第2話. 龍渓 大地の恋・中

「いつまで石膏像のままでいさせる気だ!」と、謎の少年(※馨子さんの弟です)から叱咤のお声がかかりそうなので、先を急ぎたいと思います。

彼、咲夜くんが部屋に飛び込んで来て幾許か、静まる場の空気を打破したのは他でもない、郁くんでした。

「おかわり~♪」

育ちざかりは何とよく食べることか・・・・・・いや、そんな悠長なことを言っている場合ではありません。

美しい顔に「しでかした~!」という、なんとも気まずい表情を張り付けた馨子さんが、無言のまま郁くんのケーキプレートに切り分けたトルテを乗せています。

依然、大地くんは狐につままれたように硬直状態で、お色気主人もどきの綾人くんは、事の成り行きを「ふふふ♪」と傍観ぼうかんしているのでした。

もうひとりの硬直状態の彼は・・・・・・

「な、な、なな・・・・・・なんで先、輩が・・・・・・」

という言葉を発したのです。

「あ・・・・・・お邪魔してます」

「! ッ―――!!」

大地くんの科白に対し、みるみる咲夜くんのお顔は、耳まで赤く染まっていきます。とても愛らしい赤らんだ表情は、しかしすぐに青くなり、そのまま土気色にまで色を変えました。

カメレオンアートをありがとう! と、つっ込みたくて仕方のなかった作者は、話の邪魔者と重々承知で口にしたのでした。

「ねえ、咲夜もこっち来て座ったら?」

笑いを堪える綾人くんが、咲夜くんに助け舟を出します。手を向かい側に向け、咲夜くんにソファを勧めました。

「あッ! え!? ・・・・・・や、その~~~ッ!!」

咲夜くんは、ひとりで身体を張った、それはとても面白いコントを披露してくれました。

ゴッホの名画を彷彿とさせる、咲夜くんのグラフィック調なパニックの動きに、観衆は騒然となり・・・・・・もとい、ただ1名高らかに笑い声をあげる者がいました。

「! どうしたの!? 急に」

驚くのはこちらです。いつも泰然とした綾人くんが取り乱すなんて。

綾人くんも、やはり人間的パーソナリティを持ち合わせていたのですね! いやはや驚き―――

「うるさいよ!」

はい、ごめんない。

ともかく、彼の挙動を崩すほどの強者とは・・・・・・

「くふッ・・・・・・ちょ、ごめ・・・・・・ッ、あはッ・・・・・・ッ」

腹と額を抱えて笑いまくるのは、先ほどまで馨子さんにフリーズさせられていた大地くんでした。なにが彼をここまで笑いの坩堝るつぼへと追いやったのか? 訪ねるのがちょっぴり怖い気もしますが、ここはひとつ・・・・・・ねえねえ、大地くん?

「うはッ・・・・・・ひ~! すげッ、くふッ・・・・・・あ~ ちょーおっかし~の♪ マジよく笑った! おかげで緊張が解れたぜ~」

それはよかったですね! ・・・・・・じゃなくて、どうしてそこまで笑ってたのですか? そこまでウケまくる場面てありましたか? 書いてる本人が言うのも切ないですが、ここはひとつみなさんのためにも教えていただけますか?

「あー・・・悪い。咲夜? だっけ。お前のキョドッてる姿がなんかツボッちまってよ~ ぷふッ~~~ッ」

あ~・・・・・・なんか、ごめんなさい。またツボりましたか? 大地くんは当分使い物になりそうにないので、先を続けましょう。咲夜くん?

「あ、や・・・・・・、大地先輩にウケてもらえて・・・・・・僕、光栄です」

「ふふふ! 咲夜、あなたなに別人になっているの? 僕キャラに宗旨替えでもしたの? くふふふ~ッ!」

・・・・・・どんどんキャラが崩壊してゆく馨子さん。あなた純情可憐だったのでは? と指摘したいのは山々ですが、どうも馨子さんおっかなそうなので、つっ込むのは控えます。

「聞こえてるわよ!」

ごめんなさい!!

