27.やや難しい「恣意的」の使い方

 「恣意的しいてき」という言葉があります。

 これは、『気ままで自分勝手なさま。論理的な必然性がなく、思うままにふるまうさま(デジタル大辞泉)』や『その時々の思いつきで物事を判断するさま(大辞林)』を表す言葉であり、主に『恣意的な判断』のように、何かのルールや論理に基づいているのではなく、自分自身の思うままに振る舞う様子を指す場合に使われます。


 しかしこの「恣意的」という言葉は、あまり日常会話で使われない為か、時折微妙に間違った意味合いで受け取られる事があるようです。

 まずは、以下の例文をお読みください。


「マスコミの恣意的な報道により、事実が捻じ曲げられた」


 さて、冒頭に挙げた「恣意的」の意味からすれば、上記の例文は「マスコミが気ままで自分勝手な報道により、事実を捻じ曲げて伝えてしまった」というような意味になるかと思います。もっと噛み砕いて言えば「マスコミの好き勝手な報道~」となるでしょうか?


 ですが、時折この例文のような「恣意的」を「意図的」と同義と解釈してしまう方がいらっしゃるようです。

 「意図的」とは、『ある目的を持って、わざとそうするさま』の事。これに従って上記例文を解釈すると、「マスコミがある目的を持って事実を捻じ曲げて報道した」となってしまい、少々ニュアンスが変わってきてしまいますね。


 とは言え、「恣意的」と「意図的」には共通するニュアンスが存在するのも確かです。

 例えば、上記の例文の場合、マスコミ(記者)が自分自身の意志で事実を捻じ曲げようとしていた場合には、「恣意的」も「意図的」も両方使えるかと思います。「勝手気まま」なのか「目的があって」なのかの違いはありますが、どちらも「自分がそうしたいからそうする」という意味合いがあります。


 ですが、例えば記者が誰かからの圧力を受けて嫌々ながら事実を捻じ曲げて報道しなければならなかった場合には、「意図的」とは言えますが、「恣意的」という言葉は似つかわしくないように思えます。

 ですので、何か明確な目的の為の言動ならば「意図的」、自分自身の自由意志や思いつきに基づいた言動ならば「恣意的」、のように使い分けるとニュアンスが伝わりやすいかと思われます。

 「恣意的≠意図的」ではなく「恣意的≒意図的」、という事ですね。



 余談ですが、2016年の11月頃に、web上でこの「恣意的」という言葉が話題になった事がありました。

 実は「恣意的」は、ある学術用語の訳が由来となって「偶然的(偶然性)」という意味で使われる事もあるのですが、それを根拠に「『恣意的』を意図的に近い意味で使うのは誤用」という俗説を広める方々がにわかに増えたのだとか。

 上記の通り、「恣意的」には「意図的」に近いニュアンスも存在しますので、何故そのような俗説が広まってしまったのか……謎です。


 その際、Twitter上で国語辞典編纂者の飯間浩明氏が非常に分かりやすいご指摘・解説をされていましたので、参考までにURLを掲載しておきます。「恣意的≠意図的」ではなく「恣意的≒意図的」である理由も、分かりやすく解説されています。

https://twitter.com/IIMA_Hiroaki/status/799592063813591040


 しかし、この飯間氏のツイートに対する諸氏の反応を眺めていると、「いや、やっぱり恣意的と意図的は全然別物だ」とか「恣意的と意図的は完全イコールでもいい」というようなご意見も散見され(しかもそこそこ根拠がある)……日本語という名の大海原は、本当に広大なのだな、と思い知ってしまいます。

 私の解釈は上述の通りですが、異論もあるのだという事をご認識の上、「恣意的」という言葉とお付き合い願えればと思います。

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