第12話「英雄」
「なんだ、テメェ」
不良のリーダーが、突然現れた邪魔者を睨みつける。
「答えのついでに、こちらからも質問を。――僕の彼女に何かご用ですか?」
「は、葉月くん――!?」
葉月の回答を兼ねた質問に対し、不良が答える素振りはなし。
「こいつの彼氏かよ。恋人のピンチに
「二言多いね。ピンチなんて言ったら自白してるのと同じだよ。あと『颯爽と』が余計」
「テメェ、死にてぇのか!?」
不良のリーダーが葉月に殴りかかるも、足を払われた上、肘鉄砲でその勢いを増されて地面に倒れ込んだ。
「相手が殺す気なら、こっちも遠慮しなくていいよね?」
あっという間に一人片付けてしまった。
(つ、強すぎる……‼ あれ、ホントに葉月くん!?)
確かに気品のある
「てめっ――、よくも兄貴を」
「あんまり
「チィッ!」
焦った様子の男は、
次の瞬間には弾き飛ばされていた。
「なッ――!?」
「こっちとしては武器を出されると困るんだから、そのタイミングで反撃が来るって思わなかったの?」
「な、なんなんだ、てめえ――」
見た目からは想像もつかない葉月の力量に
「僕はただの臆病者。他人に危害を加えて平気な人なら反撃されるぐらい怖くないんだろうけど」
葉月はもう一人の不良を
「そっちの人は右のポケット――、大きさからするとスタンガンかな。時間制限あるんだし手早く終わらせたいよね、使う?」
読まれた通りの行動を取れば先ほどの二の舞だ。
心理的に追い詰められた不良は、天音の
(――! 捕まったら葉月くんの足手まといに――)
いくら葉月が強いとしても、自分だけ逃げるのはどうかと思いその場に
急いで距離を取ろうとする天音だったが、不良の伸ばした手はいとも容易く阻まれる。
動作を見切ったというより、最初から知っていたかのような早業。
「人質は取られた時点で終わりだよ? その警戒が最優先に決まってるじゃない」
「クソッ!」
「ところで、こんなのんびりしてていいの? 兄貴分の人に肩を貸しながら逃げる余裕ある? あの人、足挫いてるから自力で立てないよ」
「テメェ……」
地に伏したままの不良リーダーが苦々しそうに
「あ、兄貴!」
子分がリーダーの身体を支えながら、不良たちは尻尾を巻いて逃げ出した。
「仲間思いで何より。全員倒す手間がなくて助かったよ」
「…………」
圧倒的すぎる勝利だ。あまりの驚きに呆然と立ち尽くす天音。
「天音さん! 大丈夫だった!?」
振り返って天音の心配をする葉月は、いつもと変わらない儚げで可憐な姿だった。
「う、うん、全然なんとも。葉月くんのおかげで」
「よかったぁ……」
葉月は
一体、この
「あっ、そうだ」
何か思い出したように駆けていく葉月。
(あ、あれだけ強かったら怖いものなしなんじゃ……)
葉月の身に何が起こったのか、状況が飲み込めないまま天音も葉月に続いた。
「ご協力ありがとうございました」
おそらく警察への連絡役だったと思われる男性にお礼を言う。
「いや、結局ぼくは何もしてないし。それより君すごいね。遠くから見てたけど、まるで映画のヒーローみたいだったよ」
天音としてもこの男性に全く同意だ。
「僕は違いますよ。本当のヒーローは天音さん」
葉月は天音の
「へ……? あたし? 何もしてないけど……」
「ヒーローの役目は、怖いものに立ち向かって、怖い思いをしてる人を助けることだと思うから」
「それ、たった今君がやったことだよね!?」
通行人の男性が突っ込みたくなるのも無理はない。
帰り道。葉月が超人的な活躍をしてくれたおかげで、明るい雰囲気が戻ってきた。
「僕も、少しは役に立てたかな――?」
「少しどころじゃないよ、大活躍だよ! 葉月くんってホントすごいんだね!」
よく考えたら、葉月は文武両道。つまり武術にも長けているのだ。
