恐怖症克服日誌-over the terror-

第13話「報告」

「――ということになったんだけど」

「図々しい」

　ばっさりと言われた。

「ええ!?　『図々しい』だけ!?　どっか褒めてくんないの!?」

　高校三年、天音たちの教室。

　天音は、自分と葉月の関係を彼方に報告しているところだ。

「お前が葉月と付き合おうなんて図々しいだろうが。別れずに済むだけでもありがたく思え」

　なんだかんだいって、葉月もその気になっていることは察しているらしく、交際自体についての反対はされていない。

「天音、こう言っちゃなんだけど……、釣り合ってないよ？」

「ゆみやんまで！　どっちの味方なの!?」

　釣り合いの話が出るようになったのは大きく前進している証拠だろう。

「ま、まあ、いいもんね。葉月くんが好きになってくれたんだから、外野が何言ったって関係ないよ」

「天音さん、かっこいい……！」

　明らかに一人だけ天音を見る目が違う葉月。

「この逢坂くんが不良を撃退したんだよね……。しかも、あっさり」

「葉月が今までどれだけの恐怖と向き合ってきたと思ってんだ。虚勢（きょせい）を張るしか能のないチンピラごときに後れを取る訳ねえだろ」

　葉月の外見は強そうに見えないが、それ以前に強さを誇示する必要がないのだ。

「何はともあれ、逢坂くんの女性恐怖症も完治したんだよね。これから天音共々よろしく」

「うん。こちらこそ、よろしく」

　優実の差し出した手を握り返す葉月だったが――。

「――ッ！」

　肩を震わせたかと思うと、すぐ手を放して天音の陰に隠れてしまった。

「え……？　あれ……？」

　ポカンとしている優実に、葉月は天音の後ろから顔をのぞかせ謝罪する。

「ご、ごめんなさい。治ったと思ったんだけど……」

「あ、いいよ、気にしないで。ただ――」

　優実は天音の方（ほう）へと視線を移す。

「……天音の後ろに逃げられたのは釈然（しゃくぜん）としないような」

「ドンマイ、ゆみやん。葉月くんと手をつなぐのはあたしだけの特権だから」

「いや、単に握手を……」

　優実の言い分を聞き流しつつ振り返り、天音は葉月の肩を強く抱（だ）いた。

「大丈夫、葉月くんは正しいよ！　あたし以外の女から触（さわ）られそうになったら全部拒否っていいからね！　握手だって葉月くんの手で何妄想してるか分からないんだから」

「そっか……僕は天音さんのものだもんね。他の人には触（ふ）れない方（ほう）が……」

「おいこら天音。調教すんな」

　葉月の肩を抱（だ）いたままの天音が優実に向かって宣言。

「ゆみやん、あたしの葉月くんに指一本でも触（ふ）れたら許さないよ！」

「……何この扱い？　付き合い悪くなるとは言ってたけど、もはや友達ですらないじゃん」

　自分が常時エスコートしていれば、他の女子への恐怖症は完治までいかなくても問題ないという結論だ。

「葉月くん、心配しないでね。あたしがずっと守ってあげるから！」

「天音さん、嬉しい……！」

　ひしと身を寄せ合う二人。

「天音、あんた自分が逢坂くんより弱いの忘れてるんじゃ……」

　しばし沈黙していた彼方が口を挟んでくる。

「指一本触（ふ）れさせないなら、それもいいが。――藤堂、お前葉月と同じ大学行けんのか？」

「え……」

　濁点（だくてん）が付いたような声を返してしまった。

　当然ながら、運動神経でさえ葉月に負けていたというのに勉強で敵（かな）うはずがない。

「日中近くにいなかったら話にならんだろ。今から死ぬ気で勉強してもらおうか」

「じゃ、じゃあ、葉月くんに手取り足取り教えてもらおうかな」

「時間は限られてんだぞ。葉月でないと教えられないレベルになるまでは俺が指導する」

　間違いなくスパルタ教育だろう。

「ひえぇ……」

「ドンマイ、天音」

「ふっ、くくっ……」

　思わず笑えてきてしまうが、希望はある。

「つまり、綾部くんじゃ教えられないレベルになったら、葉月くんからの個別指導でしょ？　やってやろうじゃない！　葉月くん、待ってて。あたし頑張るからね！」

「うん！　天音さん、信じてるから――！」

　こうして天音は、順番こそ前後したものの、葉月と交際する権利を獲得するに相応しい大仕事を請（う）け負（お）うこととなった。