【短編】かまくらおでん

 しんしんと雪が降っている。

 二ヶ月ほど前から降り始めた雪は、ここ、札幌の街を真っ白に染め上げている。市街地の道路は露出しているが、あとはすっかり深く積もっていた。

 今日はもうずいぶん前に日が落ちて、賑わっているのはすすきのの周りくらいだった。

 そんな中、ひとりの男がすすきのから南に向かって歩いていた。無造作に伸びた無精髭と猫背といったみすぼらしい格好の中年男だ。

 中年男は目的もないまま、たどり着いた公園に足を踏み入れる。すると、入り口から少し奥に行ったところで、それほど大きくないかまくらが見えてきた。そのかまくらは何やら明かりが付いている様子だが、それよりも、「おでん」と書かれたのぼりが横に立てられていることが気になる。

 中年男は面白半分でそのかまくらを覗いた。すると――。

「あ! おじさん、いらっしゃい!」

と、快活な声が返ってきた。

 中にいたのは二十歳前後と思われる娘。娘は防寒具を着込んでかまくらの奥に置かれた酒箱に座っていた。そして、その前にはガスコンロと鍋。それはのぼりの通り、まさしくおでんの鍋だった。

 中年男はかまくらの入り口側に置かれた酒箱に座る。

「おいおい、何だいこれは?」

中年男はおでんの鍋からかまくらの中へ視線を移して娘に尋ねた。おでんの鍋を挟んで二人座ったところで、ちょうど定員のようだった。

「何って、前に書いてあったやろ? おでんやよ、かまくらおでん」

娘はあっけらかんとして答えた。話し方からして関西から来た子なのだろうか。とにかく中年男は首を傾げるばかりだった。

「かまくらおでん?」

「そう、かまくらおでん。なかなか斬新やろ?」

「斬新は斬新に違いねぇけど、こりゃまたなしてこんなの始めたべ? お嬢ちゃん、学生っしょ?」

中年男は眉をひそめて尋ねた。すると娘は少し考えるように首を傾げてから、こうなった経緯を語った。

 娘は中年男の言うとおり、今年の春に関西から出てきたという大学一年生。しかし、現在は休学中らしい。まだ入学したばかりのときにマルチ商法に引っかかり、そのため授業料などを払えなくなってしまったので、その資金を貯めるため夏休み明けから休学してずっとバイトしているらしい。

 一部始終を聞けばとても気の毒な話なはずなのに、娘は非常にあっさりと話した。その様子にも中年男は眉をひそめる。

「親御さんは? そんな状況でほったらかしってわけでもないべ?」

中年男が問えば、娘は再び考えるように首を傾げて少し眉根を寄せるが、至って普通に答えた。

「親には言えやんよ。だって、やりたいことあるからって親の反対振り切って家出てきてしもたから、こんなんなっとるなんて言えやんやん」

軽くそう言うと、娘はぐつぐつ音を立てる鍋の火を弱くした。

「ま、かまくらおでんはそんなこと関係なくただの趣味みたいなもん。はい、おじさん。煮えたに」

少し重くなった空気を振り払うかのように、娘は明るい調子で中年男におでんを差し出した。中年男はそれを受け取ると、一口大根をかじる。するとさっきまでの難しい顔が、一瞬にして解れた。

