20.何故か逆の意味で使われがちな「おもむろに」と「やおら」
「おもむろに(徐に)」という言葉があります。
これは、『落ち着いて、ゆっくりと行動するさま』を表す言葉であり、例えば、「おもむろに立ち上がる」ですとか「おもむろに取り出す」ですとか、主に急ではない動作を表す時に使われます。
しかしながら、文化庁が平成26年度に行った調査では、実に40.8パーセントの方が、「不意に」という意味で使っているという結果が出たのだとか。
「ゆっくり」と「不意に」では、ほぼ正反対の意味になってしまいますね。上記例などは、「不意に立ち上がる」「不意に取り出す」という意味になってしまい、ニュアンスが全く変わってしまいます。
この現象は、「おもむろに」とほぼ同じ意味である「やおら」にも見受けられるらしく、こちらについても43.7パーセントの方が『急に、いきなり』という意味で使ってしまっているのだとか。
(※平成18年度文化庁調べ)
実際、つい最近も次のような文章を見かけた覚えがあります。
”
「やってられるか!」
激高した太郎は、やおら立ち上がるとそのままどこかに行ってしまった。
”
激高していたはずの太郎が「ゆっくり」立ち上がるとは考えにくく、恐らくは筆者さんが「急に」というニュアンスで「やおら」を使っているのだと思われます。
何故ここまで広く、「おもむろに」と「やおら」が、ほぼ反対の意味として使われてしまっているのか? 残念ながら、その原因についてはっきりした事は分かりません。「やおら」については、「文化庁月報」平成25年1月号(No.532)の「言葉のQ&A」という連載記事に、興味深い考察が掲載されていましたので、ご参考までにURLを紹介しておきます。
http://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2013_01/series_10/series_10.html
上記記事では、「やおら」の誤用がかなり以前から存在していた事実と、文脈上「やおら」が他の意味にも受け取れてしまう文章が原因の一つではないか、という説が紹介されています。「おもむろに」の誤用も同様ではないか、という見解も。
文章の意味の振れ幅が読者の誤解を招いた、という説には「なるほど」と思わされました。と同時に、「もしかしたら自分もそういう文章を量産していないかな?」と思い、チェックしてみると……見つかりました。
下記は、拙著「そらにみつ」の一節です(宣伝)。
”
「ちょっと近道するぞ」
「へ? 近道?」
訳が分からないといった表情の薫子には答えず、大和はおもむろにトイレの奥の壁に豪快な蹴りを放った。
”
ほんの抜粋なので少々わかりにくいかもしれませんが、上記は主人公の大和が、炎上するビルから薫子さんを連れて脱出する為に、有り余るパワーでもって壁を蹴り破る場面を描いています(そういうちょっとおバカな作品なんです、すいません)。
このシーンでは、『近道するぞ』とわざわざ前置きしているように、大和は予め考えていた動作を実行に移しています。そういったニュアンスを強調する為に、「おもむろに」という言葉を使っているのですが……確かにこの文脈ですと、「おもむろに」が他の意味にも読めてしまう可能性もあります。
例えば、このシーンを薫子さん視点で見た場合。大和は、薫子さんの質問には答えないで蹴りを放っています。薫子さんにしてみれば、「大和が不意に壁を蹴った」と感じてもおかしくない訳ですね。となると、そういった意味で捉える読者さんがいらっしゃっても不思議ではありません。
表現の緩さは、日本語の魅力の一つですが、それが欠点にならないように、書く側は細心の注意を払うべきなのかもしれませんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます