ようこそ無限罪の楽園へ

雨後の筍

おいで、ここが僕たちの楽園さ

【グリザイユ】

【最高速の】

【ハッピーエンド症候群】

【リフレイン】




さあ、始めよう。僕が主役の茶番騒ぎを。




「私は思ったの。私たちは全員幸せになるべきだわ。だってこんなに今まで不幸な目に遭ってきたんですもの。報われるべきに決まってるわ」


 彼女が以前にそう言ったのはいつのことだったか。もしかしたら言っていないかもしれないけれど、彼女ならきっといかにも悲劇のヒロインぶってそんなことを言ってのけたのだろう。

 今回は僕の勘違いだったようで、彼女はこれを初めて口に出したそうだ。だが、どうにも聞き覚えがあっていけない。寝不足なのかもしれないな。

 まぁ、僕からすればナンセンスであり、彼女以外のみんなも最初はそれを白眼視していたと記憶しているのだが、気づけばみんな彼女と同じ考え方になってしまったようだ。その間の過程が抜けているのでこれも覚え間違いかも知れない。僕が否定派だったからそう受け取りたがっただけな気もする。

 でも、なぜそうも狂おしいほどにハッピーエンドを求めるのだろうか。

 俗に言うハッピーエンド症候群というやつなのだ。確かに彼女たちの境遇からすれば当然の結論なのかもしれないが、少しばかりお花畑過ぎやしないか。

 色褪せた生の果てに手に入れた鮮烈なまでの青春体験は、彼女たちに更なる幸福の追求という夢を抱かせたのだろう。

 ナンセンス。そうナンセンス! 結末なんて分かりきっている!

 不幸のもとに生まれた彼女たちが幸福のもとに生きることなど許されるわけがない。

 いや、なぜ僕はそう思うのだったか。どうしてだか彼女たちが幸せになる未来など欠片も想像できないのだ。彼女たちに相応しいのは常に悲惨な末路であり、それは殺人や強姦の被害に遭う者から、中絶、DV、流産、不治の病、植物人間化、ありとあらゆる敬遠されるべき結末が思い浮かぶ。

 本来ならあんなにも輝く美しい少女たちを眺めてこんなことを思い浮かべる僕は異常者なのだろう。だが、どうにもそれらの未来は遠くないところにあるようであり、なんの違和感も感じさせることなく彼女たちに似合いなのである。

 特に件の彼女と一緒に過ごしている時に一番これらの妄想の断片が頭に過ぎる。それは、ある時は血まみれで路地裏に倒れ伏す彼女であったり、あるいは男たちに囲まれて瞳から光の消えた彼女の姿であったりする。

 それらのイメージはまるでリフレインのように僕に定期的に、あるいは不意に訪れるのだ。

 デジャブ、なわけがない。なぜなら僕の今までの対して明るくない人生においても、そこまで暗い現場に出くわしたことはないからだ。確かに自分が世間からすればよっぽど恵まれない人生を歩んできたことは自覚しているが、だからといって比較する対象が悪いとしか言いようがない。

 全く、こうやって彼女たちを貶める思考をする僕こそがナンセンスだ!


「青春は長くない。命短し恋せよ乙女。逃した魚は大きい」


 物静かな彼女も言う。彼女は常に言葉足らずだが、自然と言いたいことは伝わって来る。

 今のこの幸福を逃すことなく享受しきれと言いたいのだ。だが、それは希望的観測を前提にしてやいないだろうか。

 いつまでもこの幸福が続くと盲信しているようにしか思えない。

 あの理知的なはずの彼女ですらだ。本来の彼女ならば、そんなことを言いはしても肯定的な意見として呟くことはなかっただろう。

 何かが食い違っている。僕の思考回路は狂ってしまっているのか。彼女は確かに理知的だが、僕が判断できるほどクールでドライな人間ではなかった気もする。

 むしろ、幸福主義者の彼女と仲良く穏やかに微笑む暖かい人間だったような気もする。いや、確かにそうだ。何を思って彼女はそれを否定的に捉えるはずだと早合点していたのか。