「これはうめえ」

中年男はしみじみと言った。ただ単にガスコンロで煮ただけのおでん、しかしそれはしっかりと味が染みこんでいた。

「で、おじさんの悩みは何なん?」

娘は傍らに置いてあった日本酒の瓶を猪口に注ぎながら、唐突に話を振った。中年男はその猪口を受け取りながら、何のことやらと片眉を上げる。

「ほら、おでん屋の主人がお客の愚痴聞いたりしとるやろ? あれあれ」

娘がそう言えば、中年男は勢いよく笑い声を上げた。

「はっは。二〇もそこらの小娘に愚痴をこぼせってか?」

「そりゃあ、あたしはおじさんからすれば小娘やけどさ。でもこんな小娘相手に話すだけでも、少しは気が晴れるやろ?」

娘は膝に肘を起き、したり顔で前のめりになる。その様子に中年男は観念したように一つため息を吐いた。

「……俺もさ昔、嬢ちゃんみてえにやりたいことあるっつって、家飛び出したことあるんだけどさ、それが失敗だったさ」

中年男はそこで一旦日本酒を煽る。温かいおでんに冷えた日本酒。それがまた、絶妙な取り合わせだった。

「やりたいことも上手くいかず、かと言って勢いよく飛び出してきちまったっけ、家にも戻れねぇ。したっけそんなこんなでもう十年近く経っちまった」

中年男は一通り話し終えると、再びおでんを食べる。具材に染みた味が、そのまま身体にも染み渡りそうだ。

「そうなんや、なんかおじさん、あたしと似た境遇やね。夢を追いかけるってのは、なかなかそう上手くはいかんもんやね」

しみじみと娘がそう言えば、中年男は遠い目をしながら「まったくなぁ」と頷いた。

 それから三〇分ほど話し込んで、中年男は席を立った。

「よし、俺ぁそろそろ帰るべ。お嬢ちゃん、ごちそうさん」

「ううん、おじさんもありがとう。おでんはやっぱり誰かと一緒に食べるもんやな」

「まったくそのとおりだべ。俺もこういう飯、久しく食ってなかったっけ、なかなかよかったよ」

「そうなんや。また来てええで」

娘がそう言えば、中年男は柔らかくはっはと笑い、片手を上げてかまくらを出ていった。


 その日から中年男はかまくらおでんに現れるようになった。それは連日だったり二日間を空けてだったりと不定期ではあるが、かまくらおでんに現れては娘と色々な話をしていった。夢のことや若い頃の話。特に家族の話をするときは、懐かしそうな愛おしそうな表情を浮かべていた。

 かまくらおでんは毎日やってはいるが、近くに大規模な飲み屋街があればそこから少し離れた公園に頻繁に人が訪れるわけもなく、お客はずっと中年男ただ一人だった。


 そうした日が二週間ほど過ぎたとき、新たなお客が現れた。

 ちょうど娘がのぼりの雪を払おうとかまくらを出たとき、一人の若い男がふらふらと公園を歩いてきたのだ。まだらになった茶髪のその若い男は、今にも倒れそうな様子だ。

「お兄さんお兄さん、大丈夫!?」

娘はすかさず駆け寄り支えるが、茶髪男はぼんやりと娘を見上げるだけで何も答えなかった。しかし、娘の後ろにある「おでん」と書かれたのぼりに視線を移せば、急に元気になった。

「かまくら……おでん!? おでんやってんの!? 頼む、食わせてくれ!」

いきなりの勢いの良さに娘は少し戸惑ったが、それがあまりにも切実な様子だったので娘は快くかまくらの中に茶髪男を案内し、おでんを振る舞った。

茶髪男はそれを勢いよくかきこんだ。そして深く息を吐くと、大きい声で言った。

「うっめー!」

そして再び勢いよくおでんをかきこむ。そんな風におでんを食べる人を見たことがなかったので、娘は驚くばかりだった。しかし、茶髪男の様子があまりにも幸せそうだったので、思わず苦笑を漏らしてしまった。

「なんやのん、ただお腹すいてただけやったんや。病気とかじゃなくてよかったわ」

そう言って娘もおでんを食べれば、茶髪男は恥ずかしげに「別にいいっしょ」と言った。

「そういえば、何でこんなんやってんの?」

それは誰もが最初に思う疑問だろう。茶髪男は一通りおでんを食べ終えてから、それを尋ねた。

「何でって、北海道らしいやん?」

「はぁ? まぁ確かにかまくらは本州じゃ作れないだろうけどさ」

娘のよく分からない返答に、茶髪男はただただ首を傾げるばかりだ。娘は一口おでんのつゆを啜ると、こうなった経緯を包み隠さず話した。娘が非常にあっさりとした様子で一つ一つ語れば語るほど、何故か茶髪男の表情が曇っていった。

