ボーイ s' ”クインテット” Diary

あおい 千隼

龍渓 大地の恋

第1話. 龍渓 大地の恋・上

この巻のナビゲーターを務めさせていただきます、あおい 千隼です。

最後までどうぞよろしくお願いします。

それでははじめましょう! パチパチパチ~♪ 


とある土地の、とある町並みと人々の営み。

ありそうでないような? そんな日本のどこかに「翡翠ヶ丘」はあります。

小高い丘のうえには学園都市が、翡翠ヶ丘の町を見下ろすように鎮座し、美しい景観をつくりだしているのでした。

丘を下っていくと翡翠ヶ丘の繁華街が、それよりもふもとへ下りていくと、区画ごとにアーキテクチャーの違う建築が施された、夢のような家屋の建ち並ぶ住居地区へと続いてゆくのです。

そんな夢のような町の住人、今回の主人公である彼「龍渓 大地」くんが、今日も元気よく家を飛び出して翡翠ヶ丘学園へと登校するいつもの光景・・・・・・。

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい。気を付けてね? あなたそそっかしいんだから」

「むぅ・・・ わーってるって!」

母にだめ押しをされる息子、これもいつもの光景。近所の奥様たちは彼を微笑ましくも生温かく見守っています。

運動神経が抜群の彼ですが、そそっかしいのが唯一の弱点でした。

何もないところでよく転ぶ・・・・・・そんなことは序の口で、電車のドアに挟まれる、雨の日に傘を忘れる、水たまりを飛び越そうとして見事水たまりに着地する。挙げればきりがないほどの、華麗なる大地選手の黒歴史は日々更新中なのでした。

そんな彼ですが、すこぶる長身の体躯と抜群のスタイル。細身でありながら、手足が長く引き締まった筋肉。

小作りな顔にバランスよく配置されたパーツは、意志の強そうな眉と深い二重のアーモンド形をした瞳。取り巻くまつ毛は長く、精悍な顔に甘みを添えている。

高い鼻梁とやや口角の上がった形の良い唇。滑らかな肌は健康的に陽に灼け、ほんのりと頬が薔薇色に染まるのが大地くんのチャームポイントです。

さらりとしたハニーブラウンの髪をなびかせて、今日も学園までの道のりをトレーニングを兼ねて、徒歩で通学をするのでした。

「大ちゃん、今日は夕方から雨よ? 忘れず傘持った?」

「あ・・・・・・はい。鞄なか、折り畳み入れてます」

「そう! 学校に忘れてきちゃダメよ? いってらっしゃい♪」

「あざっす・・・・・・いってきます」

途中で注意を促すように、近所の奥様が大地くんに声をかけます。

それに対し、苦虫を噛み潰したなんとも微妙な表情で、大地くんは近所の奥様にお礼を述べて先を進んでゆくのでありました。

(くっそ~~~ オレそんなにマヌケじゃねーし!)

『汝自身を知れ』という言葉がありますが、大地くんはもっと日頃の己の行いを顧みましょうね? と、ありがた迷惑なことを千隼は綴るのでありました。

                ★ ☆ ☆ 

(ちくしょ~ やっぱ可愛いな~)

彼の目線の先には、可憐なる白皙の美少女が、友達と和やかに学園都市の通学路を歩いていました。

少女の名は「花華院 馨子」さん。

翡翠ヶ丘女子学園に通う、高等部3年の彼女は、純情可憐な見目麗しい美少女。

目鼻立ちの整った瓜実顔に、黒檀のような漆黒の艶髪を、くるりんと内巻きにしたボブスタイルをカチューシャで飾っている。

まさに絵にかいたようなお嬢さまが、大地くんの片想いの君なのでした。

大地くんは、毎朝の通学路で彼女の麗しき居姿を、人知れず盗み見るのが日課だったのです。彼女が女子高の校門をくぐるまで。

「はぁ・・・・・・今日も声掛けらんなかったぜ」

ひとりごち、大地くんは己の勇気のなさを恨みながら、今日も自身の学園へと向かうべく足を速めたのでした。


「大地ー! 屋上いこーぜ!」

「おう」

翡翠ヶ丘の昼休み、男子生徒の楽しい昼食の時間です。

蜘蛛の子散らすように、生徒たちは各々と学食へ向かう者、お弁当を持参して他クラスの友のもとへと向かう者、中庭に並立するカフェへと向かう者。みなが思い思いにひと時のブレイクを楽しむ、そんなどこにでもある光景。