「ねえ、ところでさ、咲夜はなにかご用があったんじゃないの? 本がどうとか言ってたよね?」

「あ、はい。姉貴・・・・・・姉が僕の部屋から持って行った本を返してもらいたくて。部屋で僕ちょっと愛読書の整理をしていたら、何冊か抜けてるのがあって」

「ああ、なるほど。それで馨子ちゃんに血相変えて怒鳴ってたんだね」

「そ、そんな~ 僕怒鳴ってなんて―――」

「怒鳴ってたじゃない。だいたいBL本のひとつやふたつぐらいで、あんなにキレまくる? 器の小さい男はモテないわよ? まあ、なりは小さいけど~」

「なっ!」

そこまで言いますか!? 馨子さん。そのうえ「カルシウム不足じゃない? イライラも身長不足もそのせいよ! きっと」なんて、咲夜くんにとどめまで刺しました・・・・・・なんて恐ろしいひとでしょう。

案の定、咲夜くんは馨子さんの情けのない科白に戦慄き、

「うっせーな! このクソ女! てめーにだけは言われたくねんだよ! 猛獣被り女! いいからさっさと本返せよ! つかBLとかんじゃねえよ!」

「なーんですって!? 姉に向かってなんて口のきき方なのよ! あ゛!?」

・・・・・・怖いですぅ~ た、たすけてピョンちゃん・・・・・・

「あ~ はいはい。そろそろいいかな? ふたりとも。分かってる? いま大地がいるんだよ? ふたりともガッツリとキャラが崩壊しているよ?」

ま、僕は面白いから別にいいんだけどね♪ と、話を括る綾人くん。ありがとう!

大地くんの名前を出されて、いっきに意気消沈した姉と弟。いままで大地くんの存在を忘れていたのでありました。哀れな大地くん。主役なのに・・・・・・。

「ちょっと~ ぼくもいるんだけど~!」

フォークを握りしめ、不満を吐く郁くん。そういえば君もいたんだ。ごめんなさい。 ・・・・・・って、まだ喰ってたの!?

「郁はお菓子食べてな」

「はーい♪」

3切れ目のトルテを綾人くんにサーブしてもらった郁くん。とても嬉しそうに頬張ってます。

「ね、大地はどうなの? 実際の馨子ちゃんてこんなだよ? いいの?」

「こんなってなによ! 失礼ね!」

いいの? とか言われてますよ? それはスルーですか?

「あー うん、正直ビビッた。いつも遠くからしか見てなかったからさ、やっぱ実際に喋ってみなくちゃ分かんねえよな」

「だよね。で? 幻滅した?」

「まさか! んなのオレが勝手に『こうだ』って決めつけてただけなんだからさ。馨子さんは馨子さんだよ」

「大地くん・・・・・・ありがとう。 でも、ごめんなさいね? 想像と違ってて。私って見た目と中身が少しそぐわないみたいで、よく驚かれちゃうの」

「はっ! ちょっとだって?」

「あなたは黙ってなさい! 咲夜!」

「ははは。なんかいいな、いまの馨子さん。生き生きしてるっす! オレ、どこか高嶺の花みたいに手の届かない存在で見てたんすよね、馨子さんを。でもこっちの馨子さんのほうがいいや♪ オレらとなんら変わんねーんだって、そんな感じする」

「ありがとう♪ 大地くん。うん、私も! 自分らしく生きてたいのに、周りが引いちゃうから、いつも遠慮して『自分』の演技してたの。実際疲れちゃうんだよね~『私』を演技するのって」

すっかり「私」の鎧を脱ぎ捨てた馨子さん。本当の笑顔でカラカラと笑う姿は素敵です。そうですよね。誰でも「人から見たイメージ」で見られるより、「本当の私」をそのまま受け入れてもらいたいもの。本当の笑顔は、こんなにも綺麗なんですね。 ・・・・・・って、ほら♪ ちょっと綺麗にまとめられたでしょ?

「うん。でも最後でダメにしちゃったよね」

ちぇぇ~~~ッ

「じゃあ、化けの皮も剥がれたことだし、馨子ちゃんになんか言うことあるんじゃない? 大地」

「化け・・・・・・ちょっと! 失礼ね! 綾くん!」

「ごめん、ごめん、ほんとのこと言って。でもちょっと黙ってて」

「!?ッ」

「くふふふッ―――!」

馨子さんの隣に座っている咲夜くんが、綾人くんのナイスな牽制に噴き出しました。プルプル震える咲夜くんに掴み掛りながらも、黙ってろと言われたので無言なるお仕置きで我慢する、律儀な馨子さん。

綾人くんが大地くんに目配せをして、「どうなの?」と色目で語っています。

「てかオレに色目使ってどうすんだ」

「はい? なんなの? 急に」

「いや・・・・・・ひとり言だ。 馨子さん・・・・・・あの、オレ・・・」

そこで言葉を切って、息を整える大地くん。覚悟が決まったようです。頑張れ!

「オレ! ずっと馨子さんを見てたんです! 好きです! オレと付き合―――」

「だめ――――――ッ!!!」

「「「「!? !? !?」」」」

!? 千隼もびっくり! なんですか、急に! ひとが話してるときに割り込んじゃ駄目だと教わらなかったの? 咲夜くん!

