2.感情は「沸く」こともあるが、どちらかと言えば「湧く」

 実質上の第一回となる今回は、軽いのような話題を取り扱いたいと思います。人によっては「え、そんな間違いする人いるの?」と思われるかもしれませんが、言葉の間違いというのは案外簡単な部分に多いもの。その一例を挨拶代わりに紹介しますので、ご一読願えればと思います。


 さて、先日カクヨム内の投稿作品を眺めていたところ、次のような文章と出会いました。


『それで僕に優しい感情が沸いてくるなんてことは無い』


 「優しい感情が沸く」――微妙におかしなことになっていますね。最初は変換ミスかとも思いましたが、同じような表現が作品内で複数見受けられましたので、恐らく作者さんが誤用されているのだと思います。


 気になってweb上を検索してみると……同じような誤用をされている方がちらほらと。


 「沸く」というのは「沸騰ふっとう」という言葉からも分かるように『熱せられて沸き立つ』という意味。人間の感情の発露に対して使う事もありますが、それは例えば、「選手達の見事なプレーに会場が沸いた」というような感情の高ぶりや熱狂を表す時のみに使うのが、通常の用法のようです。「沸いた」の部分を「熱狂した」とてみると分かりやすいかと思います。


「選手達の見事なプレーに会場が沸いた」

 ↓

「選手達の見事なプレーに会場が熱狂した」


 ほぼ同じ意味になっている事が、お分かりになるかと思います。逆に冒頭の例文を言い換えてみると、「優しい感情が熱狂してくる」とかなりおかしなことになってしまいますね。


 言うまでもなく、「感情が」と言った場合に使用する漢字は「湧く」です。「湧く」は「湧き水」等の言葉に使われるように、『(地中から)生じる』『発生する』という意味の言葉。ですので、「アイディアが湧く」「興味が湧く」と言った場合もこちらを使用します。


 この「沸く」と「湧く」のような「同音異字」は、間違って使われやすい言葉の一つです。他にも「越える/超える」や「奨める/薦める」等が、間違えやすい例でしょうか? こういった「同音異字」について「あれ? どっちが正しいの?」と迷った際には、上記のように「言い換え」を試してみる事をお奨めします。



 ただし、非常にややこしい話なのですが、一部の辞書では「沸く」は「湧く」と同語源だという記述も……。元々は同じ意味として使われてきた言葉がいつの間にか使い分けされたのか、もしくは漢字を当てはめられた時に分化したのか、はたまた全く別の経緯で違う意味の言葉となってしまったのか、その詳細は語学の専門家に尋ねるしかなさそうです。「語学沼へようこそ!」と言った所でしょうか。



 余談ですが、先日某テレビ局のニュース番組を何気なく観ていたら、「庶民的な発言に親近感が沸く」というテロップが表示され、思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまいました。単純な変換ミスなのでしょうが、正確性が求められるニュース番組でこの手の間違いをされると、何とも言えない気分になりますね。



【今回のまとめ】

・「感情がわく」といった場合は、基本的に「湧く」を使う。

・「沸く」は、主に 興奮した事を表す際に使われる。

・「湧く」と「沸く」は、一般的に同語源とされる。



 日本語に「正解」はありません。日々刻刻ひびこくこくとその意味やニュアンスが変わっていきます。

 本稿の内容を踏まえて、今回取り上げた言葉が様々な出版物でどのような使われ方をしているのか実際にチェックして、常に「生きた日本語」を意識しましょう。

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