大地くんのクラスは2年のAクラス。偏差値、能力別に特A、AからEまでクラス分けがされており、大地くんは学力とスポーツが上位に位置する、万能選手でした。

そんな彼の悪友・・・・・・いえ、親友、心の友とも呼べる気の置けない友が4人、大地くんに連なって屋上への上り階段へと向かいます。

「あ~ 腹へった~」

亜麻色の毛並がふわふわと美しい、大型犬の「犬居 春」くんが、己のお腹を恨めしそうに見下ろしながら、空腹に盛大に鳴るお腹を手でさすっています。

この時間、年頃の女子でも空腹を訴え力尽きそうになるのに、育ち盛りの男子には拷問以外のなにものでもないでしょう。

「僕も~ 授業中ずっとお腹のイモちゃんがキュルキュルと愚痴ってたよ~」

愚痴るのか!? おい! それは凄いな! などと、つっ込みたくなるような科白をさらりと口にするのは、彼ら5人組のマスコット「相馬 郁」くん。

彼の特技はなんにでもあだ名を付けること。例えば、大地くんは「ドラくん」、綾人くんは「ピョンちゃん」、七瀬くんは「ティガ」、春くんは「ワンワン」といったように。

ただ残念なことに、誰ひとりとしてそう呼ぶ者はいなかったのでした。

「ふふ。郁のお腹のむしは電波時計よりも正確だね」

「えへへ~ ありがと♪ ピョンちゃん」

褒められてません。

「どういたしまして。ところでさ、その『ピョンちゃん』ての止めない?」

「やだ!」

「そっか」

ほのぼのとした会話を郁くんと交わしているのは、ピョンちゃんこと「兎妃 綾人」くん。

無駄に妖艶な彼が歩くところ、老若男女問わずその婀娜あだびた色気に悩殺され、死屍累々と生きた屍が散らばるのだと、密かなる都市伝説が語り継が―――

「れてないから」

はい、失礼しました。とにかく、郁くんと綾人くんの会話は噛み合ってそうで、実は噛み合っていないのでした。

「いいんじゃね? 『ピョンちゃん』て可愛いじゃん♪ 綾人に似合ってっぞ」

カカカと笑いながら、春くんが綾人くんを冷やかします。

「ありがとう。春も『ワンワン』て呼ぼうか? 似合ってるよ」

「俺は犬じゃねー!」

似たようなものでした。

「春、吠えるな」

「!! ・・・・・・七瀬~~~ てめーまで俺を犬扱いしやがってー! 大体いつも無口なくせして、こんなときだけ冷静につっ込んでんじゃねーよ!」

ティガこと「虎竹 七瀬」くんが、春くんに的確なつっ込みを入れました。ふたりのやり取りを生温かく見守っている大地くんたちも、「でかした七瀬!」と心のなかで彼に向けてサムズアップをするのでした。

「ははッ。春は七瀬には弱えーよな。やっぱ武士っぽいからか? 桃太郎とお付きの犬? みてーな関係って言うの?」

「誰がお付きの犬だ! 俺はきび団子で懐いたりしねーっつの!」

桃太郎を武士という括りでカテゴライズしてしまうのは、些か疑問点が残るところですが、春くんがきび団子で餌付けされるのはなんとも微笑ましい・・・・・・いやいや、春くんが七瀬くんに弱いのは確かでした。

それは春くんが、七瀬くんの凪いだ海のような静かなるテンションに、自ずと翻弄されるからです。早い話が勝手に自爆するということですが、春くんは空気の流れの違う人間に弱いという性質を持ち合わせているのでした。

