第2話「恐怖」

「――あいつ女性恐怖症だから」


 結局告白はできず、呆然ぼうぜんとしたまま放課後に。

(女性恐怖症……。あたしが女である限りどうしようもないじゃん……。せっかく告白したあとの反応は色々想定して、どんな振られ方しても立ち直れる体制を整えてたのに……)

 優実の言った通り無謀――うまくいく可能性が低いということぐらいは理解していた。

 分かった上で、それでも自分の好意を伝える意味はあると判断したのだが。

(何、このやるせない気持ち……)

 とぼとぼ歩いて校舎を出たところで、あまりのやるせなさから鞄を丸ごと教室に置き忘れていることに気付いた。

(うわぁ……、かったるい……)

 内心でぼやきながら、仕方なく教室へと引き返す。


 教室の前まで戻ってくると、中から話し声が聞こえてきた。

「ううむ……、どうしたもんか……」

「学力的には俺がギリギリってとこか? 他の連中は?」

「お前以外見込みはないだろうな。成績抜きにしてもそれぞれやりたいことは違うだろうし……」

 担任教師が生徒の誰かから相談を受けているようだ。

(……? 何の話だろ?)

 本人よりむしろ他の生徒の学力が問題になっており、単なる進路相談とは思えない。

 さっさと鞄だけ取っていってもいいのだが、妙に気になってしまったので外から様子をうかがってみる。

「少なくとも今の状態を維持するのは無理か。仮に俺まで落ちたとしたら、葉月がわざわざ大学のレベル下げることに……」

「……そこまで迷惑かけ続ける訳にいかないよ。それに同じとこ来てもらうにしても僕の方が合わせるのが当然だし……」

「でもな、せっかくの才能を――」

 深刻な空気の中、担任と二人の生徒が話し込んでいた。

(葉月くん……!)

 立ち聞きを続けたところ、どうやら葉月が高校を卒業した後のことが問題になっているらしい。

(そうか……。女嫌いのままじゃ普通の大学に行ったり就職したりするのに不都合が……)

 自分が失恋したことばかり嘆いていたが、最も苦しんでいるのは葉月本人だ。

 今まで周りの男友達がフォローして女子生徒と関わらずにやってきたものの、そろそろ限界ということのようだった。

「俺一人でできることは限られてるし、大学で初めて会う奴らが協力的かどうかも分からない。根本的な部分をどうにかするしかないか……」

 そういって葉月の隣でうなっているのは、彼の親友・綾部あやべ彼方かなた

 遠目に見ていた天音も、二人の仲がいいというのは認識している。

 口は悪いが彼方もまた葉月と並んで恥ずかしくない美男子だった。

「そうだな。逢坂の将来を考えるなら、そっちの手助けをする方が建設的だろう」

「何から何まですみません……」

「気にすんなよ。元をたどったらお前の責任じゃないんだからな」

 彼方はやはり全面的に葉月の味方でいるようだ。

「よし、じゃあその方向で何か案を出してくか」

「あんたもたまには教師らしいことをするな」

 天音たちのクラス担任は素行がいいとはいえず、普段の授業やホームルームではあまりやる気があるように見えなかったものだが。

「何を言う、教師のかがみだろうが」

「鑑かどうかはともかく、確かにあんたは教師だな」

「まさか免許持ってるかすら疑ってたのか?」

「俺が言ってんのはそういうことじゃないが。それよりも具体的な解決策だ」

 こっそりと聞き耳を立てていた天音だが、もしも解決してもらえれば自分にもチャンスが巡ってくると、半開きのとびらから身を乗り出して話の行方を見守る。

「慣れる――ぐらいしか思いつかんが……」

「だろうな、慣れる方法を詰めるのが妥当か。葉月も絶対女子と関わりたくないって訳じゃないんだろ?」

「うん……。彼方くんに迷惑かけっぱなしも嫌だし、このままだと女子に対しても失礼だしね……」

 うつむきがちに弱々しく答えているが、それでもなんとか前に進みたいという意志は感じられた。

(あたしバカだな……。ただただこっちのことを拒否してるんだって勝手に決めつけて……)

 葉月が普段の学園生活で、誰に対しても分け隔てなく優しく礼儀正しく接している姿は見てきたはずだというのに。

 おそらく恐怖症さえなければ、その輪の中に女子も加わっていたに違いない。

「慣れるっていっても一朝一夕にできることじゃないからな。徐々にやってく為には事情も知らねえ女相手はまずい。リハビリを前提にして協力する奴じゃねーと」

「そんな都合のいい人は……」

 葉月が、自分を中心に周りが動いてくれて申し訳ないという気持ちをつのらせていたところ――。

「はい、はいっ。あたしやる、リハビリの相手役」

 ラストチャンスとばかりに天音が名乗り出た。

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