第21話「再会」
彼方と合流した天音たちは予定通りショッピングモールの文具店を訪れていた。
「葉月くん、ノートたくさん買うんだね」
葉月はシャーペン・ボールペン一本ずつに加え、二十冊セットになったノートもかごに入れている。
「うん。色々と使うから」
「お前は普段ノート取ってないからいらないんだろ」
葉月は素直に答えただけだが、彼方からは不勉強っぷりを指摘された。
「う、さ、最近はさすがに取るようになったよ。全部写さないうちに消されちゃうことも多いけど……」
放課後にサポートしてもらっているのだから、授業中怠けている訳にもいかない。以前より真面目にはなっている。
ただ、勉強というものに不慣れであることには変わりない。
天音自身も難儀しているのだ。
「最近はって、前はどうだったんだ」
「ええっと……気が向いた時だけだったかな……?」
思い出してみると、高校入学からの二年間は、各教科のノートを一冊使いきらないぐらいだった。
そう一朝一夕に勉強をする習慣が身につけば誰も苦労はしない。
「はあ……」
彼方にため息を吐かれた。
「そ、そうだ。彼方くんは何を買うんだっけ?」
天音が叱られている空気感を緩和するように葉月が尋ねる。
「ああ。定規とコンパスだな。前のがそろそろ使いづらくなってきててな」
「馬鹿力で壊しちゃうんでしょ?」
「お前と違って使う頻度が高いからだ」
先ほどのお返しをさせてもらおうとしたら、逆効果だった。どうやら天音は彼方に敵わないと決まっているらしい。
勉強をする意志があると示す意味も込めて天音もノートを三冊買うことにした。
三人共が会計を終えると、次はアパレルショップへと向かうことに。
「天音さんは僕にどんな服着てほしい?」
服を眺めていく中で、葉月から訊かれた。
元々、服選びに参加する為に天音もついてきているのだ。
「葉月。こいつのセンスに合わせると変な格好にされかねんぞ」
ひどい言われようだが、彼方と似たようなことは自分でも思った。
とはいえ。
「オシャレじゃないにしても、変なカッコではないでしょ? ほら」
天音は腕を広げて自分の服装を見せる。
オレンジのTシャツに紺のジーンズ。無理してミニスカートなどを穿いたりしていないので不自然さはないはずだ。
「まあ、可もなく不可もなくか。男物に口出しできるほどか?」
「むしろ女物が分かんないよ」
「言ってて悲しくならないか?」
「女子力の話になったらいつでも悲しいよ」
『悲しい』などと言ってはいても、彼方とこうやって言い合いをしているのは、葉月と話すのとは違った楽しさがある。もちろん次元が違うが。
「まあまあ。僕はもう天音さんのものなんだから、天音さんの趣味に合わせてもいいんだよ」
葉月が彼方を説得してくれたので、率直な意見を言わせてもらおう。
店内を見て回り、葉月に相応しい品を探す。
葉月に変な格好をさせたくないのは天音も同じだ。最大限頭を働かせなければ。
「あのコート、葉月くんに似合いそうじゃない?」
天音が指差したのは、ベージュ色のトレンチコート。
清潔感と高級感の両方があっていい感じだ。
「藤堂にしては悪くないセンスだな。後は値段だが……」
彼方が値札を手に取り、天音たちに示す。
天音の小遣い半年分以上だ。
「コートだけでこんなにするの!?」
普段、着られればいい程度の気持ちで適当に服を買っていた天音には未知の世界だ。
世のオシャレな男女はこういうところにお金を使っているのか。
「今日は見るだけにしようか。いつかお金が貯まったら買うよ」
天音の心境を察してか葉月は他へ目を向けて歩き出した。
「ホントならここで買ってあげたいんだけどなー……」
遊園地で不良に絡まれた際もそうだったが、時折、貯金をする癖がないことを嘆かされる。
(バイトでもした方がいいかな……。いや、でも……)
天音よりはお金を持っているであろう葉月も今すぐ『自分で買う』と言わなかったことを考えると高校生には分不相応な品かもしれない。
大学に行く頃に着せてあげられたらいいか。
何より、今は勉強をしなければならない。バイトに明け暮れて入試で不合格になったのでは本末転倒だ。
結局、服は買わずにアパレルショップを後にした。
何とはなしにその他の店を眺めて回っていると、葉月が口を開いた。
「天音さんが欲しいものって何かある? 誕生日じゃかなり先になるし、良かったら今日プレゼントするよ」
「そんなに気を遣ってくれなくても大丈夫だけど……あっ、でも葉月くんからのプレゼントは欲しいなー」
一緒にいる時以外も葉月の存在を感じられるというのは悪くない。
この分だと誕生日にも何かくれそうだが、葉月の誕生日に三倍返しすれば問題ないだろう。
「厚かましく高いものねだるなよ」
彼方も、天音が葉月相手なら謙虚になることは知っているはずだが、こうして釘を刺してくるのはお約束か。
「分かってるよ。葉月くんからもらえればどんなものでも嬉しいんだから」
「何がいいかな?」
葉月が可愛らしく小首を傾けて天音の顔を見つめてくる。
こういう仕草に魅了されたというのも天音が彼を好きになった理由の一つだ。
「うーん。そうだなー」
値段はともかくとして、消耗品より、身につけられるものか家にずっと置いておけるものがいい。
(あれ? あたし今欲しいものあったっけ?)