「そんなに言うほどじゃ……、天音さんの
「いやいや、あたしこそ普段いきがってる割にいざという時は何もできなかったんだから」
「……自分より弱い人と喧嘩したって怖くない。でも、怒られたり拒絶されたりするのが怖くない人なんていないよ」
ようやく理解した。
――相手が敵だったからだ。
葉月が本当に怖れているのは、自分に好意を持ってくれている人の思いを踏みにじること。だから友達を大切にし、拒否反応が起きてしまう女子には近づけなかった。
初めから悪意しか持っていない不良を撃退するだけなら簡単にできる。
「それなのに天音さんは、彼方くんから厳しいこと言われても、僕に
繊細でいて朗らかな、この笑顔が見たかったのだ。
ちゃんと目的を達成できた。
(やっぱり葉月くんも、女子とデートしたいって思うんだ)
嫌っていないという言葉を疑ってなどいなかったが、心のどこかで『恋愛までは望んでいない』というイメージを
「大学行ったらきっと葉月くん好みの子が向こうからデートに誘ってくるよ! ねえねえ、どんな子がタイプ?」
葉月の人柄が自分の期待通りだと確認できただけでも満足したつもりだったのだが、好みのタイプまで訊きたくなってしまった。
彼方ほど付き合いは長くないが、自分も葉月の親友になれたはず。
今度は自分が葉月と接する先輩として、恋人になる女を指導してやらねば。
(よし、葉月くん好みの女になるだけの理由があるかないかを訊いてやろう)
ちなみにどんな理由かは分かりきっているので訊かない。
「好きなタイプかぁ……。その……天音さんは……?」
回答を兼ねない質問を返された。
「あ、あたし? う、う~ん……」
正直に言っていいものか。しかし、それこそが一番初めに目的としていたことでもある。
「そ、そうだな~。あっ! 葉月くんみたいな子がタイプかも!」
葉月の姿を見て、今気付いたような感じで答えてみた。ついでに『みたいな子』という逃げ道も確保しておく。
自分のようなタイプが好まれていると葉月に知ってもらえれば、そこに意味はあるだろう。
「僕みたいな……。それって、僕本人じゃ駄目……?」
「へっ――? あ、いや、も、もちろん、葉月くん本人だったらベストだよ! ベターじゃなくてベスト!」
これはひょっとするかもしれない。だが、期待するには早い。下手に期待すると、『単に訊いてみただけ』というオチで大ダメージを受けるおそれがある。
「そ、そっか――」
(えええええ――!?)
リハビリの成果でようやく手を握られても大丈夫になった葉月と、全身が密着している。
「うん。やっぱり天音さんなら平気。――ずっとこうしたかった。でも、天音さんの気持ちも分からないし、もし拒否反応が出たらって思うと怖かった……」
そろそろ期待を確信に変えていいのか。
(こ、これは抱き返してもいいの!? 次もあたしとしてくれるの!? 早く教えて――!!)
恐怖症の治り具合を確認しているだけだったら泣くしかない。
一刻も早く本心を聞きたいにも関わらず、時間の流れが遅く感じてしまう生殺し状態だ。
「……僕の好きなタイプは天音さんみたいな人――ううん、天音さん本人じゃないと嫌」
耳元で葉月が囁く。
(は、葉月くんの吐息が――! ってあれ? い、今、あたしのこと好きって――)
さすがに、もう安心していいはずだ。
「も、もしかして、付き合って――、本当に恋人になってくれたりする?」
「天音さんさえよければ」
ついに葉月の了承が得られた為、自分の
(――!!)
葉月が目を
ここまで来れば、誰かにうかがいを立てずとも何を求められているかはっきりと分かる。
天音は、葉月の繊細な心を傷つけぬよう、そっと口づけた。
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