第10話決意の朝、狂気の戦い
暗く長い夜が過ぎ去り、朝日が昇る。
連日走り通しで気だるい身体を起こし、朝日の方角にいるであろう仲間達へと視線を向ける。
人一人見えず、続く広大な草原、奥に続く山々、世界に自分しかいないような心地良い静けさから、少しずつ耳に入り始める雑音。
それは次第と地響きのように大きな音となり迫ってくる。
振り返った先には緑と黄色が続く大地にそぐわぬ、黒い集団と赤黒い旗。
暴力の塊のような集団をみても、もう竦んだりはしない。
二度目の命。決めた心。遣るべき事。守るべき人。
さあ、決意の朝が来た。
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対峙するとは、お世辞にもいえない。
二万近い数の中央、光沢を帯び、美しく、そして毒々しい鎧に、身の丈と変わらぬ大きさの大剣を持つ男。
対面には、土で汚れたローブをまとう小さな子供。
かざした手を合図に、すべての兵が動きを止めていく。
「村の生き残りか?」
大きな声でもないのに、辺りに重く響く声が広がる。
「あなたがこの魔国軍のリーダーですか?」
周りに控える屈強な騎馬兵達が槍を握り、近づこうとするのを右手を上げる動作で押しとどめる。
「そうだ。魔国領、第八魔王リヴァル王筆頭魔剣士長ライゼルという」
「ライゼルさんですね、僕は、いや俺はセイン・レイフォードだ」
「きさまああああ!! 下等な人間如きが、口の聞き方を教えてくれる!!」
列から飛び出そうとする側近らしき兵を、またも押しとどめる。
「怖がらせてすまないな。君に一つ質問したいのだが。いいだろうか」
あくまで紳士な態度を通すライゼルに驚きつつ、いつ戦いが始まってもいいように夜通し練り続けた魔力を漏らさないように注意する。
「こちらも一つ質問してもいいなら」
「いいだろう。まずこちらの質問といこう。我らの先遣隊が何度か向かった筈だが、すべて打ち倒されていた。正直村にはそれほど戦力はいなかったはずだが、どれくらいの規模の兵力が応戦しているのか。そしてその人物達の中で、強い者の名だ。その者とは我が戦いたいのでな。これがこちらの問いだ」
果たして答えていいものかどうか迷ったが、俺が一番聞きたい事も聞けるかもしれないし、俺が負ければどうせ戦う人間の名前だ、
エレナの名だけは隠し、質問に応じる事にした。
「応戦しているのは二人、一人はあの領の領主クリス・エヴェリーナ、もう一人がクレイル ライオットだ」
「なっ!?」
周囲の兵士達からどよめきが起こる。二人という人数に驚いているのかと思ったが、周囲の声を聞いて違う事はすぐに分かった。
「エルレインの魔女に、剣鬼ライオットだと!?」
収まる事のないどよめきの中で、ライゼルだけ嬉しそうに笑い始める、その笑いの不気味さに、周囲が段々と静まり返っていく。
「フフッ……なるほどエルレインの魔女に、剣鬼ライオットか、それはあの程度の軍勢では厳しいだろう。だが嬉しい情報だよ。あのライオットと戦える機会に恵まれるとは!」
「セイン少年よ、とても良い情報をありがとう。君の質問に答えてあげよう。さあ、何が知りたい?」
「こちらが聞きたいのは、簡単だ。どんな理由があってあの村を襲い、そして村人を追うのか。これがこちらの問いだ」
「ふむ……正直君のような小さな子供には可哀想な理由だが、いいだろう。我らが君主リヴァル様は、隣の領地に君臨する第三魔王リューラ様の事が嫌いでな。そのリューラ様は、自身の種族が人であるからか、リューラ領の人間達を庇護している。ゆえに、リューラ様の目の前で人間達を痛めつけ、憂さを晴らそうとお考えなのだが、生憎我らの領にはもう人間はいない。それで一番近かった人間の村を襲ったという経緯だ」
