第22話「集合」

「これからの受験勉強について思ったことがあるんだけど」

 ある日、五限目の授業が終わった後の休憩時間。葉月が声をかけてきた。

「どうしたの? 葉月くんの提案なら何でも大賛成だよ」

 尋ね返すと、葉月は天音の隣の席にチラッと目をやってから続きを話す。

「佐伯さんも成績いいんだよね? 彼方くんと佐伯さんと僕と、三人で天音さんの勉強を見るっていうのはどうかな?」

「佐伯……。ああ、ゆみやんか」

「天音はいつになったら私の苗字覚えるの?」

 優実の苗字を聞くとなんとなくモヤモヤする。

 やはり自分のつけたあだ名が一番だ。

 それはともかく、このような提案をされるということは、一人では手に負えないと判断されたか。

「あたしとしては、葉月くんに教わった方が頭に入ると思うんだけどなー」

「それぞれの得意科目を教えたら効率がいいかなって。僕も傍で応援するから」

「そういうことなら」

 葉月が一緒にいてくれさえすればやる気は保てる。

 大学に受かる為にはなりふり構っていられない。

「佐伯さんもいいかな? 勝手に言い出しちゃったけど」

「いいよ。長い付き合いだし、天音に大学落ちてほしくはないからね」

 よく考えたら最近優実と話す機会が減っていた。

 久し振りにじっくり親友の相手をするのもいいだろう。


 放課後の図書室。

 天音・優実・葉月・彼方の四人が集まっていた。

「そういえば、ゆみやんの恋は順調なのかな?」

 意味があったかはともかく天音が手助けをして、パーカー男子が優実と付き合うことになったはずだ。

 あんな告白で始まって、早々に別れていないといいが。

「普通だと思うけど、天音こそ大丈夫なの?」

「こっちは絶好調だよ! 葉月くんもあたしのこと大好きになってくれたからね! こないだのデートだって楽しかったしー」

「それはいいけど、同じ大学に行けるかは危ないとこなんでしょ? 私としてはそこが心配だよ」

 優実も、葉月が天音を支えていることは信じている。

 どちらかというと天音がちゃんとやっているかを疑問視している感じだ。

「あたしの成績も結構上がってきてるんだから、このままいけば大丈夫……だよ」

 微妙に尻すぼみな口調になってしまった。

「ま、その為の三人体制だからな。俺らに感謝しろよ」

 彼方の態度は尊大だが、それも仕方ないぐらい世話になっている。

 天音が葉月に近い学力を身につけるというのが土台困難なことなので、人様の助力なしには実現できない。

 これからは三人に教わることになる。

 各々の得意科目は、葉月が数学と国語、彼方が地理歴史、優実が英語とのこと。

 葉月が見守ってくれていることで力を発揮した天音が、三人から的確なアドバイスをもらえばできないことはないはずだ。

 受験の日は刻々と近づいている。気合いを入れて問題集を開いた。

 まずは英語から。担当は優実だ。

 いくつか問題を解いてみたが。

「天音、どんだけスペル間違えるの。ほとんどローマ字表記じゃん」

 さっそく優実に呆れられることになる。

 葉月との勉強では数学以外あまりやっていなかったのでこういうことにもなろう。

「英単語なんてどうやって覚えればいいの……」

「よくあるのは単語カードを作って空いた時間に何度も見返すとか――」

 天音が科目担当者からマンツーマンで指導を受けている間、他の二人は少しでも効率的な指導にする為の準備を進める。

 真剣に作業しているが、まるっきり黙ってというのではなく、時々雑談も。

「ホントに彼方くんは天音さんのこと好きになってない?」

「なってる訳ねーだろ。むしろなんでお前が好きになれたのかが全く分からん」

 葉月からの問いかけに彼方が無情な答えを返している。

 もっとも、天音も彼方の魅力が分からないのでおあいこか。

(あたしは彼方がイケメンだってこと自体は認めてるけど……まあいいか)