葉月と過ごす以外で好きなことといえば食べることだが、食べ物ではすぐなくなってしまう。
(漫画とかはプレゼントでもらうものじゃない気がするしなー)
あまり着飾ったりするタイプではないので高価な装飾品は二重の理由で却下だ。
調度品の方がいいか。それとも――。
「キーホルダーとかいいかな。鍵開ける度に葉月くんを感じられるし」
「うん、分かった。自分で選ぶ? それか僕が天音さんに似合いそうなの探そうか?」
「せっかくだから葉月くんに選んでもらおうかな。葉月くんがあたしにどんなイメージ持ってるのか楽しみだし」
葉月は天然にも見えるほど天音に好意的だ。センスも優れているだろうし、天音が自分で選ぶよりいいデザインのものが見つかるだろう。
「可愛いの探すね。あ、でも天音さんは僕のヒーローだからかっこいいのもいいかも」
「葉月の中のお前はだいぶ美化されてるな」
彼方の中の天音の方が現実寄りなのは自分でも承知している。
「じゃあ、行ってくるね。天音さんは待ってて」
そうして葉月は椿の花を模した飾りの付いたキーホルダーをくれた。
椿の花言葉は『控えめな優しさ』『誇り』とのこと。
恋人にもヒーローにも相応しいチョイスだ。
「ありがとう! 一生大事にするね!」
「こちらこそ。天音さんが持っててくれたら嬉しいよ」
互いにお礼を言い合う天音と葉月。
「花って柄でもないし、誇れるほどのモンがあるとも思えんがな」
その後は、時に彼方から冷たい言葉を浴びせられつつも、和気あいあいと散策していった。
だが、不意に。
「あ……」
葉月が足を止めた。
「葉月くん?」
葉月の身体が震えている。それはまるで――。
(リハビリの途中で、あたしが手を掴んじゃった時みたい……)
天音は原因が分からずにいたが、彼方は気付いたようだ。
「あの女……間違いねえ……!」
彼方の視線の先には、化粧や装飾がけばけばしい中年の女。
彼方はその女の前へと駆け寄っていった。
(もしかして……)
天音にもこの状況が何を意味するか分かりかけてきた。
「てめえ……よく堂々と通りを歩けたもんだな」
彼方が、天音に向けるのとは比較にならないほどのすごみで女を睨みつける。
「え? 何、あなた?」
女の方は訳が分からないといった反応。
「綾部彼方。聞いたことはあるはずだがな、てめえは覚えてねえか」
(彼方の名前は聞いたことがある……)
天音の中で予感が確信に変わってくる。
「悪いけど、覚えていませんね……」
「そりゃそうだ。てめえが俺の担任だったのは数か月程度だったからな」
天音の脳裏に、彼方から聞かされた葉月の過去が蘇る。
『小学五年の頃、無人の教室で担任の女から暴行を受けた』
やはりそうだ。この女こそ葉月が女性恐怖症になるきっかけを作った教師なのだ。
「葉月のことまで忘れたとは言わせねえぞ。てめえのせいであいつは心に消えない傷を負ったんだ」
「まさか――」
顔色を変えた女教師は逃げようとする。
しかし、彼方はそれを捕まえてぶん殴った。
往来での暴力に周囲の人々が動揺を見せる。
「お、おい。警察呼んだ方がいいんじゃないか……?」
「その前に俺ら逃げた方が良くね……?」
彼らの声を聞きつけた巡回中の警官が人混みをかき分け近くにやってきた。
「君、何をやってるんだ!」
「うるせえ! こっちは忙しいんだ!」
彼方は警官の制止に耳を貸さない。
もう一発殴ろうかというところで、直接取り押さえられた。
初めは呆然としていた天音だが、女教師への怒りを思い出し彼女に詰め寄る。
「あんたがホントに……!」
葉月に対する暴行事件の張本人なら許す訳にいかない。
胸倉を掴んで問い質そうとするが、天音もそばにいた人に羽交い締めにされて引き離される。
結局、二人共交番に連れていかれ、葉月も後を追ってきた。
「あの女が葉月に暴行したのは間違いねえんだ! 今からでもあいつを逮捕しろ!」
