第2話
「アンタ、誰?」
修学旅行当日、現地について班による自由行動の時間になり、班員が集まった時の第一声がそれだった。心外すぎる。お前、これまで自由行動の計画練ったりするときに顔を合わせていただろうに。まさか、そこまで残念な頭だったのか? 半ば本気で心配していると、
「偵、いつもと違うから」
「違うか?」
「まあ、違うと思うわよ」
最初の発言は雪緒。最後は音取だ。
「まさか、あんた数瀬なの? ちょっと、なんていうか……ギャップありすぎじゃ」
ワケガワカラナイ。俺が首を捻っていると、依頼者、こと阿澄昭穂の同類――ひとまとめにするのは忍びないが――もなぜか集まってきて、俺にカメラを向け始める。
「この状況はなんだ?」
本気でわからない。首をかしげていると、音取と阿澄に呆れられた。まあ、実害はないから状況の理由を問いただすのはやめよう。今日やるべきことはほかにあるのだし。
「じゃあ、行きましょうか」
音取の先導で歩き出す俺たち四人。本当は五人グループがデフォルトなのだが、都合上余計な奴は排除した。どのみち、学年の人数的に四人のグループはできる予定だったので、学校的にも問題なかろう。
「まあ、この時期の北海道とはいいチョイスだな」
「それは皮肉?」
「いや、そういうつもりではないが。確かに、ラベンダーには早すぎるからそれは残念に思う。だが、過ごしやすいし、人もある程度少ないからちょうどいい」
「まあ、そうね。で、アレはアナタの提案通りにやればいいのよね?」
「そうだな。俺はあまり口を出さないから、お前次第だがな」
「……わかった」
並んで密談していた音取は小走りで前の二人に追いつく。ちなみに、彼女が参入するまで阿澄はかなり挙動不審で、雪緒は雪緒でそんな阿澄の様子に気がつかないほど緊張気味だった。
雪緒が音取に惚れでもしたら、計画は瓦解するのだが……しかし、杞憂のようでもある。音取が振る会話には変な力みがなく、自然に答えている。彼が音取を意識しているということはあまりなさそうだ。単に、慣れない人物と二人きりで気弱な彼は気を揉んだのだろう。だとすれば、ギャップを利用してやるのは当たりともいえそうだ。
俺はほっと胸を撫で下ろし、六月の北海道の空を見上げた。
一日目の自由行動は現地入りが昼過ぎで、夕方にはホテルに集合するため短いが、それでも十分な収穫は見込めた。阿澄自身、音取に相談して手伝ってもらっていることを十分に理解し、彼女を通して雪緒を会話をしていたが、ぎこちなさは残るものの、後半では彼女らは直接やり取りを交わすようになっていた。
音取はそうなったとき、俺に向かってVサインしてきた。
「ほらぁ、班ごとに集まって整列してくれ」
学年主任の台田鉄が手を叩き、三々五々に散っていた生徒を集める。
「これからホテルに泊まるが、部屋割りは事前に決めた通りにしてくれ。なんかあった時に誰がいなくなったのかわかりづらくなるからな。それと、性別ごとにフロアが分かれてるから、男子は女子の階に行かないこと。女子もなるべく男子の階に留まることはしないでくれ。まあ、ロビーとかそういうところでなら会っても構わん。じゃ、各自荷物を持って部屋に行ってくれ」
ちなみに、女子の方が上階に位置している。というのも、男子が下に降りるという口実で女子のフロアに行くことをなくすためだ。まあ、妥当な案である。
「じゃ、後でな」
いろいろな意味を含んだその言葉を音取に伝え、俺は雪緒を連れて部屋に向かった。
荷物を下ろしたあと、栞を確認すると、夕食時までやや時間があり、望むなら風呂に入ってもいいそうだ。
「お前ら、どうする?」
「そうだね……僕は少し汗かいたから、先に浴びてしまおうかな」
「りょーかい。じゃ、俺も付き合うかな」
「お、オレたちはあとでいいや。飯まで遊んでる」
部屋が同じになった男子二人はそう言って、トランプを取り出した。
「じゃ、行ってくる」
「ああ……」