「心頭滅却すれば~」というフレーズが頭を過る。武士然とした七瀬くんの佇まいを認めた大地くんたちは、揃って思考を合わせるのでした。

そんなこんなで到着した屋上。

今日は午後より雨という予報ですが、雨模様などとそんなことを感じさせることのない、気持ちの良い晴天が屋上から見上げた空に広がっています。

彼ら5人組は、大体いつもこの屋上で昼食を楽しんでいます。

深窓の令息・・・・・・と言うには些か品に欠ける気もしますが、ですが彼らもハイソサエティの端くれ。

「「「「「誰が端くれだ!」」」」」

・・・・・・聞いてましたか。それは失礼。

ともかく、彼らの両親は大企業の幹部やCEO、慈善事業にも打ち込むなど、とても立派で品のある親のもとで生まれたご子息さまたちなのです。

そんな彼らが何故お弁当を持参!? などと疑問に思うでしょう。かくいう作者もそのひとり。けれど、それには理由があるのでした。

その理由とは、ひとえに彼らの母君の愛情と、専属のカポクオーコ(料理長さん)の心意気からきているのです。

彼らの健康管理は、各邸のカポクオーコが万全を期しているので、彼らが持参するお弁当は彩も鮮やかな、滋味栄養バランスの良いものでした。

いつものポジションへと腰を下ろした5人組は、いそいそとお楽しみのお弁当を広げる。いったいどんなお弁当なんだろう? こっそりと覗いてみると・・・・・・それは既に「お弁当」という枠を遥かに超え、お弁当という括りに当てはめるには非常に無理のある、酒池肉林を彷彿とさせるやんごとなき内容でした。

昼間の高校の屋上でコース料理ですか? とつっ込みたくなる内容。

「・・・・・・ボキャブラリーに乏しい作者には説明を求めるでない!」と、千隼の心情を察する、心優しい妖精さんが囁いてくれました。

七瀬くんだけが、妖精さんの囁きに耳を傾け、文字通り重箱の端を突きながら、ニヤリとほくそ笑んでいるのでした。

「あー! ティガくんのオカズすごーい!」

「・・・・・・郁、カタカナで『オカズ』と言うな」

「はーい! ところでさ、ぼくのたまご焼きとティガくんのかずのこ、交換しよ?」

「いいぞ。好きなだけ食え」

「わーい♪」

まるで兄と弟のやり取りでした。ふふと微笑んで、郁の頭を撫でてやる七瀬くんだったのです。そこに父性本能をくすぐられた綾人くんが、

「郁。僕のおかずも食べていいよ」

「やったー♪」

負けずと郁くんに餌付けしようとします。手を伸ばして郁くんの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細める郁くんなのでした。

箸を持つ手は進み、愛情弁当に舌鼓をうちながらも、彼らはボーイズトークに花を咲かせます。

「ところでさ~ 大地、心の君とはなんか進展あったのか?」

「・・・・・・余計なお世話だ」

余計なお世話を大地くんにぶつける、空気の読めない春くん・17歳、♂。

なにを隠そう、いや、隠すものなどない大地くんにとって、今の言葉の暴力は非常に効果抜群でありました。傷つき項垂れ体育座りをする大地くん。彼の志は、みんな忘れることはないだろう! ありがとう! 龍渓 大地!

「オレを殺すな!」

はい、すみません。

「大地の心の君って? 誰? それ。僕の知ってる子?」

「ん? 手広い綾人なら知ってるだろ? 女子高の花華―――」

「だー!!! うっせーぞ! このバカ犬!」

「バカ犬ゆーな!」

「なんなの? 大地。もしかして僕に隠してる? 友達に隠し事はよくないよね」

「べ、べつに隠し事なんかねーよ。ただこのバカ犬がうるせーだけだし」

「!! またバカ犬って言った!」

大地くんは、綾人くんに見つめられ、だんだんと科白が尻すぼまりになりました。対する綾人くんは、じっとりと大地くんを見据え、Lies and truthを見極めているようです。

春くんはその横でキャンキャンと吠えたてています。

「ドラくんはピョンちゃんに好きな子取られちゃうんじゃないかって心配なんだよね~?」

「黙れよ! 郁!」

「こっわ~い! キャハハッ♪」

大地くんに寝技を決められそうになった郁くんは、するり大地くんの腕から逃れ、カラカラと笑いながら屋上を走り回りだしました。

「逃げてんじゃねー! こらー!」

「ちょっと大地~ 戻っといで~」

走る郁くんを追いかける大地くん。それを手でこいこいして戻ってくるよう、大地くんにジェスチャーする綾人くん。呼び戻された大地くんは、綾人くんを一瞥してなんとも気まずそうな面持ちです。

