31.「ならなそうだ」なのか「ならなさそうだ」なのか

 本作は、「よく見かける間違い」の解説であると同時に、「私自身がよく間違える日本語表現」の備忘録というコンセプトでお送りしております。

 今回はその「私自身がよく間違える」、とある表現について取り上げたいと思います。


 さて、先日の事ですが、以下のような文章を書いていて、ふと違和感を覚えました。


『準備万端整っているので、悪い結果には


 「ならなそうだ」と書いていますが、この『さ』は余分なのでは? と。


 実はこの言い回し、書く度に「『さ』はいるんだっけ? いらないんだっけ?」と毎回考え込んでしまっています。

 語感としては「ならなさそうだ」で覚えてしまっているが、知識としては「ならなそうだ」の方が正しいと感じている……といった具合で。



 以下、実際にはどちらがより適切なのか、解説していきます。


 まず、語尾の「そうだ」ですが、これは様態の意を表す助動詞。『~という様子だ』を表す言葉であり、例えば『雨が降り』のような使い方をします。

 冒頭の例文は否定形ですから、それに合わせて『雨が降りそうだ』を「さ」が入るパターンと入らないパターンの両方で否定形にしてみましょう。


『雨が降らなそうだ』

『雨が降らなさそうだ』


 ――「降らなそうだ」の方が正しいように見えますが、「降らなさそうだ」でも意味は通じそうですね。

 果たして「さ」は入れた方が良いのか、入れない方が良いのか。

 おなじみ「デジタル大辞泉」の「そうだ」の項に、分かりやすい解説が載っていました。


動詞・助動詞などの連用形、形容詞・形容動詞などの語幹に付き、語幹が1音節の形容詞には「さそうだ」、また助動詞「たい」「ない」に付くときは「たそうだ」「なそうだ」の形をとる。様態の意を表す。…というようすだ。今にも…するようなようすだ。「雨が降りそうだ」「彼はいかにもじょうぶそうだ」「自信がなさそうだ」


 つまり、語幹が1音節の形容詞には『さそうだ』の形で付き、助動詞「たい」「ない」に付くときはそれぞれ『たそうだ』『なそうだ』の形で付く、という事のようです。


 『語幹が1音節の形容詞』というと分かりにくいですが、「大辞林」では具体的に『ない』と『よい』の事であると明記されていました。


 しかしそうなると、「たい」と「よい」は分かるとしても、助動詞の「ない」と形容詞の「ない」をどうやって区別すればよいのか? という問題が出てきますね。

 これについては、実は簡単に見分ける方法があります。


 助動詞の「ない」は、助動詞の「ず(ぬ)」の代わりに使われだした言葉、とされています。

 つまり、助動詞の「ない」は「ず(ぬ)」と置き換えても意味が通じる場合がほとんどである、という訳ですね。

 「ず」ですと古語表現に過ぎるので、今回は「ぬ」でいくつかの言葉を置き換えてみましょう。


 「酒は飲ま」は、「酒は飲ま」でも意味は通じるので、助動詞。

 「面倒を見きれ」は、「面倒を見きれ」でも意味は通じるので、助動詞。

 「お金が」は、「お金が」では意味が通じないので、形容詞である事がわかりますね。


 以上を踏まえて、最初の例文に戻ります。

 『準備万端整っているので、悪い結果には』の後半部分から、助動詞「そうだ」の要素を消すと、『悪い結果にはなら』となります。

 「ない」の部分を「ぬ」に変換してみると、『悪い結果にはなら』となり、十分に意味が通じる言い回しになりますので、どうやら助動詞のようですね。


つまり最初の例文はやはり「さ」が余分であり、適切な言い回しは、


『準備万端整っているので、悪い結果には


の方である事になります。

 やっぱり間違っていましたね(苦笑)。



 この「ない」を「ぬ」に置き換える方法も完璧ではありませんが、助動詞なのか形容詞なのか見分ける一つの方法としてはそこそこ有用ですので、覚えておいて損はないと思われます。



 しかし、そもそもの問題として、どうしては私は「ならなさそうだ」という言い回しを使ってしまったのか? 

 考えられるのは、「そういった表現を多く目にしているから」という可能性ですが……少々調べてみたところ、NHK放送文化研究所のwebサイトで気になる記事を発見してしまいました。


「降らなそうだ」? 「降らなさそうだ」?


Q.「降りそうだ」を否定の形にした言い方は、「降らなそうだ」と「降らなさそうだ」のどちらが正しいのでしょうか。


A.伝統的には、「降りそうにない」という言い方をするか、あるいは「降らなそうだ」のように「さ」の入らない形のほうがふつうだとされてきました。しかし実際には「降らなさそうだ」のほうがふさわしいと考える人も多く、両方とも正しいと考えるのが現状に合っているように思います。

https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/141.html



 詳細については、上記URLの解説を読んで頂きたいと思いますが……、どうやら本来は「~なそうだ」となる言葉についても「~なさそうだ」という言い回しを許容する傾向が増しているようです。

 しかしそれも全ての語について共通するものではなく、語感によっては「~なさそうだ」が許容されにくい場合もあるのだとか。


 伝統的に正しい形をとるか、それとも語感として多く受け入れられている形をとるか……どうやら今回も「日本語沼」案件だったようです(苦笑)。

 さしあたって、私は伝統的に正しい形を優先したいと思います。

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