第8話「庇護」

 先日の出来事が葉月にかなりの刺激を与えたのは間違いない。

 彼方にも報告・相談した上で、そのの様子は確かめてもらった。

 『一歩間違えていれば、俺がお前を殺すとこだった』と言われたので、一命は取り留めたものと判断できる。

 ともあれ、症状は決して軽くないが体質的な問題と、相手に不快感を与えてしまわないかという不安、それらを解決すれば良いと今後の目標が定まった。


「う~ん。結局あたしは頑張ってる逢坂くんを見てることしかできないのかなぁ……」

「そんなことないよ。藤堂さんが僕の反応見ても受け入れてくれたから頑張れるんだし。それにいざとなったら怖がっても大丈夫なんだって思ったら安心して、前ほど疲れなくなったよ」

 中庭に向かう道を並んで歩く二人。

 放課後、校舎を出た辺りで合流するのが最近の習慣だ。

 ただし、他の女子の目がある為教室からという訳にはいかない。

「そっか。うん。今は練習中なんだし、気を楽にしててね。ゆっくり慣れてけば何も問題ないから」

 特に偏見を持っていないのだから、拒否反応さえ緩和されれば相手に嫌われる心配もなくなる。

「ありがとう。怖がってる時の姿はきっと見るにたえないだろうなってコンプレックスだったから、その……お世辞でも褒めてもらえて嬉しかった……」

 はにかみながらお礼を言う葉月。

 怪我けが功名こうみょうとはこのことだ。しかし、偶然の産物なので、やはり言葉遣いには気を付けなければと反省した。


 そうこうしているうちに到着したのだが。

 いつもと違っていることがある。

「ん? 誰かいる?」

 申し訳ないが立ち退いてもらおうと天音が動き出したところ、その人物がこちらに気付き駆け寄ってきた。

「逢坂くん! やっと会えた」

「え……」

 女子生徒がわざわざ葉月を待っていて声をかけた――、嫌な予感がする。

「校舎の中じゃ全然つかまらないからどうしようかと思って。放課後、中庭の方に来てるって本当だったんだね」

「あ……、う、うん……」

「実は逢坂くんにどうしても伝えたいことがあって――」

 まずい、止めなければ。

「あ、ちょ、ちょっと――」

 だが、制止は間に合わなかった。

「ずっと好きでした! 私と付き合ってください!」

 ありったけの勇気を振りしぼったのだとはっきり分かる声と表情。

 当初天音もするつもりでいた告白だ。しかし、今の葉月には負担が大きすぎる。

「――っ」

 案の定答えにきゅうしている。

 それはそうだ。葉月が本当に怖れているのは女性そのものではない。恐怖症が原因で相手を傷つけることだ。

 ただでさえ、告白して振られたとなると傷つくというのに、震え声で断られたらよほど嫌悪されているのだと感じるだろう。

「駄目かな……?」

 女子の方も不安そうに見つめている。

 対する葉月も脚が震えているようだった。

 怖がってはいけない――その強迫観念がかえって恐怖を増大させているのだ。

 怖いという感覚を悟られてはならないのだから、『もし悟られたら』と考えると恐ろしい。このままでは悪循環である。

 今はまだ、大本の『恐怖症による拒否反応』を改善していく途中。

(なんとか……、なんとかしないと……。今こそあたしが役立たないといけない場面じゃないの……!)

 無理矢理引っ張っていったのでは、相手が相当に傷ついていることは明白で罪悪感にさいなまれるだろう。葉月が相手を傷つけていない状況を作るほかない。

 何か策はないかと苦心する中、はたと気付く。

(あれ、こいつ……)