俺が出て行ったあと、微かに二人の会話が聞こえた。どうやら俺のことを言ってるらしいが、歩き始めたせいで内容はよくわからなかった。
とりわけ広い風呂が好きというわけでもないが、露天風呂は別だ。まあ、露天といってもせり出したベランダに設置された外にある風呂という代物だが。
「雪緒、今日はどうだった?」
「どう、って?」
突然の俺の言葉にニュアンスをはかりかねたらしい。
「楽しかったか、と聞いている」
「ああ、うん。楽しかったよ。音取さんは優しいし、それに……」
視線がふっと遠くなる。微笑みながら、
「阿澄さんもなんか思ってたよりも気さくな人で」
「そうか。なら良かったよ」
「偵は?」
「俺? 十分に楽しんでたさ。写真もいっぱい撮れたしな」
「ははっ。あまり振り返るタイミングがなかったけど、そんな事してたんだ」
そう、俺はそもそも手伝う気がなかったというよりは、写真撮るのに夢中になることが目に見えていたので、三人のするがままに任せていたのだ。結果オーライだが、グッジョブ俺。
「でもさ、どうして偵はいつもは髪の毛で顔隠してるの?」
「は? いや、それは順序が逆だな。髪の毛切るのがメンドイからほっといたら、顔が隠れただけだ。断じて、その逆ではない」
うん、これホント。
「へぇ……」
あれ? 中学時代とかも誤解されたのか、これって。まあ、今更どうしようもないし、今種明かしをしたんだからいいだろう。
時計を見ると、夕食の時間が迫ってきていた。
「そろそろ上がらないと、飯に遅れるな」
「そうだね」
湯から上がり、ジャージ着用。
大浴場から戻ろうとすると、女湯の方から音取たちが出てくるのが見えた。湯上りで火照った肌が普段よりも色っぽい。口には出さなかったが。
「よお、お前らも風呂入ったのか」
「…………」
なにその無言。じっと見つめられ、流石に居心地が悪い。
「化粧すればなかなかいけるんじゃない?」
何が? 阿澄さん、なにがどういけるの? その疑問が口から出る前に彼女たちは軽く挨拶だけして去っていった。
「訳わからん」
雪緒は乾いた笑いだけを漏らし、先に歩き出した。
夕食時。献立は刺身盛りなどを中心としたある程度北海道らしいもの。中学の頃の修学旅行といえば、京都に行ったにもかかわらずハンバーグとか出されて若干げんなりした覚えがある。
「ここ、いい?」
音取が確認を取ってくるのに首肯。阿澄もきちんと連れてきたようだ。が、なぜか阿澄の友人ズもその周囲に陣取り始めた。ちょっとまずいか? いや、この夕食は特になんの予定もない。阿澄が友人ズのところに行かず、雪緒の近くを選んだならそれでよしの筈だ。乱入という誤算はあったが、大きな問題になることもあるまい。
「全員揃ったな」
マイクを手に確認を取る台田先生。
「じゃあ、きちんといただきますを言ってから食べるんだぞ」
「はーい」
生徒たちの返答とそれに続く「いただきます」の唱和。別に狙ってなくても案外タイミングは重なるものらしい。
俺も手を合わせていただきますを言い、食事に口を付ける。
「ねえねえ、数瀬」
「なんだ?」
「あとで化粧しない?」
「ふ・ざ・け・る・な」
一音一音区切って言うと、なぜか笑いが起きた。
「アンタって、結構面白いやつだね。もっと普段から打ち解ければいいのに」
「別に、話しかけられればきちんと話はするが? 話しかけられないからしないだけで」
「だーかーら。自分から話しかければいいのに」
「え、メンドイ」
「ったく……本当に自由よね」
「自由気ままに生きてることは認めなくもない」
音取の呆れを含んだセリフに俺は真顔で返す。誰かの顔色伺って、ビクビクしなきゃならん道理もないだろう。
阿澄の友人ズに若干質問攻めにあったが、夕食はつつがなく終了した。阿澄自身もややタイミングを逸する時もあったが雪緒と言葉を交わしていた。
まあ、俺自身もクラスメイトたちに対する認識を改めていた。阿澄を含めた彼女らも、前は少し遠い存在、言ってみればヒエラルキーの上位だと思っていたが、案外そんなこともない。下だ上だというのではなく、話してみれば少しおバカだが、決して憎めない少女たち。