「・・・・・・なんだよ」

「わかってるでしょ。大地は僕が友達の好きな子を取ると思ってるの?」

「・・・・・・んなこと思ってねーよ」

「だったらなぜ僕に隠そうとするの? 友達なら教えてくれてもいいんじゃない?」

「・・・・・・悪かったよ」

「うん。それで? 大地の好きな子ってどんな子なの? さっき春が女子高って言ってたけど、翡翠ヶ丘女子学園の生徒?」

「ああ。名前は『花華院 馨子』ちゃん。首までの黒髪で、すげー華奢な感じの子」

「ああ、彼女か」

「知ってるのか!?」

このとき、大地くんと綾人くん以外のみんなは、「そりゃ綾人だもん」と心のなかで声を揃えたのでした。

「うん知ってる。てか知り合いだよ? 紹介しよっか?」

「え!? マジでか!?」

「うん、マジだよ。それにさ、同じ学年で特Aに有名な双子がいるでしょ? 通称『イケメン・ドッペルゲンガーズ』。あの双子のお姉さんだよ? 馨子ちゃんは」

「「「「えー!!!」」」」

綾人くん以外の男子たちが、男らしい声で驚きを表現する。

イケメン・ドッペルゲンガーズ。この翡翠ヶ丘で知らぬ者はもぐりだと言われるほど、眉目秀麗・文武両道な完璧を絵に描いたような、一卵性の双子くん。

兄の花華院 翔海かけるくんと、弟の天翔そらくん。同じ顔同じ声でも、所作や性格はまったく違います。むしろ真逆と言ってもいい。紳士な翔海くんと甘えん坊な天翔くんがふたりの売りです。

彼らの父君は、代々続くファミリー企業「花華院コンツェルン」の当主として、類まれなる経営手腕で、花華院の名を確固たるものにした明主なのです。

そんな父君の血を色濃くひいた双子くんは、花華院コンチェルン傘下の「花華院グループ」のホテル部門、アパレル部門を齢17歳という若年で、既に運営を任されているのです。

彼らはまさに生粋のサラブレッドであり、名家のご子息さまなのです。そんなキラリ素敵な双子の姉君が、大地くんが恋慕を募るお相手だったとは・・・・・・

「まさに運命のイタズラだよね~」

郁くんの科白でシリアスモードだった場の緊張感が、いっきに気の抜けたものとなり下がりました。

「・・・・・・じゃ、じゃあ綾人、よろしく頼む」

「任せといて。週末にでも何かしらセッティングできるようにするね」

そう言って綾人くんは蠱惑的こわくてきにウインクを飛ばし、友の頬を赤く染めさせたあと、さっさと自分の荷をまとめてバイバイと屋上から去って行ったのでした。

「よかったじゃん♪ 大地。しかし綾人のやつ、やっぱスゲーな」

「ワンワン~ ピョンちゃんが手広いのは当然でしょ~」

春くんの科白に郁くんが応え、七瀬くんはまだ己の重箱の端を突いていました。

「・・・・・・やった・・・やったぞ」

大地くんは、もはや春くんたちの声は耳に届いていませんせした。

「こりゃダメだ。完全に世界入ってるぞ」

「わ~い♪ ドラくんのムッツリ脳内劇場だ~♪」

郁くんの邪気を含まない大地くんへの揶揄に、春くんは「つぼッた~ 腹痛てー」と腹を抱えて笑い、いつも冷静沈着な七瀬くんも、箸を持つ手が震えて重箱がカタカタと鳴っています。それを見て、郁くんはとても満足そうなドヤ顔をするのでした。

                ☆ ★ ☆

放課後、大地くんは部活の仲間と別れを告げて、帰路へとつきます。

時刻は午後18時を少し回ったところ。翡翠ヶ丘学園の下校時間は18時なので、既に学園に残っている生徒は少なく、校門に続くグラウンドは閑散としていて少し悲しげでもあります。

