第3話

 次の日は団体行動だった。自然に四人で集まったが、少しばかり二人が余所余所しいというか、なんというか。

 まさか、失敗したなんてことないだろうな。そのことを音取に問うたところ、

「余所余所しい、というよりは初々しいというべきなんじゃないかしら」

「は? どういうことだ?」

 理由を問いただすと、

「どうやら昨日、私たちが想定していたよりも進展があって。告白したそうよ」

「阿澄がか? お前に相談するぐらい悩んでたのに、急に思い切ったな」

「いえ、そうではなく……」

 彼女の視線は雪緒に向いた。まさか、

「雪緒の方からしたのか?」

「聞くところによると、そうらしいわ」

「…………」

 想定外もいいところだ。

「オーケーはしたんだよな?」

「らしいわ。昭穂ちゃんの談では、だけど」

 まあ、それがきちんと雪緒に伝わっているかはやや不安も残るが、気を揉んでも仕方がないか。もはや、なるようにしかならない気がしてきた。

 札幌を中心とした名所を周り、昼はジンギスカン。そして、午後もバスを利用しつつ名所巡り。タイトというほどでもないが、やや密度の高い移動と見学の連続。俺は雪緒と一緒だったり別だったりしたが、阿澄だけは常に行動を共にしていた。彼女の友人ズも空気を読んだのか、あまりちょっかいはかけず、させるがままにしていた反面、音取や俺がおもちゃにされていた感もある。

 この分なら、大丈夫そうだな。なんとはなしに受けた相談の相談だったが、こうして無事に終わると少しばかりの達成感を味わうことができた。

 その日もホテルに戻り、雪緒は部屋に居続けることはなく、ロビーへ。きっと阿澄も一緒だろう。

 部屋のほかの二人も今日の団体行動中の二人を目撃したのか、理由を察し、ニヤケ顔を隠しもしなかった。きっと、雪緒が戻ってきたらあれこれからかおうと算段しているのだろう。

 事実、夜は少しばかり騒がしかった。



 最終日。バス移動になり、窓際の席に一人で座っていると、阿澄がいきなりやってきて腰を下ろした。

「あのさ……」

「なんだ?」

「ワタシの恋愛、手伝ってくれてたでしょ? だから、お礼言おうと思って」

「俺はそんなこと知らんな」

「ウソ。だって、一昨日の夜の声、アンタのだったもん」

 なんだ、バレたのか。

「礼なら音取に言えよ。俺は音取を手伝ったにすぎん。正直、お前たちがどうなろうと俺の関与することじゃない」

「そ。じゃあ、やっぱりアンタにはお礼言わない」

「ああ」

 俺はそれきり黙り込んで、窓の外を眺めた。阿澄はそのまま去るかと思えば、なぜか居続けてる。

「ねえ」

「なに?」

「アンタってさ、アリアさんのことどう思ってるの?」

「藪から棒だな。なんだ、いきなり?」

「いきなりかな? いや、ちょっと気になってね」

 俺がアイツをどう思ってるか、か。そうだな。他人ではないが、まかり間違っても恋人じゃない。

「友人、だろうな」

「……そっか。でも、嫌いじゃないでしょ?」

「嫌いだったら手伝うかよ」

「それを聞いて安心した」

 にこりと笑うと、阿澄は揺れる車内を怪しい足取りで自分の席に戻っていく。なんだというのだろうか。まあ、どうでもいいか。

 三日目は小樽での自由行動。とはいえ、時間的に範囲はそんなに広く取れないので、多くの人がオルゴール堂周辺に集まり、班分けが意味をなさなくなっている。

 そんな中、音取は俺から距離を置き、しかし、なぜか視線はチラチラと向けてくる。その上、小さい溜息を何度も。

 不快にさせるようなことや、怒らせるようなことをした覚えはないが、自覚なしに怒らせる場合だってあるだろう。

 ガラス工芸の小物を見ていたとき、ふと一つのものが目にとまった。青と透明なガラスで作られた小さな髪留め。

「…………」

 そういえば、どうして俺は音取の相談に乗ったのだろうか。まあ、暇つぶしだったのも確かだろうが。だが、自分自身で認識する限り、俺はめんどくさいことが嫌いだ。

 しかし、あの時は自然に、そう、ごく自然に彼女の手助けをしてもいいと思えた。

「なんなんだろうな」

 阿澄の言葉に翻弄されているようだ。しかし、彼女だって意味もなく俺にあんな問いかけをしないだろう。彼女自身、あんなにも悩んでいた事柄に関して――

 ああ、ダメだな。これこそ吊り橋効果みたいなやつじゃないのか? だけど、なぜだか心の奥底にすとんと収まる、心の中でじわりと熱を持つ想い。

「これ、ください」

 迷うことはなかった。

 いつ渡すかは決めてない。でも、絶対に渡すだろう。

 帰りの飛行機。雪緒と阿澄の様子を目に映しながらも、たえず音取からの視線も感じていた。空港での解散だったが、俺は雪緒にだけ別れを告げ、その場を後にした。

 数日後。俺は再び保健室に来ていた。先生の姿はなく、グラウンドには部活動に励む生徒たちの姿。

 手のひらにすっぽりと収まるほどの小さな装身具。それを意識して、鼓動が早まる。

 ちょっと、早まったかな。でも、修学旅行から帰ってきて以来、音取の笑顔を見ていない。それがたまらなく心を落ち着かなくさせていた。もしかしたら、俺がどうこうできる問題じゃないのかもしれないし、これが彼女をさらに困らせることにもなるかもしれない。

 だけど……

 喧騒未満、静寂以上の音を切り裂くような一つの足音。そして、扉が開かれるカラカラという音。

 振り向いたそこに彼女はいた。憂いと不安と、そして、俺の勘違いでなければ、少しばかりの期待とを入り混じった瞳。肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪。俺の心臓がとくんと跳ねた。

「音取」

 呼ぶと、彼女の方が強ばった。

 彼女の方へと近づく。距離、五十センチ。彼女は俺の顔を見ず、俯いていた。

「…………」

 無言。

 俺は意を決して、髪留めを握った手を持ち上げる。小さいのに重い。そこには感情を、想いを託しているからだろうか。

 すっと、髪留めを彼女の綺麗な前髪に付ける。

「なあ、音取。俺はお前のことが好きだ。理由なんか知らない。でも、好きなんだ」

「…………」

 無言。だが、微かな息遣いがあり、そして彼女は、

「っ!?」

 俺の体へともたれ掛かった。

「ずるいよ」

 背中に回される腕。

「私も、好き。理由なんか知らないよ。好きだから、好き」

 ああ、なんだ……。同じ気持ちでいてくれたのか。

「ありがとう、アリア」

 初めて呼んだ彼女の名前。

「偵……好き。あと、これ、ありがとう」

 俺から体を離し、そっと髪留めに手をやる。

「似合ってる?」

「俺が選んで似合わなかったらおかしい」

「ふふ、なにそれ……でも、偵らしいな」

 並んで手をつなぐ。

「帰ろっ」

 弾んだ声に、俺は微笑んだ。

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アリアドネの憂鬱 栗栖紗那 @Sana_Chris

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