第5話新天地


 ガタンという大きな振動で目が覚める。

 眠たい目を擦り、体を起こす。

 狭い馬車の中には、俺の母エレナと執事のクレイル、

そして俺の三人が、押し込められている。

 夜は宿を取り、日中は馬車に揺られる生活も、もう半月位だろうか。


 エレナの行動は早かった。領地返還の手続きや、貴族資格降格、移る領地への交渉、これらをたった五日で片付け、六日目には移住先である、エルドニア領に向けて馬車を進めた。


 ガタンガタンと揺れる馬車が止まり、御者からの呼び声が聞こえる。


「着いたわよセイン。降りましょう」


「はい、かあさま」


 やっと到着かと、表情とは裏腹の気だるい気持ちで馬車から降りる。

 顔を上げたとき目の前にあったのはあたり一面の緑に囲まれた場所だった。

 五十メートル奥の場所に、木造の家とその隣に小さな小屋が見える。

 普通の領民の家よりは大き目の家ではあるが、とても貴族が住んでいるようには思えないような感じだ。

 身を隠すため、王都のいざこざに巻き込まれないため、色々要因はあるだろうが、エレナは本当に頭がいい。


「あの家になります。ご要望に沿った形ですと、あれ位になってしまうのですが」


 御者が申し訳なさそうにエレナに話す。


「要望通りよ、ここまでありがとう」


「さぁセイン行きましょう」


 いつもと変わらない優しい笑顔を向けて手を差し伸べてくる。

 躊躇もなくその手を取り、家の方へと歩いていくのであった。


 木造の家は見た目は小さいが中に入れば思った以上に広いなんてこともなく。

 家の中は三部屋と外の小屋合わせても合計四部屋だ。

 三部屋の内の一部屋が暖炉と調理場などがあるダイニングで、残り二部屋が狭い空間に、ベットと小さな机が窓の近くに置いてあるだけだった。


「これからこの部屋が私とセインの部屋よ」


「また一緒の部屋ですか?」


「そうよ。私と一緒はいや?」


「いえ! 嬉しいですかあさま!」


 だが普通に考えれば、三歳半ばの子供と母親が別々の部屋のわけがないのだが、正直俺の精神衛生上非常によくない。


「今日は疲れたでしょう。もう寝ちゃいなさい。明日からセインが楽しみにしてた、魔法の練習を始めましょう」


「はい! おやすみなさいかあさま」


「おやすみなさいセイン」


 俺が寝静まるまでずっとそばでこちらを見ているエレナに、安心してしまったのかすぐに深い眠りに落ちた。



--------



 翌日目が覚めると、ダイニングで料理を作っているエレナとクレイルがいた。

 クレイルも料理をするのか……。


「エレナ様、そこはこちらの調味料ですよ」


「え……そうなのですか?」


「……かあさま?」


 どうやらクレイルに教えてもらっているようだ……。

 まぁ今までは家政婦がいたからなぁ……。


 食事はダイニングの小さな机に、パンとサラダにフルーツ、それと大きさがまちまちな具の入ったスープだった。


「おいしいですよ、かあさま!」


「ほんと? 良かったわ。クレイル美味しいんですって」


「さすがです奥様」


「そういえば、今後のことをまだセインには話してなかったわね」


「何でしょうかあさま」


「セイン明日からは、午前中に文字のお勉強。お昼ご飯を食べたら魔法の練習をします」


 うっかりしていたが、文字を読めないのでは魔術書なども読めないではないか……。

 ようやく言葉をほとんど覚えたのに今度は文字か……。


「あと先に言うと、私は火の魔法と治療魔法は使えるのだけど、他の魔法にはあまり向かなかったの。だからここエルドニア領の領主様に、魔法を教えてもらえるように、頼みました」


「かあさまが教えてくれるんじゃないんですか?」


「得意な分野の魔法なら、教えてあげられるとも思ったのだけど、どうせなら優秀な魔法使いに教えてもらったほうが、セインのためになると思ったの。勝手に決めてしまってごめんなさいね」


「いえ。僕のためにありがとうかあさま」


「セイン良い子ね」


「でも領主様って忙しいんじゃないの?」


「大丈夫よ。ここの領主様は、、強い力を持った魔法使いなのだけど、文官と違って戦が起こればすぐに戦場に行かなくてはいけないから、領地の管理は国からの補佐官がしているの。要するに暇みたいだから、快く承諾してくれたわ」


 そりゃあ一面緑ばかりの領地で、仕事も取り上げられれば、死ぬほど暇だろうな……。


「分かりました! かあさま、僕がんばります!」


「ええ、無茶しないようにね。」


「このあと領主様がいらっしゃる予定だから、しっかり挨拶するのよ」


「はい! かあさま!」


 コンコンとドアをノックする音が響く。


「来たみたいね」


 エレナによってドアが開かれる。


「お久しぶりエレナ、良い匂いがしますね」


「良ければどうぞ、その前に私の家族を紹介しますね」


 そう言ってエレナがドアの前から移動すると、光が差し込む入り口の前には、一人の女性が立っていたのだった。

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