斜に構えて世界を見ていたつもりもないが、触れなければわからないことも多いのだな。
「後で、ね……」
音取は去り際そう言って、阿澄たちと連れ立って夕食の場を後にした。
俺たちも一度部屋に戻ることにした。
トランプをやろうと誘われたので、時間的に考えて短く終わりそうなポーカーなら、と答える。
時計を気にしつつ、ゲームを繰り返すこと十数回。成績は良くもないし悪くもなく。まあ、基本的に誰も大勝ちしてないので、全員が全員同じような感じだが。
「さて……」
時間だ。むしろ、今回の計画における一番重要かもしれないもの。
「雪緒、ちょっと飲み物買いに行かないか?」
「え? ああ、そうだね」
「お前らの分も買ってくるが、なにがいい?」
「マジ? じゃあ、俺スポーツドリンクで」
「オレはりんごジュース。なかったら、フルーツ系のなんでもいいや」
「わかった」
連れ立って部屋を出て行く。
「偵? 自販機はこっちだよ」
「少し風を浴びたくてな」
「あ、そう?」
疑いもなくついてくる雪緒とともに、俺は中庭に出た。目を凝らせば、別の出口から音取たちが出てくるのが見えた。ちゃんと時間通りに連れ出せたらしい。
風呂上りだったらなおのこと気持ちよかっただろうが、夜はまだ少しひんやりする風が髪の毛を躍らせる。
「あ……」
「どうしたの?」
「悪い、財布忘れた。取りに行ってくる」
「いいよ、僕が出すから」
「いやいや、売店で少し買いたいものがあるんだ。後で面倒だから、取りに戻るよ」
「そう?」
無論のこと、財布はしっかりとポケットに入っている。彼を一人にする口実だ。
室内に戻り、大きく迂回してから再び中庭に出て、遮蔽物の影に身をひそめる。音取たちの様子をそっと伺うと、少しぎこちなくはあったが、雪緒に阿澄を押し付けることができたようだ。そして、俺のもとに滑り込んでくる。
「まあ大丈夫か」
二人きりにする手段としては強引だが、仕方あるまい。まさか、密室に閉じ込めるわけにもいかないのだから。
「大丈夫よね?」
音取は少し不安そうだが、雪緒たちは言葉少なではあったが、互いに言葉を交わしている。
喉に手をやり、様子を確かめる。別に誰かに似せる必要もないが、俺の声というのはいただけない。
オーケー、これなら大丈夫だ。息を吸い、
「こら、お前たち! そんなところで何やってる!」
大声で雪緒たちに怒鳴りつけた。身を隠したままだが。雪緒は身を強ばらせ、そして、阿澄の手を引いて走り出した。
予定では阿澄の方が手を引くはずだったのだが。まあ、どちらがそれを行ったかで結果が変わるわけでもない。というか、こんな子供騙しの手に引っかかってくれたことに感謝する。
「というよりも、あの二人どこまで行くつもりかしら?」
「夕日に向かって走り出したんじゃないのか?」
「違うでしょ。それに、夕日はとっくに水平線の向こうよ」
「それもそうだな」
青春の定番を言ってみたが、すげなく否定された。
「だが、これでほとんどやれることはやった。あとは阿澄の度胸しだいだろ」
「……そうね」
音取は体から力を抜き、地面に座り込んだ。膝を抱え、
「正直、羨ましいわ」
「何が?」
「昭穂ちゃん、が」
「別に、恋は無理にするものでもないと思うけどな」
「そういうことじゃなくって……もう、いいわ」
音取は急に立ち上がり、そのまま去っていった。その際に、なにか小さい声で言っていたが、風が攫って行ってしまった。
「戻るかな」
俺は三人分の飲料と売店でデフォルメされた鮭を加えたリアルなクマのストラップを購入し、部屋に戻った。雪緒はどうしたのかと聞かれたが、下で友人と話していると説明すると疑うこともなく納得していた。
だいぶ経ってから雪緒は戻ってきたが、その顔は真っ赤で、湯あたりでもしたのかと心配になるほどだった。
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