第6話魔法使いの領主


 家の中に入ってくるその人影は、領主というには、あまりにも若く感じられる女性であった。

 そんなに背丈が大きくなく、シルエットも細い印象だ。

 俺の方を見て若干驚いたような顔をしている。


「この子が私の弟子になる子でいいの?」


「ええ、私の息子で、セ」


 手の平でエレナの話を止めると、俺の元にゆっくりと近づき目の前にしゃがみこむ。


「君、お名前教えてくれるかな?」


 光を背負っていて、逆光ぎみだったため今まで気づけなかったが、人というには耳が長くピンと伸びており、美しい金の髪に、すべてを見透かしているような金の目、整った容姿、白い羽衣のような衣服に、煌びやかな杖を携えている。

 年齢としては十八歳くらいだろうか。


 彼女が人という種族でないことは、すぐに理解できた。


「初めまして、セイン・レイフォードです。宜しくお願いします」


「初めまして、君の師匠をさせて貰います。クーリャ・エヴェリーナです。こちらこそ、これから宜しくね」


「エレナ、セイン君は何歳かな?」


「三歳と半年ってところかしら。本当に可愛くて良くできた子なのよ」


「十年ぶりくらいに連絡が来たと思ったら、あなたの領地に行くわ、あと昔の借りを返すと思って、私の息子に魔術を教えてなんて言うから、もっと大きな子だと思ったに……」


「ふふふ、きっとあなた驚くわよ」


「もう驚いてます」


 他愛もない会話をしながら、折角だからと、朝食を振舞いつつ今のエレナの状況を説明する。


「なるほど、王国の中央ではかなり面倒なことになってるようですね。私の領地に来てくれて良かったです。ここなら面倒な文句をつけてくる貴族もあまりいないでしょう」


「あなたの力を知ってる人は、怖がって馬鹿なことしてこないでしょうからね」


「種族の違いからも敬遠してますしね」


「そんなことは……」


「ごめんなさい。エレナみたいに友人と思って接してくれる人もいるから、私は幸せよ」


「クーリャ師匠は、何の種族なんですか」


 エレナとクーリャは困った顔をしながらこっちを見る。


「私のことはリーナでいいですよ。私はエルフという種族です。私が怖いですか?」


「いえ! 怖くないです。むしろ綺麗だなぁと思いました!」


 リーナはキョトンとした顔をして、ふっと優しい笑顔に戻る。


「人は他種族を怖がりますから、心配だったのですが、やはりエレナの子ですね」


「自慢の子よ!!」


 エレナが胸をはり威張る姿に、俺とリーナは笑いながら朝食の時間が終わった。



-------------



「じゃあ授業は家のとなりの小屋でお願いね。私も授業を見たいけど、邪魔しちゃ悪いからお任せするわ」


 エレナの言葉に頷き、リーナと俺は小屋に向かった。

 小屋には窓がなく、中にはランプが部屋の四隅においてあった。

 そして一面を埋め尽くす、本の数々にリーナと俺は唖然としていた。


「本なんてとても高価なのに……エレナったら……」


 親馬鹿ここに至れり、などと思いながらリーナ師匠との勉強が始まった。


--------------


「最初は文字の勉強だったわね。まず文字の読みを教えるからあとはひたすら書き取りです」


 文字の形態は、何とも不思議な形の文字が並んでおり、その一つ一つを繋げる形だった。

 ある意味ひらがなと似たような形態だ。あとは強調するところなどには、その文字に強調記号を付ける、逆もまたしかりと、結構単純なものだ。


「人間の国ではこの文字ができれば大丈夫です。行くことはないと思いますが、魔国領や獣人国、精霊領、この国々は別の形態の文字になっています。他にも色々国はありますが、上に上げた国以外は人文字を使えれば大体は大丈夫です」


「リーナ師匠、僕はエルレイン王国とセルドニア王国、神聖帝国の名前しか聞いたことがありません。もし宜しければ国について教えてもらってもいいですか?」


「ええ、いいですよ」


「まず、大きく分けてエルレイン王国、セルドニア王国、神聖帝国これが人間の国の中で大きなものになります。他にも小さな貿易国家や、商業国家、魔法国家など色々ありますが、規模としては上の三つが大きく歴史があります」


「次に獣人国、こちらは言葉通り獣人が支配している国です。小さな部族が集まって、それを束ねる一つの種族が統治しています」


「その獣人国と友好関係にあるのが、精霊領です。わたしのようなエルフが住む国です。基本的には他の種族とはあまり交流せず、貿易程度の関係しかもちません。種族の全体数は少ないですが、魔法力や適正が他の種族より大きく現れるため、強い国家といえるでしょう」


「魔国領はその名の通り、魔族の国です。魔族といっても魔をつかさどる者という、大きな括りの国です。色々な種族があつまり各種族に魔王がいます。その中で一番の力をもつものが、その国を統治します。力の大きさからほとんど魔族が王になっていますが、魔王の中には人間もいます。魔王によっては他種族を奴隷にしようとする国もありますので、何の事情があっても行かないことをお勧めします」


「最後に聖龍王国、こちらは何百年と生きている龍人という種族が統治する国です。領民の七割が人間で、一割ほど獣人や精霊族、残りの二割は龍人です。龍人は強い力と、長く生きてきた知恵があり、国の中は平和で、とても行き届いた統治をしています」