ですが大地くんの心はポカポカと温かく、今にも踊りだしそうな気分です。小説的表現で表すならば、狂喜乱舞といったところでしょうか。

はじめての恋、少年の心に住み着いたひとりの少女。彼女を想うだけで、大地くんの胸にポッと明かりが灯るのです。

今までは友達とつるんで遊んだり、部活にうち込むだけで満足だったのが、今は想い人である花華院さんを恋しく想い、なにをするにもどこか心ここに非ずといった模様。

因みに大地くんが所属している部活動はバスケットボール部。

185cmという長躯を生かし、センターのポジションについています。みなの心を惹きつけ、ひとつにまとめる能力にも長けた大地くんは、メンバーの下の力持ちといったポジションでもあります。

そんな彼も恋のもとでは形無し、迷える仔羊だったのでした。

「はぁ。はやく週末になんねーかなぁ~」

ぽつりと本音が口から零れる大地くん。そんな彼を遠くから眺める双眸がひと組。

とても熱い眼差しです。とてもとても熱いのに、大地くんはまったく意に関せず、むしろ己の恋に熟れた瞳のほうが、周りのものを茹でタコさんにしてしまうのでは? そんな恋する瞳になっているのです。

それを裏付けるように、すれ違う女性は大地くんを見てみな頬を染めています。振り返って見惚れているほどです。普段から精悍+ほんのり甘いマスクの大地くんですが、それに恋のエッセンスが加われば、こんがりと立ち上るフェロモンの艶美な香りに中てられて、周りの女性はたまったものではありません。

己に向けられる好意の目にはまったく気づかずに、早く週末にな~れ♪ と、浮きだって家路を急ぐ大地くんでした。

『う~~~ やっぱ大地先輩かっこいいな~』

電信柱から隠れるように伸びる影。熱いビームを飛ばすひとりのストー・・・・・・迷える子羊さん。この影の正体はいったい?


古典的アニメの場面転換で流れる効果音とともに、今日は大地くんが待ちに待った、楽しい週末です。

綾人くんに好きな子がいると告白したその日、さっそく綾人くんは大地くんのために、花華院さんと共通の知り合いだという「少女A(仮)」とコンタクトを取り、顔合わせの場を設けたのです。

これが企業での仕事であれば、綾人くんは間違いなく敏腕なる営業マンでしょう。

しかも顔合わせの場は、なんと花華院さんの自宅でした。「綾人すげー!」とは大地くんのカルチャー的心の叫び。

まるで足に羽でも生えたような足取りで、大地くんは約束の時間に合わせて家を出ました。大地くんの家から花華院さんの家まで、徒歩で20分ほどの距離で、大地くんは30分まえにはもう彼女の家に向かっていたのでした。

そんな彼も前日は緊張のあまり、食事もおかわり3杯しかできず、しかもいつもならバスタイムは10分程度なのに、隅々まで磨き上げるべくなんと倍の20分も掛かってしまったのです(当社比調べ)。

デュベに潜り込んでも、なかなか寝付けなくて何度も寝返りをうち、気づけばカーテンの向こうが薄らと白んでいました。

うとうとと数刻の仮眠を取った大地くんは、がばっとベッドから飛び起き、自室に備え付けのシャワーで寝汗を流し、1階の厨房まで下りていきました。

龍渓邸の専属パスティッチェーレ《パティシエさん》に頼んでおいた、花華院さん宅ご訪問アイテム「手土産のドルチェ」が出来上がっているか、確かめにいったのです。

因みに龍渓邸のパスティッチェーレさんは、「ホテル・グランディー東京」のリストランテ「La Luna Cervo de Bambino.」で、パスティッチェーレを勤めていた方です。