 天音は、葉月と女子生徒の間に進み出た。

「ちょい横から悪いんだけどさ――」

「……ん? 藤堂?」

 告白の最中だが見知った顔に反応する女子生徒。

「葉月くんはもうあたしと付き合ってるから。ほら、葉月くんも困ってんじゃん」

「ええっ!?」

 もちろんでまかせなのだが、面食らっているようだ。

「ちょっ、そんな話聞いてないんだけど!?」

「ごめんごめん。クラス変わって言い出すタイミングなかったんだよ。大体あんたが葉月くん好きだってのも聞いてないし」

「そっちこそ去年まで色恋沙汰と無縁だったのに!」

「ほっとけ。ていうか中庭来る時あたしも一緒だってのは聞かなかったの? よく確認しなかったあんたも悪いでしょ」

 勢いに任せて軽口を叩きながら、気まずい空気を打破して引き下がらせることに。

「くっ……。私の一大決心はどうしてくれんのよ!」

「悪かったって。今度なんかおごるから。それに勇気を出した経験は無駄にならないよ!」

「先輩面しないでよ! ……でも藤堂が逢坂くんと付き合えるぐらいなら、私だって彼氏の一人や二人すぐできるわよね!」

「その意気、その意気。あんたはやればできる子だから」

「何、その上から目線!? 覚えてなさいよ。――逢坂くん! 藤堂に愛想が尽きたら教えてね!」

 去年天音としていたような言い合いを繰り広げた末、告白が徒労とろうで終わった女子は足早に立ち去った。

「ふぅ……」

 とりあえず最悪の事態は避けられたようなので一息ついたが――。

(……は、葉月くんはどう思ってるだろ……? 勝手に恋人扱いされて……。い、一応、場を丸く収める為だって分かってくれてるかな……?)

 ぎこちない動きで振り返る。

「藤堂さんと付き合って……」

 葉月の様子はというと、目を見開いたままぼーっとしていた。

「あっ、はづ……、逢坂くん! 今のはその――! フリというか、逢坂くんが無理しなくていいように――」

 他にも方法はあったかもしれないと考えると戦々恐々せんせんきょうきょうだが、言ってしまったものは仕方ない。

「はっ……。う、うん。ありがとう。僕、こういう時どんな風に答えたらいいのか分からなくて、藤堂さんがいなかったらどうなってたか……。本当にありがとう……!」

 我に返った葉月の、感謝感激という態度に少々心苦しさを覚える。

「い、いや、ごめんね? 他の方法考える余裕なくて……。馴れ馴れしく下の名前呼んだり……」

 日頃、女子――主に優実相手の時は名前で呼んでいるなどとは言えない。

「馴れ馴れしいなんて、そんなことないよ。ずっと僕が助けてもらってるぐらいなんだし……。それに、なんだかもっと受け入れてもらえた気がして……」

 恥ずかしそうに目を伏せている葉月だが、今までの話からすると喜んでいる――と考えていいような気がする。

 告白されて、相手の好意を踏みにじってはいけないという思いが恐怖にまでなるほどだ。本当は人を大切に思っている。それを理解して、怖がっている姿も含めて受け入れてもらえることを望んでいたのかもしれない。