「んなこと言ってる場合じゃねー! ちょっと黙ってろ!」

はい、すみません・・・・・・

「僕! ずっと大地くんを見てたんです! 好きです! 馨子みたいな猛獣なんて止めて僕と付き合ってください!」

お―――ッ! 言い切った―――ッ! ・・・って、あれ? これって大地くんの恋じゃなかった?

「そうだよ―――ッ! なんなんだよ、これ―――ッ!!!」

                ★ ☆ ☆

結局、大地くんの決死の告白は、 ・・・・・・流れました。てへッ♪

大地くんが馨子さんに告白をし「かけ」、それを咲夜くんが阻止した挙句に、大地くんの告白の科白そのままの告白文を、「咲夜」くんが「大地」くんに告白しました。

なんだかややこしいですが、要は大地くんの告白は馨子さんに届くまえに、咲夜くんに当たってはね返ってきたと。涙誘う呪詛返し系告白の失敗例でした。

大地くんは、馨子さんに気持ちを伝えきるまえに、男の子から愛の告白をされてしまいました。当然ながら場は冷えかえり、なんとも微妙な空気が流れるのでした。

けれどひとりだけ、こうなることが分かっていた、隠れ腹黒な人物がいたのです。

どうなる? この話・・・・・・


「ねぇねぇ、ここってサクやんの部屋? 広いんだね~♪」

さっそく郁くんにあだ名を付けられてしまった咲夜くん。

「そうですか? ありがとうございます。郁先輩の部屋とそんなに変わらないでしょ?」

これが一般ピープルに対しての科白であれば、嫌味以外のなにものでもないですが、ここはハイソサエティ同士、相手の資産状況はある程度把握していて当然なのでした。

「う~ん、でもサクやんの部屋のがやっぱ広いよ~?」

「じゃあ今度、郁先輩の部屋に招待してくださいよ♪ 僕も見たいな? 先輩の部屋」

「うん! いいよ♪ じゃあさ、ピョンちゃんの家にも連れてったげる♪ ねッ! ピョンちゃん♪」

「え? ああ、うん。そうだね」

急に振られた綾人くんは、適当に同意してあしらいました。

けれど、いったいこのメンバーでこのシーン・・・・・・なんでしょう? とりあえず濃い! 作者にも分かるように説明してください! 大地くん!

「え!? オレ!?」

はい。

「・・・・・・しゃーねえな。あれからさ、馨子さんがオレに言ったんだよ。『ここじゃ返事できないから、また改めて』って。で、咲夜がここにオレたちを引っぱってきたんだ。だろ? 合ってるよな? 綾人」

「うん、そうだね。概ね合ってるね」

・・・・・・なんですか? 概ねって。

「概ねって言うのはね、おおよその趣旨、大体、あらまし、だよ? チーちゃん」

チーちゃん!? なんですか、その小動物みたいなあだ名は!!

・・・・・・いやいや、そうでなく。国語辞典みたいな説明には感謝しますが、作者が言いたいのはですね、

「僕の言い方に含みがあって気になるってことでしょ?」

そうです! ありがとうございます♪ やっぱり綾人くんだ! 最後に締めるね~

「ならはじめから含ませずに言えよ! なんだよ綾人! 概ねって!」

「あー、うん。それは咲夜から話してもらった方がよくない? 咲夜もそのために連れてきたんでしょ? 大地を」

「・・・・・・うん。あ、はい」

「いいよ、敬語なんて使わなくて。いいから想ってること言ってみな?」

「えーと、じゃあ・・・・・・ 大地くん」

「ん?」

「僕と付き合って?」

直球過ぎでした。

「いや、あのな? ・・・・・・オレはお前の姉貴が好きなんだ。だから・・・・・・ごめん」

「けど! ・・・・・・姉貴は・・・」

言いよどむように咲夜くんは俯き、とても悔しそうに唇を噛みました。色よいピンクベージュの唇は紫に変色し、つぶらな瞳からは大粒の涙が今にも零れ落ちそうです。

大地くんはそんな彼を見て狼狽し、綾人くんは郁くんを連れてドアへ向かい、退出しようと踵を返します。

「じゃ、あとは頼んだよ大地。しっかり責任とってやるんだよ?」

「はあ? ちょ、なに言ってんだ!? 綾人! おい! 待てって」

パタン。無情にも郁くんと綾人くんは、ふたりを残して部屋から出て行ってしまいました。

非常に気まずい大地くん。とてもとても気まずいです。それもそのはず、たった今咲夜くんの告白を大地くんは断ったのだから。

しかもそのせいで泣かせてしまったのであれば、罪悪感もひとしおです。

くすん、ぐすん。咲夜くんは歔欷きょきに肩を震わせ、必死に声を押し殺しているのでした。

「おい・・・・・・泣くなよ。なあ、こっち見ろって。そんな泣くと目が溶けちまうぞ?」

ハンカチなど持ち合わせない大地くんは、自身の上衣の袖で涙を拭ってやり、そっと咲夜くんの頭を撫でてやりました。

ぷるぷると震える華奢な肩がなんとも寂しげで、大地くんは無意識のうちに咲夜くんの肩を抱き寄せていたのです。そのまますっぽりと胸のなかに包み込み、左手で背中をさすってやり、右手で頭を撫でてやります。

