第10話「目的」
天音は、彼方からの許しを得て、葉月にリハビリを締めくくる擬似デートを申し込んだ。
葉月本人も二つ返事で受けてくれた為、今は遊園地の入り口で彼を待っている。
(ホントに来てくれるかな。葉月くん)
待たせては悪いからと約束より早めに来たのだが、その分自分がそわそわしながら待つ時間が長くなってしまった。
(葉月くんが約束破る訳はないけど、今日に限って風邪引いてたり……)
柄にもなくネガティブな思考に陥っているが、それは期待が大きすぎることの裏返しでもある。
天音にとってはデートというのは言葉だけでも格別なものだ。
それはおそらく、ずっと女子らしい扱いを受けてこなかったからだろう。
色気がないことに加え、可愛い服にも小物にも興味がなく、立ち居振る舞いも雑。
小学生の頃は男子と一緒に遊ぶことが多く、他の女子と違って喧嘩になると全力で殴られた。
天音の
弱い者の全力に自分の全力で返したのがまずかったらしく、当時はいじめっ子のイメージが定着していた。
そうしたレッテルを不快に思ったが故に、中学からは人に手を上げることをしなくなったのだ。ある程度の良識を備えた人間にとって傷つける側の立場は決して心地のいいものではない。
(……葉月くんは、誰かに言われなくても人を傷つけたりしたくなかったんだよね)
人一倍傷つけられる経験をして、同じように人を傷つける人間にはならず、優しい心を育んできた葉月は立派だ――そんな
「お待たせ、天音さん」
気付くと葉月が
「葉月くん! 来てくれたんだね!」
なんで来ないかもしれないと思われていたのか分からないといった反応をする葉月。
普段見るきっちり正された制服姿もいいのだが、見慣れないカジュアルな私服姿にはドキドキする。
対して天音の服装について特筆すべき点はなし。しいていえばスカートではなくパンツスタイルということぐらいだが、いつものことだ。
何はともあれ、こうして天音が果たしたいと願った真の目的がどれほど達成されているか――それを確かめる日がやってきた。
「さて、まずは、っと」
天音はスマートフォンを取り出しメモを確認する。
ここまで来て、万が一にも葉月を傷つけるようなことがあってはならない。しっかりエスコートしようと、
「謎解きしながら迷路から脱出してくアトラクションがあるんだけど、どうかな? 葉月くん頭いいし、ぴったりかなって」
「わざわざ僕の為に調べてきてくれたんだ。ありがとう。やっぱり天音さんは優しいなぁ……」
かつては見ることのできなかった満面の笑みを向けてもらい、胸が熱くなる。
最初に選んだアトラクションは週ごとに違ったテーマが設定されているらしく、今回のテーマはファンタジー世界のダンジョン攻略だった。脱出というよりは奥に進む形式だ。
まずは、ルール説明を読んでみる。
『参加者は、冒険者ギルドからの指示に従って迷宮の財宝を探すこととなります。迷宮の各所には取得する道具や進行方向を決定する選択肢が用意されていますので、対応するボタンを押して選択してください。また、ギルド長からの命令は絶対であり、違反すればペナルティが発生します。迷宮内にはモンスターが生息し、タイプは獣・獣人・スライム・機械兵士の四種類です。なお、モンスターはタイプごとに同数存在し、弱点は――』
少し眠くなってきた。
「説明長いね。これ読み終えたらクリアで良くない?」
「まあ、謎解きなんだし……」
葉月との会話でもちょっとした軽口が叩けるようになった喜びは計り知れない。学校の授業中は居眠りしていても、今日一日はばっちり目を覚ましておかなければ。
なんとなくルールを把握して、迷宮内部へ。
「なになに。『第一の命令、冒険者は各々武器を携行し、扉の先に出現するモンスターを可及的速やかに排除せよ』――まずは武器選ぶのか。ん~、どれにしようかな」
選べる武器は三つ。『
それぞれの武器にも説明付き。
「『烈火の太刀は炎属性、氷雪の刀は氷属性――』。……名前で分かるよ!」
「まあまあ」
何かと説明が多い気がする。
「とりあえず『紫電の剣』でいいかなー。単なる電撃じゃなかったり、レイピア型だったりで凝ってるし」
「――ちょっと待って」
設置されている台座のボタンを押そうとしたところで制止された。
「どしたの?」
「四タイプいるモンスターは全部同じ数なんだよね? それで、獣と獣人の弱点が炎で、スライムは氷、機械兵士は雷。つまり、炎がよく効く敵は他の二倍もいるんじゃない?」
「あっ、そうか!」
獣と獣人で似たようなタイプがいると思えば、ちゃんと意味があったらしい。
「だったら、炎使った
対応するボタンを押すと、正面の扉ではなくその横の壁がスライドして道が現れた。
「お、ショートカット?」
「多分だけど――、他のを選んだらペナルティだったんじゃないかな」
「え、そうなの?」
「今ある情報に従えば『烈火の太刀』が一番効率のいい武器なのにそれを選ばなかったら、命令の『可及的速やかに』って部分に違反することになるよ」
「マジで!? てっきり好きなの選んでいいんだと思ったのに」
「命令の意図を
「最初から他の二つ置かなきゃいいじゃん! なんで味方が罠張ってんの!?」