 一通り話し終えれば、茶髪男の顔がすっかり悲しげなものになっていた。

「ちょっと、せっかく元気になったのに、そんな辛気くさい顔しやんといてよ」

娘はひらひらと手を振りながらへらへらと笑う。そんな様子にも茶髪男は痛ましげに顔をしかめた。

「その……引っかけた友達を恨んでないのか……?」

茶髪男はそうぽつりと娘に尋ねた。その様子がただ尋ねているだけにしては弱々しすぎる気がして、娘は首を傾げた。

「今はもう何とも思っとらんけど……」

娘が聞き返せば、茶髪男は悩ましげに俯いて一つため息を吐いた。

「俺もそうなんだ」

茶髪男はまたもやぽつりと、非常に小さい声で言った。それがはっきりと聞こえなくて娘は更に眉をひそめた。

「俺も、友達に引っかかったさ。そして……友達を引っかけた」

茶髪男はそれから一つ一つ、娘に自分のことを話した。

 どうやら彼も大学生で、今は三年生らしい。去年の今頃、友人から宗教団体に勧誘された彼は、かなり乗り気でそれに入会し、積極的に活動に参加していた。しかし、途中でその活動が犯罪まがいなことであると気がつくと、すぐさま退会を決めた。そして別の友人を何人か入会させ、何事もなく退会した。だが、犯罪まがいなことに関わっていたこと、また友人を同じ目に遭わせたことから家にも学校にも行けず、かれこれ三ヶ月近くふらふらしているらしい。

「お兄さん、責任感強いんやなぁ」

 ひととおり茶髪男が話し終えると、娘はしみじみと言った。その言葉に茶髪男は眉をひそめる。

「何でそうなるんだよ。逆っしょ? 俺は逃げたっけ、無責任だよ」

「でも、責任感強くなけりゃ、顔向けできやんなんて考えやんやん」

「そう……なのかな……」

娘が頼もしげにそう返せば、茶髪男は肩を沈ませたまま押し黙った。娘はがんもをほおばりながら続ける。

「それにしても、お兄さんが気にしすぎなだけで、案外学校に行ってみればみんな普通にしとるかもよ」

「そうかな……? これで学校に行ってあいつらに無視されたら俺、立ち直れない」

「んーまぁ、そういうことも考えられるし、あたしみたいに何も気にしとらんかもしれやんやん。どっちにしたって行ってみやな分からんことや」

娘の言葉に、茶髪男は眉根を寄せたり眉尻を上げたり下げたりと、何とも言えない表情をする。不安七割、希望三割といったところだろうか。

「ま、それでほんまにあかんかったら、またここでおでん食べさせたるわ」

にっこり娘がそう言えば、背中を押されたかのように茶髪男は顔を上げた。そこには不安げな色もあったが、先ほどよりはだいぶ明るくなっていた。

「そうだな、したっけ行ってみるよ、学校。まだ、気乗りはしないけどな」

茶髪男はぱんっと膝を叩くと、勢いよく席を立った。

「おでん、さんきゅーな。また来るよ」

人懐こい笑顔でそう言うと、茶髪男はかまくらから出て行った。来たときより随分元気を取り戻したようだった。


 それから茶髪男もたびたび現れるようになった。それは学校の友人と向き合えなかったわけではない。むしろ学校の友人は娘が言っていたように、あまり気にすることではなかったようだ。しかし、どうしても家族の元に帰る勇気が湧かず、未だにふらふらしていた。

 そんなこんなで、かまくらおでんは以前よりもにぎわうようになった。ある日は中年男と夢の話で盛り上がったり、ある日はふらふらな茶髪男を励ましたりと、とめどなく降り続ける雪の中でも、かまくらおでんはいつでも暖かかった。

 しかし、不思議と二人が揃うことはなかった。


 そうして更に二週間が過ぎた。

 その日、娘が材料バッグとおでんの入った鍋を持っていつものかまくらに向かっていたら、ちょうどその前でまた新たな人物と出会った。黒いスーツに黒いコートの、見た感じ仕事が出来そうなサラリーマン風の青年だ。