(柔らけー髪だな・・・・・・)

こんなときに、彼はなんて不届きな思考を働かせるのでしょうか。指で髪を梳き、さらり手触りの良いインドシルクのような、髪の質感を楽しんでいるのでした。

「・・・・・・先輩?」

「ん? ・・・・・・あ! いや、りぃ!」

ガバッと咲夜くんの身体を引きはがし、大地くんは彼に背を向けます。健康的な肌が、みるみる赤く染まってゆきました。

(オレ・・・・・・なにやってんだ!? 相手は男だぞ!? やべーって!)

心のなかでひとり狼狽え、ひとりつっ込み、とても忙しそうな大地くんなのでした。

けれど大地くんの気持ちも、分からなくもなかったのです。

咲夜くんは、身長こそ170cmに少し足りないといったところですが、手足は長くてすらり綺麗なスタイルです。色も白くてまるで雪のような透明感があり、姉君の馨子さんと同じく漆黒の黒髪が肌の色と相まって、さながらスノーホワイトのようです。

咲夜くんは馨子さんとともに、母君にとてもよく似ています。

ひとつ上の兄である、翔海くんと天翔くんたち双子は、父君の亜麻色でふわふわとした髪にヘーゼルカラーの瞳を受け継ぎましたが、対照的に咲夜くんと馨子さんは母君の美しい黒髪に黒真珠のような瞳を受け継いだのです。

滑らかな曲線を描く柳眉に、大きくつぶらなくっきり二重の瞳に長いまつ毛。まるで少女のような繊細な鼻梁と、小さくともぽってりとした魅力的な唇。母や姉と同じく品の良い瓜実顔で、あざとく小首を傾げられた日には、道行く男性の心を鷲掴みにすることは間違いありません。

それと・・・・・・これも母君から受け継いだ、全体的に小作りな咲夜くんは、非常に華奢で儚い雰囲気が、大地くんの好みのタイプのど真ん中なのでした。

それに気づかない大地くん。大地くんの心の葛藤は、咲夜くんにはお見通しなのでした。なぜって?

それは咲夜くんはずっと彼に・・・・・・大地くんに恋をしていたから。大地くんのことなら、なんでも手に取るように分かるのでした。

好みのタイプも、そそっかしいところも、好きな食べものも。

「ごめんね? 先輩。僕、泣いちゃって・・・・・・]

狙ったように上目使いで潤んだ瞳を大地くんに向け、小首を傾げて大地くんを仰ぎ見る。咲夜くんの瞳から、ひと筋の涙が零れ・・・・・・うーん、あざとい。

「いや・・・・・・オレこそごめん。咲夜を泣かせちまったよな」

「ん~ん。僕が勝手に泣いただけ。けど、やっぱり優しいな♪ 大地先輩は。ありがとう♪」

「大地でいいよ。じゃあ笑えよ。まだ涙出てんぞ。マジ苦手なんだって!」

「(知ってるよ♪)じゃあさっきみたいに拭いてくれる? ・・・・・・大地くん」

「お? ああ、いいぜ! 意外と甘えただな~ 郁みてえ」

くすくす笑いながら咲夜くんが目を閉じる。大地くんは咲夜くんの肌を傷つけないよう、慎重に双眸を袖で拭ってやったのです。大きな手で、優しく頭を撫でてやるのを忘れずに。

(ねえ大地。僕を好きになって? 馨子なんて止めて僕だけにして?)