「いい武器を見分けられない人にまでいい武器を与える余裕はない……とか? 軍資金にも限りがあるだろうし」
「
有利な属性でモンスターは速やかに排除されたということらしく、近道を通るとそのまま次のフロアに到着。
奥へと進んでいく。
ほとんど葉月の知恵に頼りきりで、いくつか試練を乗り越えたところ、いかにも迷路らしいフロアに着いた。
「『扉をくぐる度、全ての扉の開閉状態が反転する部屋を移動しながら
今いるスタート地点の部屋は、中央に迷路全体の地図が表示されている台座、四方に隣の部屋へ通じる扉がある。
地図を見れば、現時点でどの部屋のどの扉が
「…………」
さすがの葉月も地図を眺めて固まっている。
「しかもこの部屋に戻らないと地図見れないんでしょ? 今どこにいるかすら分からなくなるよ」
「……ゴールするまでにここは絶対通る……、直前の部屋にはこっちから入るしかない……、そこが閉まってる時開いてるのは――」
「葉月くん?」
「あっ、ごめん。考え込んじゃって……。ストレートにゴールに向かってもいいかな?」
「え? ドアが開いたり閉まったりするからまっすぐは……」
「本当にまっすぐじゃなくて、移動が一番少ない最短ルート」
「そんなの分かるの?」
「実際に動いて地図が見れなくなるぐらいだったら、ここで全部シミュレーションした
自分の頭では一生抜け出せなくなりそうなので教えを
「西に一歩、北に二歩、東に――」
どの方向に何回移動すればいいのか判明したので、
最後の部屋に入ると、背にした扉が閉じると共に迷路の出口が開放された。
「他の今開いてるとこからここに入っても出口は閉まってるんだよね」
「な、なるほどー」
よく考えたら当たり前のことに感心しつつ、最終フロア・財宝の間へ。
「やっぱり葉月くん、学校の勉強だけじゃなくて、ホントに賢いんだよ」
「そ、そうかな……。天音さんにそういってもらえると……」
そうした言葉を交わしていると、正面のスクリーンに迷宮のボスとおぼしきキャラクターの映像が流れる。
『富を求めし冒険者よ。お主らが真の冒険者ならば
「魔王とかじゃなくて番人って感じかー。まあ、あんまり悪い奴出てきてもあれだしね」
もう少しファンタジーの世界に浸るべきなのかもしれないが、現実を忘れるには少々歳を取りすぎたか。
『金・銀・銅いずれか一つの宝箱を選べ』
スクリーンの下を見ると、金の宝箱が五つ、銀の宝箱が三つ、銅の宝箱が一つ置かれていた。
『金の宝箱の一つには百万ゴールド、銀の宝箱の一つには七十万ゴールド、銅の宝箱には二十万ゴールドが入っている。ただし、金と銀については一つを除いて何も入っていない。さあ、己が選ぶべきものを見極めよ』
九つある宝箱からアタリを見つけ出す――それが最後の試練のようだ。
(せっかく葉月くんと来てるんだしクリアしたいとこだけど)
迷宮で財宝を入手すれば、
葉月とお揃いの品を記念に持って帰れるなら頑張りたいところだ。
(見極めろって言われても色以外違いがあるように見えないよ。だったら一つしかない銅の宝箱かな? 金の斧的な? んー、でも財宝とかいうぐらいなのに二十万で妥協はロマンがないか……。それとも額に関係なく同じ景品がもらえる……?)
イメージからすると金の宝箱に挑戦して百万ゴールド入手が理想のエンディングに思える。ただ、ハズレを含んだ五つに違いは見受けられない。
いまひとつ何を基準にすればいいのか分からず途方にくれていると、葉月が宝箱の群れに歩み寄った。
そして開いたのは――。
(銀? なんか中途半端な……。三つ共見分けつかないし)
葉月が迷う素振りもなく選んだ宝箱の中は――空。
(あちゃー。ダメだったかー。でも葉月くんが分からないのにあたしに分かる訳ないか)
まだ他にもアトラクションは残っていると前向きに考えようとしていたところ。
『見事だ。約束通り財宝を譲り渡そう』
財宝の守護者が殊勝な台詞を発すると同時にスクリーン付きの壁が上がって、その先に階段が見えた。
「え……? 空箱だったんじゃ? ていうかあの階段は?」
「天音さん、宝箱の中身をくれるなんて話は出てないよ? 『富を求める冒険者』に対して『真の冒険者』だということを示せって言っただけ」
「そう言われてみるとそうだけど……、なんで銀なの?」
「富を求めることに本気だったら、当然一番得する宝箱を選ばないと」
謙虚にランクの低い銅でもなく、高ランクに挑戦して金でもなく、銀がそれに当たるという。
「銅の宝箱は単純に二十万
「あっ――、そうか」
銀の宝箱には七十万入っていると言われていた。
「理にかなった行動で筋を通したから道が
どうやら階段を登ると本物の財宝にたどり着けるようだ。
「さすが、葉月くん! あたしみたいなバカには真似できないよ」
「そう……かな……? そうじゃないといいんだけど……」
妙に言い
「やっぱりバカは嫌い?」
「そんなことはないけど」
そういえば『バカ』の部分は自他共に認めているのだった。嫌われていないなら良し。
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