「大きく分けるとこのような感じです」


「ありがとうございます!」


 今まで暗い話や、危ない話は極力避けるようにされていたから、俺にここまで色々教えてくれる人もいなかった。

 折角聞ける時間があり、師匠が付いたのだ、どんどん疑問がでたら聞いていこうと思いつつ、言われたことを暗記する。本来ならメモを取りたいが、いきなり日本語なんて三歳児が書き始めたら、言い訳やごまかしが思いつかない。

 授業が終わったらこっそり紙にメモを取ろう。

 二時間ほど書き取りをして、昼食を食べいよいよ魔法の授業だ。


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 木々に囲まれた家の裏手にある開けた場所、ここで魔法の実技を練習するらしい。

 今思うとあんな短時間でよくここまでの家を用意したと思う。

 周りは木々で囲まれ、領民からは見られにくく、刺客から隠れるのには最適であり、裏手にはすこし開けたスペースがあり、魔法の練習ができる。

 小屋の中には沢山の種類の本に、住める人数を計算された家。

 半月程度で良くここまで効率の良い準備ができていると改めて思う。


「ではまず基本から教えます」


「はい!宜しくお願いします!」


「まず魔法の種類に関してはエレナから聞いていますか?」


「はい!火水風土闇光、他にも治療や召喚魔法があると教えてもらいました」


「なるほど、では魔力についてから教えます。魔法を使うには適性が必要です。これは試験魔法陣によって見ることができます。この試験により適性があるものは、体の内に宿る魔力を、外に出すことができるというのが分かります」


「魔力を外に出すことができる、この魔力を火や水に変えることで魔法となります」


「魔力を外に出す適性がなくても、魔力には使い方があり、魔力を練り身体能力を上げたり、自分の触れているものに魔力を注ぐことができます。要は剣に魔力を込め、切れ味を上げたり、自分の足を速くしたりできるわけです。そのため、鍛錬を積めば、魔術師になれなくても、剣士として一流になれば、魔術師にも勝つことができます」


「魔法には、補助として詠唱と杖があります。慣れればどちらも無くても使えるようになりますが、強い魔法には詠唱があったほうが、効率良く力を練ることができ、また杖には作り方により、魔力の増強や、威力を高めることもできます」


 なるほど、つまり魔法適性がなくても、強くなる方法があり、実際強いものは大勢いる。


 魔法は杖と詠唱が無くても、咄嗟に使えるようになるということか。


 できれば両方鍛えたいところだ、魔法がいかに強くても、迫られることがあれば、剣士に負ける可能性の方が高い。


「師匠、僕はどちらも使えるようになりたいです」


「そうですね、魔術師の適性は希少なこともあり、国から支援があり、特権も得られるので、魔法ばかり練習するものがほとんどですが、私もいざという時を考えるなら、両方修めるのがいいと思います」


「その前にセイン君は魔法適性は調べましたか?」


「はい! 前にかあさまに調べてもらいました! 魔法適性はあるみたいです!」


「それは良かったです。魔法陣の光りかたはどうでしたか? それによって、今後の教える方針を決めようと思うのですが」


 どう言えばいいんだ?

 光が放射状に伸びて紙が爆散しましたー! なんて説明になってない気もするし、正直言われても良くわからないだろう。


「ちょっと口で説明するのが難しいです」


「なるほど、では同じ形式でやるのもセイン君がつまらないかも知れないので、簡単な魔法を練ることによって、魔力の適正と力の大きさをみる方法があります。私達エルフの種族の調べ方なのですが、そのやり方でやってみましょう」


「はい! 師匠!」


「まず、片手を前にかざして、血の流れのように循環している力を想像し、右手に集中させていきます。手のひらの真ん中から水をイメージして、魔力を少しずつ放出していきます」


「我求めるは水精の祝福、大いなる水の恵みよ我に力を貸し与えたまえ」


 リーナの手のひらの上には、直径一メートルくらいの水球が作られていた。


「このように水の水球を作ることができます」


「すごいです師匠!」


 リーナの頬が少し赤くなっているのがとても可愛らしい。


「この方法はイメージを変えることで、火や風や土など色々できますが、体に流れる魔力を集めるイメージからなので、水で調べるのがいいでしょう。では早速やってみましょう」


「はい!」


 えっと、体を流れる力をイメージして手に集めて、それを手のひらの真ん中から少しずつ放出するイメージで、たしか詠唱が……。


「我求めるは水精の祝福、大いなる水の恵みよ我に力を貸し与えたまえ」


 突如水が手のひらから吹き出し、まるで蛇のようにうなりながら水球をかたどっていく。


「手のひらから出ている魔力を止めるようイメージして!」


 大きな声に驚きながらもその指示に従う。

 水球が直径三メートルを超えたあたりで俺の手の上で止まった。


「と、とりあえず、その水球を地面に落とすイメージをしてみてください」


「は、はい」


 眼前がほぼ水で見えないためとりあえずその場に落とすイメージをする。

 バシャーンと水が跳ねながら、あたり一面水浸しとなった。

 当然目の前にいた俺とリーナも、びしょびしょの濡れ鼠のようになってしまった。


「体がだるい感じはしませんか? ふらついたり頭が痛くなったりは?」


 リーナが駆け寄り俺の前に膝をつき、肩に両手を添え心配そうに見ている。


「いえ、特に気分が悪くなったりはないみたいです」


 俺の言葉にほっと胸を撫で下ろし、少しして面白いものを見るような眼差しを向ける。


「エレナの自慢げな驚くわよという言葉の意味がようやく分かりました」


 真剣な眼差しで俺を見つめるリーナ。


 そしてスケスケの白い羽衣を、真剣な眼差しで見ている俺がいた。

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