それは咲夜くんの心の告白。この想いが、咲夜くんに触れている大地くんの手から伝わり、大地くんの心に届けと切に願う、一途であり策士な咲夜くんなのでした。

                ☆ ★ ☆

「大地、おはよ」

「おう」

咲夜くんと思いがけず一線を越えてしまいそうになった日、大地くんは咲夜くんに危うくベッドに押し倒されそうになりました。

理性では男の子だと理解しているのに、柔らかく滑らかな白い肌、彼から漂う甘いヴァニラとミルラの香り。どれも大地くんの理性を軽く飛ばしてしまうのには十分なのでした。

頭を振って邪念を打ち払い、大地くんは咲夜くんの誘惑に負けることなく、花華院邸をあとにしたのでした。

帰途の記憶はなく、ただ機械的にその日の晩を乗り切り、月曜日を迎えたのです。

「それで? どうだった? 咲夜とはいい関係を結べたの?」

「いい関係って・・・・・・なんだよ、それ。普通に喋って・・・そんだけだ」

「うん? なんだか含みあるよね~? なんかあったんだ?」

「なにもねーって! へんな勘ぐり止めろよな! てかさ、綾人お前、オレと咲夜にどーなってほしい訳? あの日、郁とさっさと帰りやがって」

「ちゃんと慰めてあげたんでしょ? 大地優しいもんね。僕は遠慮したつもりだったんだけど。 ・・・余計だった?」

「なんの遠慮だよ! 大きなお世話だ! だいたいさ、オレは馨子さんが好きなんだ! なんで馨子さんの弟とどうこうならなきゃなんねー訳? それにあいつ、咲夜は男だろ? そりゃ並の女より可愛いけどさ、オレはノーマルだから」

「ふ~ん。大地って男とか女とかノーマルだとか、そんな些細なこと気にするんだ? 案外小さいよね」

「ああ? んだよ、それ・・・・・・普通だろ・・・」

どうなのでしょう。好きになったのが同性だった。簡単なことのようで、けれど実際はすぐには越えられない、今は無きベルリンの壁のように高くそびえているのかも知れません。少なくとも、大地くんのアイデンティティーはそれを許さないのでした。

「まあ、ステレオタイプな大地くんには、咲夜の気持ちは汲めないだろうね」

「責めんなよ。オレだって複雑なんだよ。でも綾人みたいにフリーダムには生きらんねーよ・・・・・・」

「そっか」

それっきり、綾人くんは話すことを止め、大地くんの肩をポンと叩いて教室に続く階段を上ってゆくのでした。

「なんだよ、あいつ・・・・・・」

曖昧な笑みを残して先をゆく友の背中を一瞥し、しかしすぐに己がまだスニーカーのままだったことに気づき、大地くんも教室に向かうため急いで靴を履き替えるのでした。


既に定番となりつつある、ここ屋上の昼の光景。

男子のたしなみとも言える、見事なまでに立派なランチボックスや重箱の数々。郁くんなど、ランチボックス+1でドルチェボックスまで持参しています。どんな素敵おやつが入っているのかな?

「なあ・・・・・・あいついったい誰?」

春くんが、飛び込みで仲良し5人組に交じっている新顔の来訪者に対し、あからさまに胡乱な視線を送りながら七瀬くんに回答を求めました。

「1年の花華院 咲夜。特Aの有名双子の弟だ」

「その1年の花華院がなんで大地に抱きついてんだ?」

「俺が分かる訳ないだろう。俺も今来たばっかりなんだ」

七瀬くんの言うことも尤もで、生徒会書記を務めている七瀬くんは、生徒会室で一仕事を終え、たった今屋上へ来たばかりなのでした。

大地くんたちとは別行動だった春くんも、ひとり屋上へと駆け上がり、ドアを開いて所定の位置へと足を進めようとしたのですが、この不可解な光景を目にして・・・・・・七瀬くんが来るまで固まっていたのです。

