【掌編】雪子のチョコ作り

 雪子と雪生は大の仲良し。

 生まれたときからずっと一緒の幼なじみだ。

 ふたりは他の雪ん子たちと同じように、寒い地域の山の上で暮らし、風が吹けば街に舞う生活をしていた。


 しかし近ごろあたたかくなってきて、雪ん子たちは思うように舞えず、身体が弱るものも増えてきた。

 雪生も同じようにここ最近は寝込んでばかりいる。

 雪子は何とかして雪生をはげましたいと思い、その案を色々考えていた。



 そんなある日、雪子は風に吹かれて街に舞う。

 すると、なにやら楽しそうな街の様子が目に入ってくる。

 明日、2月14日はバレンタイン。あちこちにその看板が掲げられていた。

 そういえば日本という国は、バレンタインの日に女の子が好きな男の子に手作りチョコをプレゼントすると聞いたことがある。

 それなら雪子も同じようにチョコを贈ったら、雪生は元気になるのではないか。


 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、雪子は手近なお店で材料とレシピを買って山の上に戻った。

 早速チョコ作りだ。

レシピを広げる。


 どうやらまず、板チョコを湯煎しなくてはいけないらしい。

 しかし雪子たちが住む山の上には火なんてものはない。それどころか、火やお湯は雪子たちが最も恐れるものである。

 雪子は困ってしまった。


 雪子はふと雪生の家の方を見る。

 窓から雪生の姿が見えた。

 なんだかとても辛そうだ。


 ――そうだ、雪生くんは苦しんでいる。そんなのに比べれば、火やお湯なんてどうってことない。


 そう思い直すと、雪子は風に乗って山を下り、火のあるところを探した。

 すると、山のふもとの田んぼで、大きなたき火がたかれていた。

 雪子は出来うる限り火に近づいて、氷の入ったボールをかざした。


 火はとても熱く、そして手に持つボールも熱を持つ。そして中の氷は水となり、そして次第に湯気を放つ。

 それは雪子にとってはとてもつらく苦しくもあったが、山の上で寝込んでいる雪生のことを思えば、ここで負けてはいられないと雪子は自分を奮い立たせてお湯を沸騰させた。


 それだけで雪子はずいぶんへとへとになってしまったが、まだまだこれからだ。

 これから板チョコを溶かさないといけない。

 雪子は火から少し離れると、温まったお湯に板チョコの入ったボールを入れ、木べらで混ぜる。


 外気にさらされて、温まったお湯は徐々に温くなってはいくが、まだまだ湯気は上がっている。

 それを顔に浴びるたびに雪子は頭がくらくらしてしまった。


 そうこうしてようやく板チョコを溶かすことができた。

 雪子は立ちくらみしつつもそれを型に流し込んだ。

 あとはもう冷やすだけなので怖いものはない。

 雪子はチョコを流し込んだ型を持って山の上へ帰った。


 山へ帰れば、さっきまでの立ちくらみはどこへやら、雪子はすぐに元気を取り戻した。

 あとは冷やしたチョコを型どりすればもう完成。


 ――なんだ、大変だったのはあの湯のときだけだったじゃないの。


 そう思って雪子はハートの型を持って最後の行程に取りかかった。


 しかし、何度やっても型どりすることは出来なかった。

 というのも、雪子たちが住む山の上は寒すぎて、湯煎したばかりのチョコがカチンコチンに固まってしまっていたのだ。


 雪子は途方に暮れた。


 ――あぁ、雪生くんに贈ることが出来ない。


 雪子はまた雪生の家の方を見る。

 窓から見える雪生はやっぱり苦しそうだ。


 ――仕方がない。もう一度ふもとに行こう。


 また先ほどのつらいことをしなくてはいけないのかと思うと、果てしない作業のように思えたが、雪生を励ますためにはこれしかなかった。


 ふたたびたき火に近寄りお湯を沸騰させ、板チョコを溶かす。

 さっきも同じことをしたというのに、さっきよりつらさや苦しさが増したように感じた。


 そして先ほどと同じように型に流したチョコを持って山の上に帰った。

 さっきは型どりにかかるのに少し時間がかかってしまったから、今度はすばやく動こう。

 そう思って山の上に帰ると同時に型どりにかかる。

 しかしそれもまた上手くいかなかった。


 3度目の挑戦。

 正直もう二度とたき火や湯気に当たりたくはなかったが、ここまで来れば雪子はなんとしても雪生に手作りチョコを贈りたかった。


 雪子はもう一度、板チョコを湯煎しに行く。

 3回目となると本当に苦しくてつらくて仕方がなかった。

 だけど雪生のため、雪生のためと言い聞かせて雪子は頑張った。


 そして型に流したチョコを、今度は山の半ばまで持っていく。

 すると、今度は程よい具合にチョコが固まり、ようやくそれをハート型に型取ることが出来た。

 型取ったチョコを持って雪子は山の上に帰り、ラッピングをして明日に備えた。


 このとき雪子はだいぶ弱っていた。





 翌日、バレンタイン。

 雪子は雪生のもとにかけつけた。

 雪生はベッドから半身を起こしてびっくりした顔を向けている。

 雪子は作ったチョコを差し出した。


 ――今日バレンタインなの。だからこれ、雪生くんに。


 雪子が顔を赤らめながらそう言うと、雪生は嬉しそうに笑って「ありがとう」と言ってそれを受け取った。


 そして二人して幸せそうにそれを食べた。





 今年のバレンタイン、2月14日は、例年に比べて少し早く春一番が吹いていた。

 それまでは氷点下を行き来していた気温が、この日に一気に跳ね上がった。

 南から吹いてきた風は山の上までも暖めた。


 そして――。


 その日、強風にもかかわらず山に登った人がいた。

 その人は山の頂上で、解けた雪の上に乗っかるハート型のチョコを見たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る