まるでこちらが取り調べをしているかのように、彼方が怒鳴って机を殴りつける。
「そう言われてもね……。まず君のしたことは――」
天音たち三人の相手をしているのは若い男性の警察官だ。
彼方の暴力について注意してくるが、天音がそれを庇う。
「葉月くんはその一件以来ずっと苦しんできたんです! 彼方だってそれをずっと支えてきました! あの人を見逃して彼方に罰を与えるのは間違ってると思います!」
必死に訴える天音だが、警官は首を横に振る。
「七年も前のことじゃ、真相の究明は難しいよ。こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、加害者が女で被害者が男子っていうのは余計周囲から信用されにくいだろうし……」
「そんな……。それをどうにかするのが警察の仕事じゃないんですか!?」
天音は納得がいかず叫ぶ。
事件当時、あの女教師が逃げられたことといい、学校内で起きた出来事を正当に裁くことは至難なのか。
いじめを苦にして自殺した生徒がいても加害生徒の実名すら報道されない例もある。
世の中が理不尽なものであることは分かっていたつもりだが、改めて思い知らされた。
「君たちの気持ちは分かるよ。だから彼女を殴った件については見なかったことにする」
警官は穏やかな声音で告げてくる。
彼方の言い分を信じてはいるようだ。
警察の人間にしては比較的柔軟な対応といえよう。
「警察なんてアテにならないって思うことだろうけど、僕らの示せる誠意はそのぐらいだよ」
自虐を交えたような調子だ。
彼自身、正義を守らなければならない立場でありながら、それが全うできない現実に苦しんでいるのかもしれない。
「チッ。あんたに当たっても仕方ねえか……」
少なくともこの警官はこちらに味方したい心情ではあるように見える。
偶然再会したことで仇の女を一発殴れた。そのことをささやかな幸運と思うしかない。
「じゃあ、彼方くんと天音さんに罰はないんですね?」
しばらく沈黙していた葉月が口を開いた。
「ああ。せめてそれだけは約束しよう」
これには警官もうなずく。
「それなら十分です」
彼方と天音の暴力的な言動が不問となったので、一同は交番を出て帰路につく。
「ごめんね……。葉月くんの為に何もしてあげられなくて……」
「ううん。二人が僕の為に怒ってくれて嬉しかったよ。それに彼方くんが逮捕されなくて本当に良かった」
葉月の震えは止まっており、表情も明るくなっていた。そのことに安堵する。
「あいつの悪事も学校でのことだってんでまともに裁かれなかったんだから、こっちも学生として大目に見られて当然だな」
「悔しい部分はあるけど、なんとか一矢報いられたのは良かったよね。彼方の馬鹿力だし、歯の一本ぐらいは折れたんじゃないかな」
天音としても、警官がある程度理解を示してくれて、葉月も回復したのでいくらか気が休まった。
葉月は天音以上に吹っ切れた様子。
「なんとなくすっきりしたかも。今まで誰のことも恨んじゃいけないって思ってたけど、恐怖症は僕だけのせいじゃなくて、あの人のせいでもあるんだって」
「むしろあいつのせいでしかねーよ。お前は何一つ悪くないんだからな」
天音としても彼方に全面的に同意だ。
「そうそう。葉月くんが恐怖症のフォローをしてもらうのも当然の権利だと思っていいんだよ。責任を感じなきゃいけないのはあの人なんだから」
「ありがとう、天音さん、彼方くん……」
そんな葉月を天音が強く抱きしめる。
「あたしがいる限り、二度と葉月くんを同じ目には遭わせないからね……!」
葉月は辛い経験をしながらも、女性全部を嫌いにはならなかった。
ならば天音は唯一葉月と触れ合える女として彼にとことん尽くすのみだ。
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