彼のドルチェに心底惚れた大地くんの母君が、頼み込んで泣き落とし、龍渓邸の専属パスティッチェーレとして、強引に引き抜いたのです。

因みに大地くんの母君は、ジュエリーブランドのオーナー兼デイトレーダー。強引な口説き方はお手の物でした。

「大地さん、おはようございます。出来上がっておりますよ、彼女のお宅に持っていくトルテ」

「お、おう・・・・・・おはよ。つか彼女じゃねーし。 ・・・まだ」

という部分だけ小声で呟く小心の大地くん。

照れ隠しにぶっきら棒になるところは父君譲り。「そんなところが可愛くて好きなの♪」とは母君談。

兎にも角にも大地くんは花華院邸へと急いだのでした。

                ☆ ☆ ★

「なんだ、これ・・・・・・家か?」

ぽろりと零れる大地くんの科白は尤もなのでした。

花華院邸の敷地の総面積は何 km²? と思わず言っちゃう広大さ。大地くんは「サッカーコート何個ぶんだ?」などと考えている模様。

さすが日本屈指の花華院コンツェルン。本宅の規模もベラボーだった。

どきどきと胸を高鳴らせ、呼び出しベルを鳴らします。

「はい」

ドキーン! 「声返ってきたよ!」

ベルを鳴らしたのだから、返答があるのは当然。どうつっ込んでいいのか分からないので先に進みます。

「あ、ああの、オ・・・・・・僕、龍渓といいます。今日は花華院さんの―――」

「ああ! 大地くんね? こんにちは♪ どうぞ、いま門を開けます」

声が止んだかと思うと、音もなく鉄門が開かれていく。

大地くんは誰もいないにも関わらず、「失礼しまーす」と律儀に礼をする。

てくてく歩くこと数分。「長らく続く林のなかに整備された車道」といった情緒ありありな道を進み、急に拓けた林道? を抜けた大地くんの眼前には、宮殿がありました。

いや、宮殿ではない! それは、宮殿にほど近い、地下1階地上3階建てのジョージアン様式の邸でありました。

左翼と右翼にのびた美しい回廊。光を浴びて輝く二重の噴水。薔薇が咲き乱れるガーデン。

大地くんはそれらをもの珍しそうに、キョロキョロお上りさんよろしく眺めながらポーチにたどり着きました。

重々しいローズウッドの扉が開き、なかから彼女・・・・・・大地くんの想い人である、花華院 馨子さんが恭しく大地くんをエントランスへと招き入れる。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お入りになって♪」

手を奥に向け、大地くんの入室を促す彼女を、恍惚とした面持ちで見惚れまくるだらしない顔の大地くん。

うふふと笑い、馨子さんが「さあ早く♪」と大地くんを急き立てる。

「あ! は、はい! お邪魔します!」

ガチガチな所作と科白に、目も当てられないとはこのことでしょうか。

左右の腕と足が同時に出るという、ベタなネタを披露しながら邸へと足を踏み入れる大地くん。そのまま馨子さんにエスコートされ、ドローイングルームへと通されたのでした。


「!? !? !?」

驚きすぎてフリーズする大地くん。

「やっほ~ 待ってたよ~ ドラく~ん♪」

「やあ、遅かったね」

大地くんに声を掛けるのは、私服でほえほえ感がよりいっそう濃くなった郁くんと、まるで我が家のソファでくつろぐ、お色気主人がキャストを迎えるといった体の綾人くんでした。

「な、な・・・・・・なんでお前らがいるんだよ」

「僕のことは気にしないで。さあ、こっちに来てソファに腰掛けなよ」

「こっちに来てって・・・・・・ちょ! なんでそんなくつろいでんだよ!? てかなんで郁までいんだ!?」

「ん~? ぼくはピョンちゃん家に朝早く遊びに行ったら、なんか面白そうなこと言うもんだから付いてきちゃったの♪」

もう、カルチャーショックもハンパのない大地くん。どこからつっ込めばいいのか分かりません。

「すべてにつっ込め~♪」

ありがとう♪ 郁くん。

とりあえず、大地くんの顔色を窺ってみましょう。

「~~~~~~ッ」

プルプルと肩を戦慄かせ、とにかく落着けと自分の感情を押し込めるように、俯いていました。

「? 大地くん? そんなところに立ってないで、どうぞこちらにいらして?」

馨子さんが心配そうに大地くんに伺います。その声にはっと我に返った大地くんです。

「は、はい。失礼します・・・・・・あああの、これ・・・菓子・・・」

それだけ言って、手にしていたパスティッチェーレお手製のトルテを、馨子さんに手渡した大地くん。受け取った馨子さんは、花も恥じらう笑顔を彼に贈り、「嬉しい♪ ありがとう」と大地くんにお礼を口にする。

