第10話 収束する物語

「凛花?」

 いつも稜の話し相手になってくれている結城夢ゆうきゆめさんが僕の名前を訝しげに呟く。

 僕は学校にいる間は体の主導権を稜に預けている。

 というのも、僕はかなりのコミュ障で稜以外の人(人?)とコミュニケーションが全くと言っていい程にとれないからだ。

 彼女は、そんなんじゃ、あんたいつまで経っても………、と説教をするが、結局満更でもない様子で僕の代わりにスクールライフをエンジョイしてくれている。

 有難いことだ。

 時折、僕本来の気の弱さが顔をだすこともあるが、その言動と態度のギャップが萌える、とかで学校内での立場は悪くはない。


「貴女は………」


 眼前の小学生くらいの少女が目を細めて僕を見ている。

 厳密には僕に取り憑いた稜を彼女は見つめている。

「確かこの前私に声を掛けてきたお姉さん、だよね? どうして、私の邪魔をする

の?」

 彼女の問い掛けに稜は、

「別に邪魔をしている訳じゃないわよ。あんたがあたしの友達に何をしようとしていたのか知りたいだけ」

 挑むような声音で少女に答える。

 彼女は、ふ~ん、というと、

「私は、おかあさんに名前をつけて欲しかっただけなんだ。別にどうにかしようとしていた訳じゃ―――」

「あんた、自分がどういう存在か理解していないようね」

「―――え?」

 自らの発言を遮った稜の言葉にきょとんとした表情を浮かべている。

「つまり、あんたは夢の押さえ込んだ感情が形を持った生霊―――もっと正確な言葉を用いるならドッペルゲンガーよ。あんたは無意識のうちに回りに悪影響を及ぼしているの。

 ほら、この間、男子生徒がナイフで自分の首を突き刺して死んじゃった事件があったでしょ?

 あの子は間違いなくあんたの影響を受けてる」

 そんな、とその場にへたり込む少女。

 本当に自覚がなかったらしい。

「ということは、彼が―――近藤くんが自殺したのは、わたしのせい?」

 僕の名前を呼んで以来、沈黙を守ってきた夢さんが声を震わしてそう僕に訊ねる。

 厳密には、僕に取り憑いた稜に。

「別にあんたが悪いわけじゃないよ、夢。

 きっとあの子はもともと自殺願望を抱いていたんだと思う。じゃなきゃ、いきなり公衆の面前であんなことしないよ。

 今回のは、彼女が背中を――無自覚ながらも―――押してしまったのが決定打になってしまったのよ。運悪くね」

「でも―――」

「夢。少し静かにして」

 何か言いたげな夢さんを制止して、少女の許に歩みだす。

 彼女の眼前に到着するとしゃがみこんで視線を合わせ稜は、

「あんたは名前をつけて貰えればそれで満足するのよね?」

 そう問い掛けた。

 それに少女はゆっくりと首肯する。

「夢。この子に名前をつけてあげて。あなたの真心のこもった名前を」

 少しの沈黙を経た後に夢さんは立ち上がり、少女のところへ向かう。

 自らのドッペルゲンガーの許へと確かな足取りで。

 稜は―――正確には僕だけれど―――邪魔者は退散とばかりに立ち上がり少し距離をとるように離れた。

 夢さんは少女の許にたどり着くとその場でしゃがみ彼女の視線に自らの視線を合わせる。

「わたし、自分でも気が付かないうちにいろいろ溜め込んでたんだね。そして、あなたを無責任にも産み出してしまった。

 御免なさい。

 あなたの名前は、はかなよ。

 わたしの昏い感情を受け止めてくれた優しい子。

 本当に御免なさい」

「やっと、私、名前を―――」

 夢さんの懺悔の後、儚ちゃんは本当に嬉しそうに呟いて、消えていった。


「よし、これで一件落着」


 稜はそれだけ言うと呆然とする夢さんを残して歩き出す。

 僕たちの家に向けて。

 それにしても、と僕は思う。

 ドッペルゲンガーてやつは三度見たら死ぬとかいう物騒な話が有名だけどあれはなんなのだろう?

 そう、稜に訊くと、

「あんた、馬鹿ね。あんなもん一度見ようが三度見ようが死ぬときゃ死ぬわよ」

 よくわからない。

「つまりね、人間っていう生き物は自分の嫌なものに対しては蓋をしてしまいがちになるのよ。

 それが、本当に嫌なものなら尚更ね。

 ほら、人間って見たいものしか見ない生き物だから。

 そうやって蓄積されていったものが像を結ぶとドッペルゲンガーになる。

 さて、ここで問題です。

 必死に目を瞑ってきたモノがいきなり眼前に―――そりゃあ、もうリアルに顕れたら、人間はどうなっちゃうでしょうか?」

 なんとなくわかったような気がする。

 逃避だ。

 それも、そんなものが追ってこれない場所まで逃げる。

 つまり―――

「自殺するってことか」

「そういうこと」

 なんだか落ち着かない気分になってきた。

 だって、それは誰にでも起き得ることだからだ。

 明日、僕のドッペルゲンガーが顕れるのかもしれない。

 それは、誰にもわからない。

 そのとき、僕はうまく対処できるだろうか?

 正直、自信がない。

「大丈夫よ―――」

 相棒の声が頭に響く。

「―――あんたにはあたしが憑いているんだから」

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