「じゃあ、これからも葉月くんって呼んでもいいかな?」

 好機と見てつい欲が出てしまった。

「う、うん! もちろん!」

 そしてあっさり承認されてしまった。


「――ということがあったんだけど、問題なさそう? 葉月くんは無理してない?」

 後日、念の為彼方にうかがいを立てることに。

「図々しいが、ちゃんと報告しに来たことは褒めてやる」

 偉そうな物言いに『何、その上から目線!?』と返したくなるが、葉月と接するに当たっては先輩なので厳しい指導にも耐える。

「まあ、元気そうに見えるな」

 葉月のほうへ目をやった彼方は肯定の返事をくれた。

 あくまで葉月の回復が最優先。天音を認める認めないは、それこそ二の次なのだろう。

「それじゃあ、あたしも役に立ったってことでいいかな!?」

 少し調子に乗ってみたつもりだったが、彼方から否定の言葉はなく、なにやら考え込んでいる様子。

「恋人の設定か……。それで実際に告白をあきらめさせたと……。使えるか……? なら一歩踏み込んでも……」

 ブツブツとつぶやいているが、それだけ葉月のことを真剣に考えているに違いない。

「その設定、利用させてもらおうか」

 結論に達したらしく、天音に不敵な視線を送った。

「利用? どゆこと?」

「そもそもこのリハビリはお前に慣れる為のもんじゃねえ。社会生活を円滑えんかつにする為にやってんだ。他の女とも話せる必要がある」

「それは……そうか……」

 残念そうな声を出してしまったが、初めからそういう前提だ。

「そこで、お前の作った設定に基づき他の女子に伝えろ。『自分の彼氏だから、あまり馴れ馴れしくするな』ってな。元々数が少ないんだし時間もかからんだろ」

「――! そうか、それならある程度の距離感を持って話すし、ましてや告白したり身体に触ったりする訳ないよね」

 会話だけなら、体力こそ消耗するが極端な反応は出ない。適宜てきぎ休息を挟めば、いよいよ自然な学園生活が送れる。

「どうせ何も考えてなかったんだろうが、有意義な設定かもしれん。盲点だったな、あえて恋人設定を用意してしまえば、リハビリに協力する気がなくても下手には近づけん。藤堂、その設定は有効活用させてもらう。強気な態度で周知させとけ。ここからは設定を盾にしつつ攻めていくぞ」

「設定設定、連呼されると虚しくなるんだけど……」

「知るか」

「でも、うん。分かった。よし! やってやる!」

 遂に活躍の機会が巡ってきて俄然がぜん意気込みが増した。それと、友達に絶世の美少年が彼氏なのだと自慢するのも楽しみだったり。

「ただ、設定がなくなったあとのことも考えんとな……」

「あ……」

 大学に進学してしまうと、さすがに苦しくなるだろう。天音の存在など知らない者がアプローチしてくるのは目に見えている。

「そうだな、告白を断るマニュアルを作成するか。いくつかのパターンから適当なもんを選んで、練習した通りに喋る。単なる作業にしてしまえば、緊張もせず怖がってる印象も与えないだろ」

 この会話を聞いていたら不満を感じるかもしれないが、確かに、やんわりと断る台詞を徹底的に覚えてしまえば、葉月の物腰も相まってひどい振られ方をした気分にはならないはず。

「なんだか相手に失礼な気もするけど……」

 葉月自身は真面目な性格なので、マニュアル通りにあしらうのは気が引けるのだろう。

「何言ってる。お前の場合、相当な回数になるんだからパターン化するのは当たり前だ。気にする必要ねーよ」

「そんなに何回も告白されないと思うけど……」

 当人は自覚していないが、さまたげるものさえなければ頻繁ひんぱんにされる。間違いない。

「月に一回ぐらいは覚悟しとけ。俺でも年に一回ってことはないからな」

「マジで!?」

 気付いた時には叫んでいた。

「てめえ、俺をなんだと思ってる」

「いやいや、顔は良くても、せいぜいバレンタインのチョコぐらいで、本気で好きとかそんな人はいないと思ってたよ」

 おそらくこちらは、遠慮なく冷淡れいたんな断り方をしているに違いない。

「ひょっとして、葉月くんとセットでそっち系のお姉様がたに人気なの?」

「――? なんの話だ?」

 天音も詳しくは知らない世界だが、彼方は全く知らないらしく、おこりもせずただ首をかしげている。

「あの――」

 例によっての馬鹿話を展開していると、葉月がおずおずと話しかけてきた。

「どうしたの葉月くん?」

「恋人だったら僕も下の名前で呼んだほうがいいかな……?」

「必ずしも――」

「そうだね! そのほうが自然だね! そうしよう、そうしよう」

 彼方の割り込みを阻止して速攻で返答する。

「あ……。じゃあ、これからよろしくね。――天音さん」

 今まで無断で下の名前を呼んでいたのが正式に許諾され、さらには他ならぬ葉月本人から自分の名前を呼んでもらえた。感無量。

(あー、ずっと高三が続かないかなぁ)

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