 多少の不公平感には目を瞑ろう。

「そっか。だったら安心……なのかな……?」

「なんか歯切れが悪いな。俺と藤堂がくっつかないか心配してたんじゃないのか?」

「あっ。そうだね。彼方くんが天音さんのこと好きにならないなら、天音さんは僕だけのものだよね」

 大方間違っていないが、一部訂正したくて声をかける。

「彼方があたしのこと好きになっても、あたしは葉月くんだけのものだよー」

「無駄話してないで単語覚える」

 優実から注意されてしまった。

 重要な単語をざっと確認した後、文法についても基礎を叩き込まれて英語は終了。

 次は地理。担当は彼方。

「都道府県の位置と県庁所在地ぐらい把握しとけ。大阪っぽいあだ名使う癖になんで関西圏すら壊滅なんだよ」

「ゆみやんはゆみやんって名前なんだもん。関西の地理とか歴史なんて知らないよ!」

「そんな名前があってたまるか」

 優実がキツい口調で突っ込んでくる。

「佐伯さんって天音さんとどのぐらいの付き合いなの?」

 今度は葉月と優実が会話を始めた。

「小学生の頃からだね。同じクラスになったのは何年生の時だったかな……?」

「僕と彼方くんが出会ったのと近い時期かもしれないね」

「高校ではずっと同じクラスなんだけど、逢坂くんたちもそうなんだっけ?」

「うん。彼方くんのフォローがなかったら、女子もいる学校でうまくやっていけたか分からないし、本当に感謝してるんだ」

 葉月はしみじみと自身の親友への思いを口にする。

「ゆみやんもあたしと同じクラスで感謝してるかなー?」

「どの辺りに感謝するの」

 どちらかというと、向こう見ずな天音を優実がフォローすることの方が多かったぐらいだ。

「無駄口叩くな」

 彼方からも怒られた。

 偉そうに言うだけあって彼方の指導は分かりやすい。葉月が近くにいてくれているということもあり、徐々に県名なども頭に入っていった。

 本日最後の科目は国語。葉月が担当する。

「『情けは人の為ならず』っていうのは、情けをかけることが相手のためだけじゃなくて自分の為にもなるって意味だよ」

「相手の為にならないってことじゃないの?」

「それはよくある誤用だね」

 葉月がことわざの意味を一つ一つ解説していく。

「佐伯はずっとあれの親友をやってきた訳か」

 彼方が優実に同情している。

「そうなんだよね。綾部くんの方は立派な親友でうらやましいなぁ」

 つまり天音は立派じゃないと。なんとも失礼な親友だ。

「確かに、恐怖症を考慮に入れてもこっちの方が親友に恵まれてるな」

「あっ……。ごめん」

 いくら優秀とはいえ女性恐怖症を抱えている葉月を支えるのは大変な面もあったはず。

 軽々しく言ってしまったことを謝罪する優実。

「別にいいっての。藤堂の相手する方がよっぽど苦労するだろうからな」

 彼方は葉月を大切にしている。助けることを苦と思ったことはないのかもしれない。

「記述式の問題は、十五文字程度なら十三文字から十七文字の範囲に収まるようにして。長すぎても短すぎても駄目だから」

 基本的なことだが、葉月から教わって改めて気をつけることにする。

 順調にきていたが。

「何この砂利採取法って!? 見たことも聞いたこともないんだけど!」

 入試の過去問を解いていたら訳の分からないものに出くわした。

「天音さん、落ち着いて問題文を見て。これは具体的な法律の規定を答えるんじゃなくて、単に筆者が法律に対してどういう考えを持っているか答えるだけだよ」

 よく見ると条文は記載されていて、元々この法律について知っている必要はないようだ。

「この程度で混乱するのは学力以前に受験への心構えがちゃんとしてないってことだ」

 彼方の毒舌も交わり、一喜一憂しながら勉強会は進んでいく。

「そういえば、あたしの勉強に付き合ってくれるのはいいけど、葉月くんの受験勉強は大丈夫?」

「……っ」

 何故か一瞬沈黙した葉月に代わって、彼方が答える。

「普段から十分勉強してる葉月に受験対策は必要ねーんだよ」

 なるほど、それも道理か。つくづく天音との格差を感じる。

「勉強しなくても受かるとまでは言えないけど、こうして天音さんに教えてるのがちょうどいい復習になってるから」

 葉月は相変わらず謙虚だ。こちらに気を遣ってくれてもいる。


 三人から交代で教えてもらうという方法は、予想以上に功を奏した。

 休日返上で毎日勉強会を続けた結果、天音の学力はどんどん上がっていき、とうとう小テストで九十点代を取れるようになった。

 天音に知恵があると見込んだ葉月の目に狂いはなかったのだ。

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