 青年は娘と目が合うと、訝しげに娘と娘の手の鍋を交互に見やった。その様子に、娘はすかさず声をかける。

「お兄さん、よければおでん食べてかへん?」

娘はにっこり笑顔で言った。しかし当の青年は機嫌がよろしくないのか、冷たすぎるほどの視線をかまくらとその前に立てられたのぼりに向けると、そのまま娘に視線を戻す。

「……これ、何?」

「何ってそのまんま。かまくらおでんやよ。なかなか粋やろ?」

「は?」

娘はずいっと鍋を青年の方に突き出して言った。その様子に青年は呆気にとられている様子だが、再び不審なものを見る目つきでため息をついた。

「……悪いけど、そんなのに付き合う気になれないし、あほらしい」

一言そう言うと、青年は冷たいまなざしだけ残して踵を返す。

「ちょいちょいちょい、せっかくなんやし食べてったらええやん。なんかよく分からん苛立ちも、おでん食べると落ち着くって」

しかし娘も娘で青年の前に回って食い下がるが、青年は一層迷惑そうな顔をするばかりだ。

「いい、いらない。ってか余計なお世話」

「そーんなつれやんこと言わんと、ほらほら!」

「いや、だからいいって……っ」

と、二人の攻防が始まる。すると――。

 ――ぐぅぅぅぅ。

「……ぷぷぷ。いくら怒ってても、お腹はすくもんなんやに」

一瞬の沈黙の後、娘が豪快に笑えば、青年はばつの悪い顔をしながら「うるさい」と小声で言う。そしてそのまま娘に誘導され、渋々かまくらの方へ歩く。

 かまくらの中に入って、コンロに鍋を置く。ここに来るまでに一度煮てきているが、雪降る中、家から公園まで歩いて運べば、当然冷たくもなる。娘は「ちょい待ってな」と青年に言って鍋に火をかける。それを苛立たしげに眺めながら、青年は娘に尋ねた。

「……あんた、なんでこんなのやっている?」

「うーん、だって誰かと一緒におでんした方が美味しいやん」

「はぁ?」

娘の返答に青年は納得のいかない顔をする。娘はそのままこういう状況になった経緯を語った。娘がへらへらとした様子で一つ一つ語るごとに、青年の顔はどんどん苛立たしげに歪んでいく。

 娘が一通り話し終えれば、青年の眉間にはかなりのしわが刻まれていた。

「……あんた、バカか?」

青年は一つため息を吐くと、呆れたようにそう言った。

「話を聞き終わっての第一声がそれって、なかなかひどい物言いや」

「だってそうじゃないか。マルチなんて大学生相手によくある手口、入学前からかなり警告されるようなことなのにまんまとひっかかるとは、相当のバカだろ。こんなところでこんなことするまえに、さっさと親元に帰った方が生産的だろう」

「それやってさっき言うたやん。やりたいことあるって出てきてしまったから今更頼めやんって」

青年の呆れた物言いに娘がそう返せば、青年は何度目かになるか分からないため息を吐いた。

「はぁ、何でこういうタイプってこうなんだ」

青年は忌々しげにそう言う。更にそのままぶつぶつと苛立ちを垂れ流す。

「大体、夢で食ってけるなんて考えが甘いんだ」

「むーロマンを分かってないなぁ。一筋縄じゃ行かんけど、それでも追い求めたくなるのが夢ってもんやろ?」

「何がロマンだよ。少しは現実を見るべきだと思うがな」

そこまで言い切ると、青年は乱暴に膝に肘をついた。娘もことごとく否定してくる青年に反撃の言葉が見つからず、じろりと青年をにらみ返す。しかしそこで、青年が苦しげに顔をしかめていることに気がついた。

