番外編:硬直した「正しさ」よりも、「伝わりやすさ」を
前回、「歴史小説の中で新語が使われていて思わずガックリ」みたいなお話をしましたが、同時に『「厳密な時代考証」も度が過ぎると「登場人物が全編に渡って古語で会話する」等という、読者に過剰な読み取り能力を強いる作品が出来上がってしまう』という事も話題に挙げました。
古典歌舞伎を更に難解にしたような会話が飛び交う小説……それはそれでもちろん面白そうであり、「時代」感も出るかもしれませんが、読者としては中々に「たまったものではない」ですよね。
殆どの歴史小説における会話文は、言葉や口調に最低限の配慮をしつつも、基本的には現代文に近い文体で書かれている事が殆どです。これには色々な理由があるかと思いますが、やはり一番は「読者の読みやすさ」への配慮でしょう。いくら時代考証的に「正しい」言葉だけを使っていても、殆どの読者にとってチンプンカンプンでは意味がありません。
言語学者でもあった作家トールキンは、自著「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」の各国語への翻訳にあたって、英語起源の地名や固有名詞の現地語への翻訳を推奨したそうです。日本語版で例を挙げると――
"Middle-earth"は「中つ国」に
"Rivendell"は「裂け谷」に
"Sting"は「つらぬき丸」に
"Strider"は「馳夫」に
それぞれ翻訳されています。上二つは劇場版でもそのまま使われていましたが、下二つは少々ダサ過ぎたのか(失礼)それぞれ「スティング」と「ストライダー」とそのまま音写して使用されていましたね。でも、元々の訳も原意にきちんと沿っていて分かりやすいのは確かです。地名や固有名詞は通常は音写されるところですが、そこをあえて意訳を推奨したトールキンは、真実「読者に伝える事」を優先した作家だった、という事なのでしょう。
こういった「対象とする読者に伝わりやすいようにあえて本来の表現から変更する」という配慮は、例えば一般作品を児童向けに翻案した場合などにも見受けられる傾向です。伝わりにくい固有名詞や専門用語などを平易な言葉に置き換えたり、時には話の筋が変わらない程度に台詞などを書き換えてしまったり。「原典」を重視する方の中には、「本来の意味が伝わらないのではないか」と、こういった翻案を批判する向きもあるようですが、本来の意味以前に物語自体が伝わらないのでは本末転倒、「正しさ」に拘りすぎて「誰に伝えたいか」を忘れては読んでさえもらえないのではないかと思います。
余談ですが、「指輪物語」の主人公フロド・バギンズの名前も、実は作中世界の言語における元々の名前を英語系言語っぽく「意訳」したものなのだとか。トールキンの拘り恐るべしですね。
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