第20話「報復」

 日曜日の昼。

 天音は葉月の家のチャイムを鳴らす。

「はい」

「葉月くん、迎えにきたよー」

 あらかじめ準備は整えていたようで、葉月はすぐに出てきた。

 今日は葉月と彼方のショッピングに同行する約束をしている。

 彼方は少し嫌な反応をしたが、そのあと『外で葉月をどうエスコートしてんのか見てやる』というメッセージを送ってきた。

 彼方とは現地で落ち合うことになっているので、葉月を連れて歩き出す。

「最後にゆみやんと一緒に買い物したのっていつだったかなー。学校でいつも会うから、意外と休みの日に会ってないかも」

「そうなんだ。すごく仲良さそうだから休みの日も遊んでるのかと思ってた」

「仲がいいっていうか腐れ縁みたいな? まあ、親友なんだけど――ん……?」

 天音は違和感を覚えて後ろを振り返る。

「どうしたの天音さん?」

「いや、なんか誰かついてきてるような気がして。葉月くんのファンかな?」

 天音の言葉を聞いて、葉月はきょとんとした。

「僕にファンなんているの?」

「え? いないと思ってたの?」

 お互い疑問符ばかりつけて会話をしている。

 そういえば、葉月は天然気味なところがあるのだった。

「僕って単なる高校生なんだけど」

「いやいや。下手なアイドルより綺麗な顔してるんだよ? 学校の女子で葉月くんのこと好きじゃない人の方が珍しいよ」

 分母が少ないだけに全員が好きかもしれない。

 彼方が並び立っているのは知らなかったが、葉月の人気は疑問を挟む余地もない。

「そ、そんなにかな……?」

「そうそう。ゆみやんだって、もし葉月くんから告白されたら絶対乗り換えるって」

 もちろんそんなことはさせないが、例えとしてはそういうことだ。

「じゃあ、僕は天音さんにとって自慢の恋人ってことになるのかな……?」

 葉月はかすかに頬を染めて尋ねてくる。

 これを見ただけでも大半の女子は落ちるはずだ。

「もちろんだよ! あたしが人に自慢できることは葉月くんと付き合ってることだけだからね!」

 自分自身の取り柄がなくて悲しくないかと問われれば、さほど悲しくないと答える。悲しい部分もないではないが、それを打ち消してくれるだけの魅力が葉月にはあるのだ。

 そんなやり取りをしているうちに待ち合わせ場所に着いた。

「彼方って遅刻してきたりしない?」

「僕の知ってる限りじゃそんなことはないよ。彼方くん、しっかりしてるし」

 尊大な態度を見ていると人を待たせても平気だったりしそうに思えたが、案外誠実な人柄なのか。

 彼方の到着を待っていると、急に腕を引っ張られた。

(え!? 何!?)

 声を上げる暇もなく人気のない路地裏まで連れていかれる。

「天音さん!」

 葉月も追ってきたが、そこにいたのは。

「よお。久しぶりだな」

 いかにもガラの悪い男女が数名。その中の何人かには見覚えがある。

「ああ! 前に遊園地で絡んできた不良!」

「絡んだ? テメェが俺にぶつかってカフェオレぶっかけやがったんじゃねえか」

 天音の反応に眉をひそめる不良リーダー。

 確かにきっかけはこちらの不注意だった。

「だから見逃してあげたじゃん。今頃何の用?」

「俺らがやられっぱなしであきらめると思ったのか?」

 どうやらこの前の復讐がしたいらしい。

「葉月くん! 誰か呼びに――」

 言い終わる前に後方も不良の仲間に塞がれた。

 逃げ場はなくなったが。

「こいつどうしま――ッ!」

 天音の腕を掴んでいた不良の男はリーダーに尋ねる途中で、葉月の蹴りを食らいそうになり尻餅をつく。

「天音さんに手を出さないでください」

「クソッ」

 立ち上がった不良は奥に引き下がる。

「何やってんだ!」

「こいつ、こんなナリの癖にクソつええんスよ!」

 リーダーからの叱責に言い訳をする不良。

「そんなこた分かってる! だからこいつらも連れてきたんだろうが」

 嫌な予感がしたが、この場に数人女がいるのは葉月への対策か。

 不良の仲間の女がじりじりと近づいてくる。

「この子、ホントに女には触れられないのよね?」

「ああ、間違いねえ。まともに動けなくなるはずだ」

 どこでそんなことを知ったのか。こうしたタチの悪い連中には、表沙汰になっていない情報を特別に入手するルートがあるのかもしれない。

 いずれにせよまずい状況だ。

 前回は、想像もしていなかった葉月の強さで連中を圧倒できたが、女に触れられてしまうと拒否反応で喧嘩どころではなくなってしまう。

(今度こそ……今度こそ、あたしが葉月くんを守らないと……!)