 それこそナンセンスだ。


「そうね、報われるべき、とまでは言わないにしても人並みの幸せってものがあるといいわねぇ」


 そういう大人な彼女も、言葉ほどには否定的ではない。満更でもない内心を隠そうとするのは彼女のミステリアスさを増す魅力的な一面だった気がするが、今の僕には退屈なセックスアピールだ。人をけむに巻くことがなくなったからだろうか。

 いや、そもそも僕は彼女のことを魅力的だと思ったことなどあっただろうか。最初に会った時からもったいぶったけったいな女だと思っていたはずなのだが。

 だが、僕は彼女との思い出がある気がする。それはたまたま雨のバス停で出会っただとか、浴衣を着た彼女と夏まつりに出かけただとかだ。

 そんな妄想をして自分を慰めた覚えはないのだが、もしかしたら夢に見ていたのかもしれない。深層意識は自分には操れない。表層では大して興味がないふりをしているだけで、本当は興味津津なのかもしれない。

 僕は自分をそんなひねくれた精神性の持ち主ではないと思っていたのだが。好きな娘をいじめるとか、ね。

 全くナンセンスだよ。


「ま、まぁ? 幸せになりたい! ってのはわかるわよ? でも、みんなが幸せになれると思うの?」


 つんけんとした彼女は今日もひねくれている。それこそ僕が悩んだひねくれ方を体現しているのが彼女であることを誰も否定できないだろう。

 世間ではツンデレと呼ばれるだろう彼女は、僕たち仲間内ではただのダダ甘のでれっでれである。

 だが、それのどこにツン要素があるのだろうか。ただちょっとひねくれた言い方をするだけで人をツンデレだなんて揶揄しないと僕は思うのだが。それは少しばかり斜に構えすぎだからだ。

 ならば彼女はもっとつんけんとしていたはずなのだ。キツイ言い方をしては人から敬遠されるくらいのことは日常茶飯事だったはずなのだ。そんな彼女がこちらに振り向いてくれたから、あの時僕は嬉しかったのではなかっただろうか。

 だが、そのあの時とはいつのことだっただろうか。彼女と出会って1年が経とうとしているが、彼女は最初からクラスに溶け込んでいたし、人当たりも悪くなかったように記憶している。

 特にこの集まりにおいてはずっと甘やかす側に立っていたはずだ。

 なんなんだ。このもやもやとした漠然とした不安は。僕は彼女たちと仲良くしてきたし、彼女たちのいいところもたくさん知っている。だが、それがちっとも魅力的に思えない。

 まるで、彼女たちに触れることこそが不幸せであるように。

 ありえない。ナンセンスに過ぎる。


「なれるよ! というよりみんな幸せになっちゃダメなの? そっちの方が私わからないなぁ」


 小柄な彼女はいつも元気で活発だ。のーてんきでまいぺーすともいう。その明るさにはいつも僕たちは救われてきた。でも、彼女が小動物のように怯える様も少しばかり興奮した。こんなこと言ったら変態だ変質者だと騒がれるのだろうが。

 いや、でもその怯える様に限った話ではないが、彼女たちが例の黒い何かに出くわして涙目を浮かべていた時も気分が高揚していた気がする。

 実は今まで深く考えてこなかっただけで僕は実はS気質だったのかもしれない。なにせ可愛い女の娘が怯えるのが好きなのだから。だが、そう考えてみるとしっくりくる気がした。

 常に僕たちにすら怯えきっていた彼女。この世のすべては自分を傷つけるものだと信じていた頃の彼女。ああ、確かに彼女は魅力的だった。

 やっぱり僕は好きな娘をいじめて悦ぶような人間だったのかもしれない。

 こんな短時間で手のひらくるりんだなんてナンセンスだね(笑)


