25.間違えるのには理由がある「にもかかわらず」の漢字表記
「~にもかかわらず」という言い回しがあります。
これは、『その事柄に反する結果になることを表す』言葉であり、「デジタル大辞泉」の語釈・解説では、
”
1 前述の事柄を受けて、それと相反する行動をとる意を表す。…であるのに。「雨―出かける」「あれほど固く約束した―姿を現さない」
2 (接続詞的に用いて)それなのに。しかし。「疲れがひどかった。―、がんばった」
”
とされています。接続詞「~なのに」とほぼ同義ですね。
この「~にもかかわらず」は、漢字で書いた場合「~にも拘らず」となりますが、時折これを「~にも関わらず」と書いている方をお見かけします。
確かに、「かかわらず」の原形である「かかわる」を辞書で引くと、『関わる』『係わる』『拘る』の三つの漢字が当てられている事が殆どですので、一見すると「~にも関わらず」でも間違いではないようにも思えます。
しかし、殆どの辞書には「にも関わらず」という表記は無く、「にも拘らず」のみが掲載されています(辞書によっては「係わらず」も併記アリ)。
これは、そもそも「拘らず」が漢文の「不拘」に由来している表現であるからのようです。
この「不拘」という言葉は、現代中国語においても接続詞として使われる場合は、『~であろうとも』『~であろうがなかろうが』という意味になるそうですので、日本語における「~に拘らず」と比較的近いニュアンスである事がうかがえます。
また、そもそも『関わる』『係わる』『拘る』は同じ「かかわる」で項目が立てられている事が多いのですが、『拘る』は『関わる』『係わる』のように『関係をもつ』『つながりをもつ』とは少々異なるニュアンスを持った言葉です。
どちらかと言えば、「つまらない事に
この点を頭に入れておくと、「拘らず」という言葉のニュアンスも理解しやすいのではないかと思われます。
さて、上記の通り「~にもかかわらず」は「~にも拘らず」と書く方が適切と言えるのですが……パソコンやスマートフォンをお使いの皆様、「にもかかわらず」と入力して、一発変換で「にも拘らず」となるでしょうか? おそらく、ウィンドウズ標準のものやスマートフォン標準の多くの日本語入力システムでは、「にも拘らず」へ一発変換出来ないのではないかと思われます。
私も「Microsoft IME」と「Google日本語入力」、「FSKAREN」等で変換を試してみましたが、いずれも一発変換出来ませんでした。むしろ、「にも関わらず」の方が変換候補上位に来るものもあった始末です。
iOSの日本語キーボードではなんと、変換候補に誤記である「にも関わらず」しか表示されないという体たらく……(2022年4月現在も直っていません)。
そのせいか、iPhone・iPadユーザーの方は特に「にも拘らず」という本来適切な表記に辿り着けていないようです。
何故、本来の表記である「にも拘らず」がうまく変換されないのか?
実はこの「拘らず」という表記は、常用漢字表の「読み方」からは省かれています。その為、公的な文書などの多くでは、漢字表記せずに「かかわらず」と書かれる事が殆どです。
おそらくですが、日本語入力システムで「拘らず」の変換優先度が低いのは、その辺りが関わっているのではないかと思われます。
『15.変換機能のイタズラ――間違われやすい「同音異義語」』でも書きましたが、近年の日本語入力システムの変換精度は、以前とは比べ物にならない位に良くなっており、信頼性が高まっています。しかしこの「拘らず」のように、システム側で優先度が低く設定されている語句がある場合も考えられますので、盲信せずに上手に付き合っていきたいですね。
【今回のまとめ】
・「~にもかかわらず」の漢字表記は、通常「にも拘らず」を使う。
・「にも拘らず」は漢文の「不拘」に由来するとされる。
・「にも関わらず」という表記は、多くの場合、誤変換や誤記と思われる。
日本語に「正解」はありません。
本稿の内容を踏まえて、今回取り上げた言葉が様々な出版物でどのような使われ方をしているのか実際にチェックして、常に「生きた日本語」を意識しましょう。
(2020/4 追記)
以前、本稿に対して「青空文庫に収蔵されている夏目漱石の『文芸の哲学的基礎』では、『~にも関わらず』という表記があった」とのご指摘を頂いた事がありますので、追記という形でご返答いたします。
青空文庫収蔵の夏目漱石作品をざっとではありますがチェックしたところ、殆どの作品では「~にもかかわらず」と、ひらがな表記がされている事を確認しました。
確かに一部に「~にも関わらず」の表記を確認しましたが、同時代の作家の作品も「~にもかかわらず」か「~にも拘らず」が多数となっています。
そもそも、夏目漱石の作品は本来は旧字体でありながらも、青空文庫に収蔵されている作品の多くは、昭和以降に(出版社が)新字体に改めたものを底本としており、「文芸の哲学的基礎」も新字体のものが収蔵されています。
そして新字体に改められた際、漢字表記についても改変がなされているものを、いくつか確認しております。
そういった事情を鑑みますと、「漱石も『~にも関わらず』を使っていた」とするには、少々無理があるように思われます。
実際、例えば同じく青空文庫収蔵の泉鏡花「海城発電」において、「新字旧仮名」版では、
”
次第に迫るにもかかはらず眉宇一点の懸念なく
”
と「かかはらず」表記となっているものが、「新字新仮名」版では、
”
次第に迫るにも関わらず眉宇一点の懸念なく
”
と「関わらず」表記になってしまっているのを、確認しております。
青空文庫での入力・校正の漏れなのか、それとも底本の段階でそうなっていたのかは不明ですが、「新字旧仮名」版の表記が誤記でないのならば、「新字新仮名」版で表記が変わってしまったことになります。
旧字体版の「文芸の哲学的基礎」がどうなっているのかは今のところ不明ですが、どちらにせよ漱石の他の作品や同時代の作家の作品を見渡す限り、「にも関わらず」という表記は一般的ではなかったように見えます。
青空文庫ではなく、書籍で戦前の文学作品をもっと丹念に見渡せば、より多くの使用例が出てくるかもしれませんが、現時点では「にも関わらず」という表記よりも、「にも拘らず」という表記が適切である、というスタンスで、本稿を掲載し続けたいと思います。
(追記ここまで)
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