「とにかく固まってないで行くぞ。俺は腹が減ってるんだ」

「待てって!」

固まる春くんを無視し、先を行こうとする七瀬くんを追う春くん。焦って友を追う姿は、まるで先を行く飼い主に追いつこうと走る、忠実なる大型犬のようです。

七瀬くんたちの到着を、お弁当に手を付けずに待っていた大地くんたちは、七瀬くんたちが輪のなかへ交じるなり不平と労いを同時に挙げるという、高度な技を披露したのです。

「遅いぞ、おまえら! お疲れ!」

「おう。悪い、待たせたな」

「おっそいよ~ ぼく、もうおなか減りすぎちゃって悲しくなってきたよ~」

くうくうお腹を鳴らしながら、七瀬くんに向かって口を尖らす郁くん。同時にいそいそと各自お弁当を広げはじめました。

「いや! いやいやいやッ! おい七瀬! こいつはスルーかよ!?」

春くんが、大地くんにぴったりとへばり付いている咲夜くんを指さし、まるで居ないものとして処理する七瀬くんにつっ込みを入れました。

「先輩~ ひとを指さしちゃいけないって、教えられなかったんですか~?」

「あ、すまん。 ―――じゃなくて―ッ! おい! お前なんで大地に抱きついてんだよ!? てか、なんでいんの?」

「春、こいつのことは気にすんな」

春くんのパニック発作に対し、諦めモードの大地くんが、咲夜くんのことは気にしないでいい・・・・・・いや、暗に敢えてと含ませて語りました。

大地くんの短い科白のなかには、とても多くを含んでいるのがひしと伝わり、爽やかな朝から昼の屋上までに、聞くも涙語るも涙の出来事があったのだと伺えます。

「気にするなって、気になるだろ普通?」

「春、早く弁当広げて食べなよ。昼終わっちゃうよ?」

さすがはまとめ役の綾人くん。春くんの何?何? 攻撃をさらっと交わし、この話はここまで! とばかりに話題を変えました。

「七瀬。いま生徒会どんな調子?」

「ああ。通常業務に加え、秋の翡翠ヶ丘祭の準備進行でタスクは満載だ。まあでも、ようやく会長の重い腰も上がったがな」

「そうなんだ。なんか手伝えることあったら言ってよ。僕は幽霊部員だし、暇なときは手伝ってあげるからさ」

「ああ、頼む。副会長にも言っておく」

「・・・・・・別にいいよ。なに? 僕に気回してるの?」

「いや? そう思うのか?」

「・・・・・・七瀬って意外とくえないよね」

大人の話、終了~ ・・・―――ってこれ以上変なフラグ立てないで―――ッ!

作者の身にもなってほしいんだけど・・・・・・

「大変だねぇ~ ぼくのカステラ食べるぅ~?」

・・・・・・このほえほえ感が堪りません。ああ! 郁くんはやさぐれた心を癒す甘いオアシスです♪

「ねえ大地くん! 僕の作ったお弁当たべてよ。ほら僕が食べさせてあげるから」

「ちょっ! や! やめろよ! 自分で食うって!」

じゃれてます。甘々です。中てられます。

「じゃれてるねぇ~」

「甘々だな」

「ほんと。中てられるよね」

「いや、だ・か・ら・さッ! お前らこいつら見て何も思わねー訳!?」

「う~ん? 仲がいいと思うよ~」

「仲良きことは良いことだ」

「そうだね。微笑ましいよね」

「だ―――ッ!! おかしいって思うの俺だけ!?」

よく吠える犬・・・・・・春くんは置いといて、大地くんサイドに戻りましょう。

中継です。咲夜くん横の、大地くん? 

「もうおまえ離せって! ッ―――おい! 変なとこ触んなよ! は、なせ!」

「やーだ♪ 大地くんが僕を好きになってくれるまで、ずっとず――っと、大地くんから離れないからね!」

まるで引っ付き虫のような咲夜くんに懐かれた大地くん。けれど、大地くんも満更ではない表情ですが・・・・・・?

「だねぇ~♪」

「いいんじゃない?」

郁くんと綾人くんは愛を深めるふたりを見て納得し、七瀬くんはまた重箱の隅を突いているのでした。

「んな終わり方ってありか!? てか俺は犬じゃね――――――ッ!!」


ここは龍渓邸・大地くんの部屋です。

今日もよく学びよく遊んで、部活動にも誠心誠意打ち込んで、充実した1日を過ごしたのです。 ・・・・・・ただひとつの悩みの種を除いて―――

「大地くん♪ この部屋大地くんの匂いでいっぱいだね♪」

「そりゃ・・・・・・オレの部屋だし・・・ って、おまえなんでオレん家いるんだよ! はやく帰らねーと親が心配すっぞ? てか離れろ!」

「やだ! 大地くんが僕を好きになってくれるまで離れない! それに、僕の両親は僕たちのこと信じてくれてるから、遅くなっても怒ったりしないよ? 兄貴たちもいつも朝帰りだし」

「や・・・・・・それはそれで問題あるだろ」

確かに問題です。理解のある両親と言えばそうですが、体のよい放任主義が高じて無敵の咲夜くんが生まれ育ちパワーアップしたのです。

それに、いったい・・・・・・咲夜くんの双子のお兄さんて、朝帰りとは何ごと!? 気にはなりますが、それはまた、別の話・・・。

「いいの。親には遅くなるって言ってあるし、大地くんのお母さまも夕食を一緒にって言ってくれてるし♪」

「おい! おまえいったいいつ母さんと会ったんだよ!?」

「ん? だって、僕を大地くんの部屋に通してくれたの、お母さまだよ? 大地くんのお母さまっていい人だよね~♪ 大地くん帰って来るまで、一緒にアフタヌーンティー楽しんだんだけど、お話してて仲良くなっちゃった♪」

「なにそれ!? オレの不在中に勝手にひとの母親と仲良く親睦深めてんじゃねーよ!」

尤もです! ですが咲夜君には感服します! まったく末恐ろしい子ですね。狙った相手を落とすには、まずは外攻めから・・・・・・策士か!

