飯テロ 一話完結もの
【掌編】1年越しのハロウィン
「Trick or Treat! 私に甘いものよこしなさい」
そう言ったのは黒いとんがり帽をかぶった魔女。
「あげなかったら何するの?」
と返してきたのはとある青年。
魔女が目の前に現れたというのにさして驚いた様子はない。
「よこさなかったら来年のハロウィンまでいたずらするわよ? あなたが困るようないたずらをね」
魔女は腰に両手を当てて高圧的に言った。
ここまで言ったら当然お菓子をくれるだろうと、鼻で息をついた。
「いたずらねぇ……」
青年は顎に手を当て考える素振りを見せた。
きっとどこにお菓子をしまってあるのかを考えているのだろう、魔女はそう思った。
しかし次に青年の口から出た言葉は、魔女の予想を180度裏切るものだった。
「ふぅん、じゃああげない」
青年は口角を上げて言った。何か企んでいるような笑顔だ。
魔女は青年の言った言葉にあっけにとられて拍子抜けする。
「……え、く、くれないの? いたずらするわよ?」
「したければいくらでもどうぞ。多分俺には痛くもかゆくもないと思うけれど」
青年は目を細めてニヤニヤ笑ってくる。なんだか余裕そうな顔だ。
これがただの挑発だということは魔女も頭の中では分かっている。しかし青年の余裕そうな表情を見ていると、沸々と対抗心が湧いてきた。
「そう、いいのね? あなたが困るようないたずらをとことんしてあげるわ。そして今日お菓子をくれなかったことを後悔するがいいわ」
魔女はふんと鼻で笑い顎をそらせると、再び高圧的に青年に言った。
それに対し青年は相変わらずのニヤニヤ顔で返してきた。
「楽しみにしてるよ」
それが去年の10月31日の出来事。
かくして魔女のいたずらが始まったのである。
最初はものを隠すことから始まった。
青年が出かけているときにこっそり家の中に入って、彼がよく着る服やよく使う本などをベッドの下やクローゼットの奥に隠した。
そして魔女は決まってカーテンの隙間から中の様子を覗いたが、帰ってきた青年はすんなりと隠された服や本を探し当て、少しも困った様子を見せなかった。
魔女は同じことを何回かやったがどれも同じ反応で、青年は平然とした様子で日常生活を送っていた。
これでは面白くないと思った魔女は、次に青年の行く手にバナナの皮を落としたり坂道で大量のビー玉を転がした。
しかしどれもすんなりと青年に避けられる上、散在したバナナの皮やビー玉について町内のオバサンから魔女が叱られるという結果になってしまった。これも失敗。
更に魔女が考えたいたずらは、なりすまし。
と言っても、ただ単に青年がよく行く食堂の店員になりすましていたずらをする、といったものだった。例えばうどん屋さんの店員になりすました場合は、彼が頼んだうどんのつゆをひたすら濃くしたり薄くしたり。牛丼屋さんの場合は、彼が頼んだ牛丼にこっそりとわさびを塗っておいた。
しかし彼は、注文を頼むときにちらりと魔女を見るだけで特に反応はなく、至って涼しい顔をして出した料理を平らげていた。そして決まってさらりとクレームをつけて帰るため、青年が帰った後は魔女が店長に怒られるということが度々起こってしまった。
これも計画通りにうまくいかなかった。
それでも魔女はめげずに小さな頭を振り絞って、ひたすら青年にいたずらをし続けた。
いたずら電話をしてみたり、ピンポンダッシュをしてみたり、呪いの手紙を送ったり。
しかし青年は相変わらず無反応で、少しも困った様子を見せることはなかった。
そうしているうちにいつの間にか9ヶ月が経っていた。
次のハロウィンまであと3ヶ月。
このまま青年を困らせることが出来ずに次のハロウィンを迎えるのは、なんとなく悔しい気がする。
そう思いながら魔女が箒で空を飛んでいると、とある光景が目に飛び込んできた。
あの青年と一人の女性が一緒に並んで歩いている。
いつもはニヤニヤ顔か涼しい顔しか見せないのに、その女性といる青年はなんだか柔らかく微笑んでいて楽しそうだった。
まるで恋人同士のようだった。
それを見たとたん、魔女の中で何かがぶつっと途切れる音が聞こえた。同時に心の奥底でもやもやが広がるのも感じた。
見たくない。知らない。もういいや。
そんな言葉が次々と頭の中によぎり、気がついたら魔女はその場から逃げ出していた。
それからというもの、魔女は青年に一切のいたずらをしなくなった。
する気が起こらなかった。
青年の顔を思い出すたび、先日の光景も一緒に思い出してしまって心が痛い。
どうせ何をしたってちっとも困らないんだから、もう何もしなくていい。
そう言い聞かせて自分の家に籠もった。
そうしているうちに時は流れ、気がつけば1年が経ち、10月31日。
とうとうハロウィンがやってきた。
魔女は毎年の如く色んな家を訪ねてはお菓子をもらいに行った。どの家の住人もすんなりとお菓子を分けてくれて、魔女は少し満足げに空を飛んでいた。
すると一つの窓が目に飛び込んでくる。
去年も訪れた青年の家だった。
魔女は心の奥が痛むのを感じながらも、その家の前に降りてインターホンを鳴らした。
すると程なくして青年が扉を開けた。
「Trick or Treat! 私に甘いものをよこしなさい」
去年と同じく、魔女は腰に両手を当てて高圧的に言った。
「あげなかったら何するの?」
と青年は去年と同じ質問をしてきた。
相変わらず涼しい顔している。
「くれないならもういいわ。いたずらをするのも飽きたしもうここには来ない」
しかし魔女はふんと鼻を鳴らすと、くるりと青年に背を向けた。
正直なところ、青年の顔を見るのも何故かつらく、青年の前で虚勢を張っていられるのもギリギリだった。
するとふわっと後ろから腕が回ってくる。
気がついたら魔女は青年に抱きしめられていた。
「いいよ、あげる」
青年は魔女の耳元でそう囁くと、魔女の口に何かを入れた。
それは口の中でほどけるように溶け、上品な甘さが広がった。
生チョコの味だった。
魔女は戸惑って青年を見上げた。
青年は柔らかく微笑んで魔女を見下ろしていた。
その表情に魔女はますます混乱した。
「え、待って。あなた恋人いるのにこんなことしていいの?」
すると今度は青年がきょとんとした目をした。
予想外の反応だった。
「ごめん、何のことを言っているのか分からないんだけど」
「だってあなた女の人と一緒に歩いて……って私の勘違い……?」
青年の反応から自分の勘違いであったことを知ると、魔女はへなへなと力が抜けてうなだれる。
青年はそんな魔女の様子を見ると、腕の力を強くしてぎゅっと魔女を抱きしめた。
「なんだ、それで途中からいたずらしなくなったの? めちゃくちゃ可愛いんだけど」
青年は耳元でくすくすと笑いを漏らしながらそう言う。その言葉に魔女はかぁぁっと顔が真っ赤になって下を向いた。
しかし横から伸びてきた手に顎を取られると、青年の方を向かされた。
「1年もお預け食らわせちゃったからね。だから今年はとっておきに甘くしてあげる。代わりに俺にも甘いのをちょうだい」
と、青年は魔女の唇にキスをした。
青年の顔を改めて見れば、どこかいたずらっぽく笑っていた。
そして目を細めて言った。
「Trick or Treat」
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