「じゃあ、せっかくだから切り分けて頂きましょうか♪」

「わーいぃ♪ おっかしぃ~! おっかしぃ~♪」

自作のお菓子唄ソウルで喜びを表現する郁くんに、すかさず綾人くんがたしなめました。

「こら、郁。あれは大地から馨子ちゃんへの贈り物なんだら、ちょっとは遠慮しなきゃダメじゃない」

「はぁ~い・・・」

明らかに落胆する様子を見せる郁くんに、

「ふふふ♪ 綾くんのお友達って面白いかたね」

と愉快を露わにする馨子さん。 ・・・・・・いや、まて、今「綾くん」と言いましたか? あなた。

そんな「綾くん」「馨子ちゃん」と親しげに呼び合う仲なのですか? そんな忌々しき事態にいち早く気付いた大地くんが、

「なんで? ・・・・・・綾人、お前・・・え? ・・・綾くん?」

やっぱりそうなりますよね。大地くんの考えていることにいち早く気付いた綾人くんが、誤解を解こうと口を開きます。

「大地が考えているような仲じゃないからね? 僕たち。勘違いしないで?」

「・・・・・・・・・・・・」

しないでと言われても。こんな誤解や事実は、百戦錬磨な綾人くんにとって日常茶飯事なのでしょう。受け応えは簡潔的でいて非常に明瞭でした。

「なんのこと? ねえ、ピョンちゃん、なに? なに?」

「うん? 郁はわからなくてもいいよ。ほら、馨子ちゃんがお菓子を切り分けてくれたよ」

「わー! ほんとだ~♪ やったー♪ ドラくん家のパティーが作ったトルテだ!」

いつも大地くん宅に遊びに行っては、パスティッチェーレさんにおやつをおねだりしている郁くん。既に打ち解けて、お友達カテゴリーに入れられているパスティッチェーレさんは、郁くんにパティーと名付けられているのでした。

「素敵なトルテ♪ このトルテ、もしかして『La Luna Cervo de Bambino.』のパスティッチェーレの手がけたものかしら?」

「あ・・・・・・はい。そのパスティッチェーレ、今はオレん家で専属パスティッチェーレやってるんです」

「まあ、そうなの? どうりであのお店、ドルチェが少し様変わりしていると思った」

手を打ち鳴らして納得の表現をする馨子さん。馨子さん、そのお店のドルチェを様変わりさせたのは、目のまえにいる大地くんの母君です。

なんとか空気の流れが変わったなと、こっそり息をつく綾人くん。

と、そこへ、おもむろにドローイングルームのドアを開けて顔を出した、ひとりの可愛らしい少年が、

「姉貴ー! また俺の本(BL)勝手に持ち出しただろ! いつも勝手に入るなって―――」

そこまで言って、少年は石膏像のように固まってしまいました。少しでも触れると、風化して砂に戻ってしまいそうな勢いです。

「咲夜! お客さまのまえよ! わきまえろ!」

「「!? !? !?」」

綾人くんを除く男子キャスト2名は、馨子さんの変貌に驚愕し飛び上がる。

「まあまあ、馨子ちゃん。前前」

綾人くんが目が点になっている大地くんたちを指さし、暗に馨子さんに態度の指摘をする。

「や、やだ・・・・・・私ったら、ごめんなさい。驚かせちゃって」

「い、いえ・・・・・・」

そうとしか言えない大地くん。既に我に返っている郁くんは、フォーク片手にトルテをにこにこと味わっています。

ところでもうひとり、ギリシャ彫刻のラオコーンの如く、苦痛の面持ちで固まっている少年。彼はいったい何者なのでしょう? いや、さきほど彼が馨子さんを姉貴と呼んでいたことから察するに、彼は弟ということになる訳ですが・・・・・・。


つづきは「大地くんの恋・中」で。

ここまでお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。

拙作ながら、無い知恵を絞りましてつづきを創作させていただきます。

ひきつづき、ご一読いただければ、あおい 千隼、感涙に咽び泣きします!





  




                



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