、サーリャという奴隷の女の子との旅に期待を膨らませながらも、王や王都の貴族に、俺の力が知られた為、起こるであろう面倒を考え、大きな溜息をつくのだった。



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「王よ。貴族達はかの者の力があれば魔国に攻め入る事も可能。などと裏で怪しい動きを始めているようです」


「かの者の父は、魔国の侵攻を命を賭して国を守り、その義に報いることもなく、貴族位を剥奪しろとせまり、強い力を持つ息子がいると知れば、魔国と戦わせようと画策か……」


「王よ。この国の貴族達は腐ってしまいましたな」


「であるな……貴族達の思い通りにさせてはならん、我らも動くぞ」


「仰せのままに」




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