淡々と話すライゼルに、やはり人間など、どうとも思ってないということを感じる。
周りの薄汚い笑いも耐え難い。
そうか……そんな理由で俺達は命を賭けなければいけなかったのか。
なんだか必死に逃げている俺達が馬鹿みたいじゃないか。
命を投げ打って足止めをする価値もない理由じゃないか。
村を襲ったとき、捕まえるどころか村人を嬉々として殺してたじゃないか。
「フフフッ……クハッ……クククククッ……アアハッハッハッハッ」
腹を押さえ笑いをこらえ、高らかに空を見上げ笑い飛ばし、あたりに寝そべり狂ったように笑い転げる俺を、黒い集団は呆然と見ている。
ついに気が狂ったか。などという兵達の言葉すらも面白く感じてくる。
「ああー。笑った笑った。じゃあお前ら、もういいよ……さよならだ」
「頼むから苦しんで死んでくれよ……。トルネードウォール」
目の前の子供から、ありえない言葉、凶悪な殺気を感じたためだろうか、俺の前にいるライゼルや兵士達のキョトンとした顔を最後に、目の前が巨大な風に包まれる。
ライゼルを中心に巨大な竜巻が出現し、中にいるであろう兵士達の断末魔の声が響き渡る。
大半の兵士が逃げ惑う中、何名かの兵が、俺の元に武器を構え襲い掛かるが、近づく間も無く、風の刃によって、真っ二つに切断されていく。
「あいつだ!! あいつが風を起こしている!! 魔国の戦士達よ、あの子供を殺せええええええ!!」
ライゼル以外の各所の部隊の統率者が声を荒げると共に、次々と中央の竜巻をさけ、大軍が押し寄せる。
左右から迫る騎馬兵や歩兵、風の刃で次々と数を減らしていくが、屍を踏み越え雪崩のように押し寄せてくる。
投げられた槍をかわすと同時に、俺は空へと舞い上がった。
全員が空を見上げながらゆっくりとその場に足を止める。
同時に長く蹂躙を続けていた竜巻が収まり、静寂に包まれる。
「空を……飛んでる……」
動きを止め、唖然としている兵士達。
戦場とは思えない程静かな時間が流れるが、ただ一人、俺だけが戦う意思を持つように、巨大な魔力を練りこんでいく。
俺の掲げる手の上に、徐々に大きくなっていく、直系一メートル程の赤黒く蠢く炎の塊を見て、兵士達の足が震えだす。
「魔法部隊、やつを撃ち落とすのだ……」
先ほどまで声を荒げていた指揮官が、震えるように小さな声で命令をする。
動く事を思い出したように、ローブ姿に身を包んだ魔法使いと思われる者達が、指揮官の前に出てくる。
他方に散らばる指揮官達も、次々と魔法使いを最前列にだしてくる。
豪華な杖を持ち魔力を練る者や、あまり力が強くないのか、初級の魔法を詠唱している者。
無詠唱で凍りの矢を射ち出してくる者。一斉に魔法使い達が動き出す。
氷の矢を空中で避けつつ、各所に散らばっている百人ほどの魔法使いの中で、一番大きな魔力を練っている魔法使いと、その弟子らしき魔法使い達が集まる部隊めがけて空いている左手をかざす。
突如その魔法部隊は、四十メートル程空中に投げ出され、何が起こったか分からないのか、辺りを見渡しながら地面へと落下していく。
ドシャっと生々しい音が響きわたり、落下地点の広範囲に肉の塊と血しぶきが飛び散る。
付近の兵士達は戦意を無くした様に次々と後ずさり、声にならない声を吐き出し、逃げ惑う。
魔力が練り終わりそうになっていた部隊と、その後ろに控える指揮官に向けて、完成した、直径三メートル程の火球を打ち出す。
悲鳴と共に広範囲にわたって大地が窪み、人が爆散し、草原が炎に包まれる。
魔法部隊と指揮官、周辺の数十人の兵士達がこの世から消えた。
弓矢が届かない位置から、のろのろと飛んでくる魔法をかわしつつ、まるで作業のように、次々と魔法使いを上空に舞い上げ、兵達を焼き殺す。
二万の兵士達は少しつづ数を減らしていく。