「大地くん家のパスティッチェーレが作ったカンノーロも美味しかったな♪ 次回はヴィクトリアケーキ焼いてくれるって♡」

「次回も来る気かよ!」

まったくです! 母君だけでなくパスティッチェーレさんまで手籠めにしているとは・・・・・・尊敬~

「すんな!!」

すいませ~~~ん。

「・・・・・・僕は知んなかったんだけど、大地くん家のパスティッチェーレって「La Luna Cervo de Bambino.」で働いてたんだってね。直接挨拶に出てきてくれたんだ。」

「・・・・・・おまえ、いま何気に話変えただろ。まあいいや・・・・・・。

「La Luna Cervo de Bambino.」って、お前んとこが経営してるホテルのなかにあんだろ? オレは行ったことねーけど」

「うん、そうなの。花華院グループの傘下で「ホテル・グランディー東京」内のリストランテ。翔海兄さんが運営してるの」

「へえ! そりゃすげーな。おまえの兄貴ってオレとタメの双子だろ? クラス違うし会ったことはねーけど、いろいろ噂は聞いてるぞ」

はい! ここで双子情報をほんの少しです。

私立・翡翠ヶ丘学園特Aクラス在籍の秀才双子、兄の翔海かけるくんは花華院グループ・ホテル部門を運営、弟の天翔そらくんは花華院グループ・アパレル部門を運営しています。

学問と業務を率なくこなす、ハイパー男子高校生なのでした! 因みにこれは噂なのですが、双子は学園美人保険医にご執心だと言うことです♡

「うん、そうなんだよね~ ふたりともほんと遊び人でね。どんだけ下半身がケダモノなの! って感じ。うえに書いてる作者説明みたいにいいもんじゃないよ?」

「・・・・・・作者説明ってなんだよ? てかドサクサに紛れて服脱がしてんじゃねーよ! ったく、油断も隙もねえな!」

「えへッ♡」

睦み合うふたりの蜜月タイムを割って入るように、ドアをノックする音が聞こえてきました。

「チッ!」

「舌打ちすんな! つか蜜月とかキモいこと書いてんじゃね―――ッ!!」

「あら、大地くん? なにを叫んでいるの? 青春かしら?」

母君登場! 「お食事の用意が整ったわよ?」と、息子と咲夜くんを呼びに来たのでした。ドアを開けるなり、ふたりを認めて「あら! 仲がいいのね♡妬けちゃうわ」と、心のなかで乙女なことを考えるのでした。

ああ、 ・・・・・・この方も中々に手ごわそうなキャラですね・・・・・・

「あッ♪ お母さま♡ いま大地くんと青い春を謳歌おうかしてたとこなんです♪」

「まあ、そうなの♪ よかったわね! 大地くん。可愛いお嫁さんが来てくれて♪」

「おい! なんだそりゃ!! 嫁って誰のだよ!? つかこいつ男だぞ!」

「「まあまあ照れない照れない♪」」

ユニゾンで大地くんを冷やかす姑と嫁・・・・・・もとい、母君と咲夜くん。

このふたり、息も性格も完璧です。ふたりにタッグを組まれると、きっと大地くんは敵わないでしょう。哀れ、大地! 母と嫁の尻に敷かれても強く生きるのだ!

「他人事みたいに言うんじゃね―――ッ!!!」

                ☆ ☆ ★

花華院邸で思わぬ出会いをした日から、大地くんは咲夜くんにすっかり懐かれているのでした。いえ、懐かれている? 違います。口説かれているのです。

けれど大地くんだって男の子です。人並みに性欲だってあるし、欲情だってするのです。しかも己を口説いてくる相手は、好みのタイプまっしぐら! 無自覚であっても、何度も何度もくり返し口説かれると、パブロフの犬よろしく咲夜くんに迫られると欲情してしまうのでした。

何度となく己の欲望を抑え込んだことか。下半身との葛藤がこんなにも辛いものだったとは・・・・・・ああ、無情なり。

仕方がないので、大地くんはトイレに駆け込み、自家発電に励むのでした。

そんな大地くんの葛藤などお構いなしに、無償むしょうなる愛情を明け透けなくくり返し大地くんに注ぐ、残酷なまでに策士な咲夜くん。

策士的な計画を立てる彼ですが、それでも大地くんに対する気持ちは誰よりも純粋かつ崇高すうこうなのでした。

そんな彼「咲夜」くんが、いま! ・・・・・・また電信柱の影に隠れながら、こそこそと大地くんのあとを「こっそり」と尾行しているのでした―――

(よし! 時間まではまだ余裕あるな)