 ちょうどそこでおでんが煮え上がる。娘はそれをお椀によそって青年に差し出した。青年は相変わらず気乗りしない様子でそれを受け取ると、こんにゃくを食べた。すると、それまで仏頂面だった青年の顔が、ほんの一瞬だけ穏やかなものになった。どんなに苛立っていても、美味しいおでんを食べれば、少しは気が落ち着くというものだ。

「……悪かったな。あれこれ、言って」

 青年は一息吐くと、落ち着いた声でそう言った。肩も若干さっきより沈んでいる。

「しかし、そんなことで意地を張ってたって何にもならない。そんなことで凍死されるより、素直に親に助けを求められる方がずっといい。それが家族ってもんじゃないのか?」

青年は真剣な顔つきで娘にそう詰め寄る。その目がどこか切実な様子で、と同時にそれがかなりそのとおりだったので、娘は咄嗟に言葉が出なかった。青年は「はぁくそっ」とため息混じり吐き出すと、再び押し黙った。

 娘は一口ごぼう天を囓って、ぽつりと返した。

「確かにお兄さんの言うとおりやけどさ。でも親のところに行って、さっき言うてたみたいに、『そんなもん、追うからや』とか、『馬鹿げてる』とか言われるのは、嫌やもん」

娘が勢いなくひと言ずつ言うのを、青年は神妙な面持ちで聞いていた。その間苛立たしげに反論したそうにもしていたが、何とも言えないといった様子で押し黙っていた。

「だから……帰ってこないのか……」

青年もまた、そうぽつりと呟いた。まるで、自分にも当てはまっているかのような言い方だ。しかし、青年はすぐに顔を上げると、再び切実な目を娘に向ける。

「だが、そうは言っても、一番には家族が心配なんだよ。ただそれだけなのに、あいつら……」

そこでふと、娘は青年が誰かに似ているような気がした。一体誰だったか、そう首をひねったとき、かまくらの外から雪を踏む音が聞こえてきた。

「お嬢ちゃん、来たべーって、誰か先客がいるのか?」

現れたのは中年男だった。いつものようにやってきた中年男は、初めて見る他の客に、目を丸くした。青年も入り口の方を振り返る。すると、二人とも、驚いたような顔をした。

「お前……」

「何でここに……」

二人がそう言いかけたとき、また外から誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。

「お、何だ今日は他に客がいるのかぁ? 俺も腹減ったー」

そう言って現れたのは相変わらずふらふら状態の茶髪男だった。しかし、茶髪男も他の二人を見ると、弾けたように目を大きくした。

「兄貴……父さん……何でここに」

茶髪男はかなり気まずげに後ずさった。二人も息を飲んだままだ。

 娘はそこでなるほど、と思った。この青年は、いつも来る茶髪男によく似ているのだ。中年男と茶髪男には似ているところは今まで感じなかったが、並んでみてみれば三人ともどことなく似ていた。この三人は家族だったのだ。

 中年男と茶髪男は見つかってしまった気まずさに視線をさまよわせ、青年は未だ信じられない様子で固まっていた。そして一つため息を吐くと、娘に向き直り、深々と頭を下げる。

「どうやらうちの父と弟が世話になっていたようで、すまない。ありがとう」

「ううん、かまわんよ。あ、そうや、せっかくやしこれ、三人で食べてーや」

娘は鍋の横に置いていた材料バッグを差し出した。三人はそれを不思議そうに眺める。

「だって今までバラバラやったんやろ? 今日は家族水入らずでゆっくりな」

そのまま娘は青年の腕に材料バッグを押しつける。青年は戸惑いつつも娘に何か言いたげな顔を向けるが、あれこれ言わずに一言だけ残した。

「あんたも早く親元に帰れよ」

そして中年男と茶髪男を連れて公園を去っていった。

 未だに三人とも気まずげな様子だったが、気持ちは皆同じだ。きっとすぐに和解するだろう。

 そんな後ろ姿を見送ると、娘は心の奥がほっこりと温かくなった。

「うん、あたしも帰ろう」

 娘はそう決めると、おでんの鍋とコンロを持ってかまくらを出ていった。

 「おでん」ののぼりがそんな娘の背中をそっと見送っていた。

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