21.文脈で意味が変わってしまう「適当」

 「適当」という言葉を聞いて、皆さんはどのような意味に捉えるでしょうか?

 恐らくは『いい加減』という意味で捉える方が多いでしょうが、「適当」本来の意味は『うまくあてはまること』や『ふさわしい』です。かと言って、『いい加減』の方も決して間違いとは言えません。


 お馴染み「デジタル大辞泉」を参照すると、


1 ある条件・目的・要求などに、うまくあてはまること。かなっていること。ふさわしいこと。また、そのさま。「工場の建設に―な土地」「この仕事に―する人材」

2 程度などが、ほどよいこと。また、そのさま。「調味料を―に加える」「一日の―な仕事量」

3 やり方などが、いいかげんであること。また、そのさま。悪い意味で用いられる。「客を―にあしらう」「―な返事でごまかす」


『うまくあてはまること』と『いい加減』、その両方が記載されています。殆どの大手辞書でも同様、どちらの意味も語釈にあります。私がチェックした限りでは、『いい加減』という意味を「誤用」と定義しているものはありませんでした。

 と同時に、何故本来の『うまくあてはまること』とは正反対とも言える『いい加減』という意味も含むようになったのか、その理由について明示している辞書も見かけませんでした。


 その理由について、私も以前様々な説を目にしましたが、どれも「俗説」の域を出ないものばかりでしたので、ここで紹介するのは控えることとします。

 代わりに私見を申し上げると、上記意味2がヒントになっているように思えます。定型的ではない、「その場その場に合わせた」というニュアンスが、いつしか「その場限り」という意味に変遷し、意味3のような『いい加減』に化けていったのではないか……と。あくまでも私見ですので、まあ、参考までに。



 さて、上記の通り、「適当」には『うまくあてはまること』と『いい加減』両方の意味がありますので、文章に登場した際にどちらの意味で使われているのかは、文脈で判断しなくてはいけません。例えば、


『悲しむ彼にかけるべき適当な言葉が、僕には思い浮かばなかった』


と書かれていた場合、これは『いい加減』という意味ではなく、(慰めたり励ましたりするのに)『ふさわしい』という意味での「適当」だと判断できます。では、次の場合はどうでしょうか?


『彼の答えは適当だった』


 この一文だけですと、どちらの意味か判断しかねますね。恐らくは『いい加減』と受け取る方の方が多いでしょうが、実際のところは前後の文脈で判断するしかありません。どういった状況なのか分からないと、「適当」の意味も判断しかねる訳です。

 例えば、


『彼の答えは適当だった。火に油を注ぐような彼の言葉に、群衆の怒りは頂点に達しつつあった』


でしたら「彼がいい加減な答えを言った」のだと判断が付きますね。逆に、


『彼の答えは適当だった。僕が彼と同じ立場でも、同じ答えを返すだろう』


ですと、『いい加減』ではなく『ふさわしい』方の「適当」であるように見えます。


 「適当」という言葉を使う場合には、前後の状況やニュアンスを伝える要素を併記した方が良い、という事ですね。

 また、「この『適当』の使い方は誤解を招きそうだな」と感じたら、無理せず同じような意味の別の言葉(例えば「適切」など)に置き換えた方が無難かもしれません。適当にならないよう、適当な文章を心がけましょう(さて、これら「適当」はそれぞれどちらの意味でしょうか?)。

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