足取り軽く、大地くんは待ち合わせのカフェまで、幸せいっぱい胸いっぱい、ツーステップでも決めそうな足取りで向かっているところです。

待ち合わせのお相手は「花華院 馨子」さん。

前回彼女のお宅訪問の折、不発ながら告白した大地くん。その返事を今日、待ち合わせのカフェで馨子さんから聞けるのです。

俄然がぜん張り切る大地くん。鼻息も荒く、勇み足でカフェへと急ぐのでありました。

・・・・・・己の忠実なる愛のストーカーがあとをつけて来ていることも知らずに。


繁華街の見晴らしのよい一角に、カフェ「Casa del mese」はあります。

グリーンのオーニングテントに白字で店名が記されていて、至るところに真っ赤なアイビーゼラニウムが植えられています。

店内は木の温もりと漆喰の壁がレトロな雰囲気を醸し出し、壁に埋め込まれた絵皿が洒脱なアクセントを添えているのでした。

大地くんは店内に足を踏み入れるなり、ひとりの女性に目を奪われてしまいました。

イタリアらしい象嵌細工のチェリー製ティーテーブルと対なるチェア。そこに腰を下ろす白皙の美貌。誰もが彼女に見惚れ、恍惚となっているのでした。

エントランスで魔法をかけられたように、大地くんはその場から動くことが出来ないでいます。その魔法を解除したのは他でもない、大地くんが見惚れている相手、馨子さんでした。

「おーい! 大地くーん♪ なにしてるの! 早くこっち来なよ」

手を大きく振りかぶって、馨子さんが「私はここだよ、早く来い」と、大地くんに己をアピールしたのでした。

飾り気もない無邪気な振る舞いの馨子さん。心を開いてくれているようで、そんな彼女を見て大地くんはとても嬉しくなりました。

「こんにちは! 馨子さん。お待たせしました! オレ、早く来たつもりだったけど、馨子さんを待たせてしまって」

後頭部に手をやり、ぺこぺこと頭を下げる大地くん。

「ううん。私が早くに来ただけなの。ここのカフェ好きなんだ♪ 久しぶりだったから、ここでランチしてたんだ♪」

そう言って、馨子さんは女の子らしく小首を傾げてはにかんだのです。

(うお~~~! ちょー可愛いーぜぇ!)

大地くんの頭のなかは、とても文章におこすことをはばかれるような、とても卑猥でとても下劣な思考で渦巻いているのでした。

「そ、そうっすか・・・・・・。 じゃ、オレもなんか注文すっかな・・・」

真っ赤になりながら、照れ隠しにメニューブックで顔を隠しながら席についた大地くんなのでした。

「ごめんね、今日は呼び出してしまって」

「いえ、全然いいっすよ。オレ暇してたし」

それは本当。最近、いつも咲夜くんが龍渓邸に入りびたりだったので、前もっての予定のないときはいつも自宅待機をしていた大地くんです。

それなのに、休日である今日に限って咲夜くんは顔を出さなかったのです。

(あいつ・・・・・・折角オレが待ってやってたってのに・・・)

男心は複雑です。好きな女の子を目のまえにしているのに、違う子のことを考えている・・・・・・、いえ、とても最低なことですよ? 大地くん!

「それでね、あの日の返事なんだけど・・・・・・」

そこで言葉を切る馨子さん。カフェの店員さんがオーダーを受け付けに現れたからです。大地くんがメニューからクラブハウスサンドとエスプレッソをオーダーし、店員さんが去って行くのを認めて再度口を開きました。

「大地くん・・・・・・私、 ・・・・・・私、好きなひとがいるの」

「え!?」

「そのひとね、年上で凄くモテてて・・・・・・私なんか相手にされないようなひとなんだけど。だけど、やっぱり諦められないの! ごめんなさい」

「そ・・・・・・そーっすか・・・」

少しの沈黙がつづき、微妙な空気がふたりの周りを取り囲みます。

大地くんたちとは少し離れた、大地くんたちからは観葉植物で席が隠れる場所に、大地くんのあとをつけていたスト・・・・・・影が、鋭い眼光で馨子さんをめていたのでした。

「あんのクソアマ~~~~~~ッ! 俺の大地を傷つけやがってぇ~~~ッ!!」

恐ろしい形相です。放送禁止ショットな彼の怒り。戦慄く咲夜くんの全身から負のオーラが放出しまくり、周りの客たちは邪気に中てられ、店から脱出する者があとを絶たないのでした。

「俺が大地を慰めてやるからな! きっぱりと振られてこい! 馨子! ファック!」

中指を立てて姉君の不幸を心から願う、愛弟である咲夜くん。

はたして、この厄介な恋の行方は・・・・・・?


ここまでお読みになっていただきまして、ありがとうございました!

次回、最終回「龍渓 大地の恋・下」も、どうぞご一読くださいますよう、よろしくお願いいたします♡

(※当初、上・下巻の予定だったものが、思ったよりも話が長くなっちゃって、上・中・下巻になってしまいました。ごめんなさい~ けど、もう少し千隼ワールドにお付き合いください☆)















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