前世では、電車に轢かれた人の死体を見ただけで吐き気が止まらなかった俺だが、前世の俺の最後のようにくだらない理由で殺されそうになる人々の気持ちを重ね、まるで復讐するかのように淡々と殺してく。
なすすべが無く逃げる指示を飛ばし始めた指揮官を焼き払う。
「きさま!! 地上に降りて来い!! 我と一騎打ちだ!!!」
あたりに静寂が広がる。逃げていた兵達は足を止め、助かったと声に出し安堵する。
戦場に響く聞き覚えのある声の主は、竜巻があった場所の肉片の中に立っていた。
黒い色だった鎧を真っ赤に染め、大剣をかざし叫んでいる。
「あ、ライゼルさん、あの中で生き残れたんですね」
「この下種が、自分は安全なところから一方的に攻撃など、恥ずかしくないのか!!!」
「ぷっ!! ライゼルさん、それをあなたが言いますか。」
「何がおかしい!!!!!!!」
「戦士でもない村人を一方的に攻撃するあなた達からそんなセリフが出るんですよ?? 大爆笑ものじゃないですか!!! もしかして魔国の人はユーモアに長けているんですか? それとも知能が低いのですか?」
「きさまあああああ!!!!!」
「それと、降りて来いって話でしたが、無理な相談です。あなた方の矛盾している騎士道みたいなものと同じく、私も生まれ故郷のアニメというもので学んだ、とてもためになる言葉を大切にしてましてね」
「勝ちゃあいいんだよ!!! 勝ちゃあなああああああ!!!」
両手を上空にかざし、自分の中にある女神に与えられた膨大な魔力を吸い上げていく。
まるで竜巻を押し込めたような球体は徐々に大きさを増していく。
五メートル、十メートル、十五メートル、どんどんと大きくなる球体を前に、立ち向かおうとしていたライゼルも逃げるように後ずさる。
「貴様……何者なんだ……」
三十メートル程の大きさで止めた球体に炎の魔法を注ぎ込む。
一瞬にして今にも爆発しそうなほど、不気味に脈打ち、あたりに火の粉を撒き散らす炎の球体を完成させる。
「やだなぁ。ライゼルさん、俺は正真正銘八歳のガキですよ」
「この魔法に生き残れたものは、第八魔王リヴァルとやらに伝えてください。この地を次に襲うことあれば、お前を必ず殺しに行くと!!!」
「最後に、もう一度お前の名を教えてくれ」
「今から死ぬ人に教えても仕方ないでしょう」
「それに……質問は一つだけの約束ですよ?ライゼルさん」
打ち出された火球が、ライゼルの居た場所で爆発する、まるで地震のような地響きと共に、巨大な爆炎が拡大していく。
近くにいたものは跡形も無く灰になり、遠くにいたものは、爆風で吹き飛び、立ち上がることなく地に伏し、また爆発した場所から飛び散る火球で息絶えていく。
映像から遅れて来るような大きな爆発音と、それだけで肌を焦がしてしまいそうな熱風が俺のいる上空を通り抜ける。
いたるところに飛び散る炎の塊があたりの草原や兵士を焼き、爆発元である大勢の兵士がいた場所は、大きな穴を開け、マグマ溜まりのように赤黒い池をつくる。
二万近く居た兵士たちはおよそ一時間にも満たない時間で、半数ほどになり、生き残った兵士達は防具を捨て、我先にと進んできた道を駆け走る。
すべての兵士が魔国へ逃げていく様をみながら、大切な人達や、くだらない理由で殺されようとしていた人達を、守れた事に安堵する。
すべての兵が見えなくなったころ、いつになっても戻らない俺を心配したのか、リーナとクレイルが、カンザスの街の方向から向かってくるのが見えた。
凄惨な戦場を前に、言葉を発する事を忘れた二人に、カイゼルに向かおうとだけ伝え、二人の前を歩く。
これでしばらくは平穏に暮らせるだろうと安心していた俺は、近くの森からこちらを覗く者の目に気づく事はなかった。
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