 親友の前でも、他の女には指一本触れさせないと宣言した。

 役目を果たす時だ。

「女の方はあたしがなんとかするよ。男の方は葉月くんなら楽勝だよね?」

「うん……大丈夫なはず……」

 葉月の目が学園生活での柔和なものから鋭いものに変わる。

 しかし、緊張はしているようだ。やはり近くに女がいることで危機感は覚えているのだろう。

 天音と葉月、男女含めた不良約十名が一斉に動く。

「葉月くんに触ったら許さないよ!」

 不良の女に突進する天音。

「まだ懲りてないなんて。今回は痛い目も見てもらうよ」

 不良の男を投げ飛ばし地面に叩きつける葉月。

「ふん! いくら強くても女が怖いんでしょ!?」

 初めこそ優勢だったが、意図的に用意された人員だけあって女たちが葉月を狙ってきて乱戦となる。

 近くにいた女をぶっ飛ばす天音だが、今度はこちらが男の体当たりを食らう。

 一般人同士ならまだしも、不良をやっているような男に膂力では勝てない。

 せめて何か武術でも習っておくべきだったか。

「天音さん、大丈夫!?」

 葉月は、女から距離を取り、男を打ち倒しながら天音に声をかける。

「だ、大丈夫……。葉月くんこそ気をつけて」

 天音は、葉月に近づかせまいと女の方に向かっていく。だが、その女がスタンガンを取り出した。

(な、しまっ――)

 天音が躱しきれなくなったところで、不良女は手に小石をぶつけられてスタンガンを取り落とす。

「くっ……」

 この小石は不良の男たちを相手にしながら葉月が投げたもの。

 要は身体が接触しなければいいのだ。好意的に近づいてくる女子はともかく、害意を持っている女に遠慮する必要はない。

 敵を前にした葉月は強い。

「天音さんを傷つけるなら、男性でも女性でも容赦はしませんよ」

 葉月がリーダー格の男のみぞおちに拳を打ち込んで倒す。

 さらに先ほどのスタンガンを拾い上げる。

「スタンガンっていうのは本来防犯グッズだからね。こっちが使うのが順当じゃない? これなら身体を直接触れさせなくても女の人を倒せるよ」

 葉月の実力と気迫に不良たちは怯む。

 葉月に対する切り札だった女たちを無力化できれば勝ったも同然。

「まだ続ける?」

 冷めた目で問いかける葉月。

「そうやすやすとは引けねえな……」

 あきらめの悪い連中だ。不良という立場上、なめられるようになるのが困るというのはあるだろうが。

「ぐあッ――」

 路地裏の入口側にいた不良が蹴り飛ばされた。

「何やってるかと思えば、こんな奴らに苦戦してんのか」

 彼方だ。頼もしい援軍が来てくれた。状況も既に察している。

「どうせ男は葉月に勝てねえんだ。俺が女ども全員ぶちのめすぞ」

 彼方は、女に手を上げないなどというポリシーを持った人間ではない。それどころか、女性恐怖症の葉月を守ってきたのだから女相手の方が強気かもしれない。

「ひっ……」

 臆した様子の不良女たちは隅へと後退していく。

 怖いと感じるのは正直天音にも分かる。

 ともあれ、形勢は一気に有利になった。逃げ場を失っているのは彼らの方だ。

「お、俺たちが悪かった……。もう絡まねえから勘弁してくれ……」

 不良たちは彼方に頭を下げた。さすがに反省したらしい。

「悪いと思ってんなら、葉月の前で土下座しろ」

「う……」

「できねえのか」

 鬼のような目で睨む彼方。

「わ、分かった……!」

 男たちは彼方に従う。

「わ、私たちは協力させられてただけで……」

「てめえらもだ!」

「は、はいぃ……!」

 責任逃れしようとしていた女たちも男たちに続いて地に頭をつける。

 謝罪を終えて逃げ去っていく彼らが約束を守るかどうかは微妙なところだが、二度もやられたので勝ち目がないのは悟っただろう。

「彼方、なんでここに?」

 天音の質問に彼方は不機嫌そうな態度で答えた。

「お前はともかく葉月が遅刻なんてするはずねえからな。近くを探し回ってたんだよ」

「やっぱり彼方ってケンカ強いんだ」

「お前にも強くなってもらわねえと困るな。受験勉強が終わったら覚悟しとけよ」

 優実にも指摘されたが、天音は葉月より弱いのだ。

 単に普通の女性との間に入って庇うだけならそれでもいい。遊園地で葉月を誘ってきた女子大生を追い払うぐらいはできた。しかし、天音の振る舞いや葉月の魅力を考慮すると、今後どれだけ危険な人物に狙われるか分かったものではない。

「わ、分かった! 大学にも合格するし強くもなるよ! 葉月くんの為だからね!」

 葉月に指一本触れさせないと豪語したからには、どんな大女が迫ってきても撃退する。そう毎回毎回助けてもらいはしない。

 天音は決意を新たにした。

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