「君たちが話す幸せとは具体的に何を表しているんだい? いかに僕といえどもこの状況においてはその幸せというものが気になって仕方ない。と、皮肉をこぼすくらいは許されるはずなんだがね」


 ああ、こんな言葉が口をついて出るのならばひねくれているのは確かなのだろうさ。

 だが、それが許される場面だってあるはずなのだ。

 自分を鈍感だと、自分の性格すら把握できていないような思索の足りない男だとは自覚しているが、さすがにこうやって麗しき乙女5人に熱い視線を向けられれば、いやがおうでも察さざるをえないというやつである。

 だが、彼女たちは何を求めているのだろうか。

 僕に彼女たち五人を抱え込む甲斐性がないことくらいよくわかっているだろうに。おそらく一人二人と付き合うことになったとしてもうまくいかないだろうに。

 一人二人という仮定がそもそもナンセンスではあるのだけれど。


「ここにきてその逃げは通用しないわよ? あなただって薄々察してはいたんでしょう?」

「取捨選択。四捨五入。前門の虎、後門の狼」

「ふふ、まぁ逃げは許されないし、半端な選択が許される場面でもないのは確かね」

「で、でも一人だけ選ぶってのも悪くはないと思うわよ。そう、それで喜ぶ娘だっているはずなんだからっ」

「でも、誰もあなたの選択を拒まないよ。だって、私たちはみんなあなたのことが大好きだから!」


 ああ、こんな状況で悩む男は意気地なしだの金玉付いてんのか、とでも言われるべきなのだろうさ。リア充滅べ、爆発しろ。ハーレムは男の夢、ね。


……ふざけているのか?


 誰がこんな結末を望んだのだ。ああ、思い出した。鮮明に思い出したとも。

 グリザイユの記憶を。

 その色褪せた記憶は、まさに僕たちの色褪せた人生の最期に相応しいものばかり。

 血は流れ、女はモノのように扱われ、男などゴミ同然の扱い。

 ああ、そうだ、僕たちはそんなことがまかり通る世界に生きてきたのだ。僕がそんな凄惨な現場を今までの人生で見たことがないだと? 笑わせるな。そんなわけがあるはずがないだろう。

 幼い頃に姉が死んだ僕が、何も経験していないだと? 互いに狂おしいほどに狂ってしまっていた姉弟が起こした事件をなぜ忘れ去っていたのだ? そんな僕にお似合いのモノが現れるとしたら、それはいつだって凄絶なまでに同族に決まっているではないか。


 ああ、そういえば彼女はいじめの被害者だったか。彼女は家庭内暴力、彼女は中絶、彼女はレイプ、最後の彼女は誘拐監禁だったかな。

 全く、みんな不幸なことばかり巻き込まれている。確かに幸せを求めたがるだろうさ。

 だが、僕でいいのか? 君たちが忌み嫌うであろう不幸の権化であるはずの僕でいいのか? 姉を行為の最中に興奮しすぎて殺した僕でいいのかい?


 ああ、覚えているとも。一人ひとり、どんな末路を与えてあげたのか、今ならばねっとりと思い出せる。

 殺人、強姦、中絶、DV、流産、不治の病、植物人間化。

 ああ、それだけではなかったはずだ。もっとえげつないこともやったはずだし、気まぐれで優しくしてあげた覚えもある。


 さて、きらきらとした目で僕を見つめる五対の輝かしき瞳よ。

 君たちはその星の煌きを、どれくらい汚泥に沈めてくれるのかな? 今から楽しみで仕方ないよ。


 ようこそ、ジェットコースターよりも早く突き落とす、最高速の不幸のどん底へ。

 歓迎するよ。ハッピーエンド症候群の美しき少女たちよ。

 今回もその光なき目に笑顔を浮かべられるようになるといいね。


 ああ、なんてナンセンスなんだろう。

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