青いオオカミと赤い頭巾

【カサブランカ】【君の笑顔が見れるなら】【トリガーハッピー】【冷やし中華】


「なぁなぁ、隣町の奴ら、やられたらしいぜ」


 そんな言葉に、俺はびくっと肩を震わせた。薄暗い橋の下、10人ほどの仲間が集まっている。学ランをだらしなく着崩し、靴の踵は容赦なく踏みつぶされていた。


「おおー? 新入り、なんですかびびってんですか?」


 金髪オールバックの男、テツ兄貴が肩に腕をかけてくる。はは、そんなわけないじゃないですか。笑って答えた。


「んんー? そうとは見えないけどなあ。だって、あの《青いオオカミと赤い頭巾》だぜ? 最初は都市伝説だと思ってたけどよぉ、近所まで来ちまったんなら、信じるしかねぇもんなあ?」


 そういうテツ兄貴の手は、汗でびっしょりだった。俺にこのチームを紹介してくれた兄貴だけじゃない、他のメンバーも、心なしか元気がないように見える。

 その時、リーダーが大きく声を上げた。短く刈り上げ、横上の一部を紫に染めた黒髪をかっこよくまとめている。


「《青いオオカミと赤い頭巾》――けどなぁ、俺らだぜ?《パープルマシンガン》に敵うやつらなんていねえよ。共食い始めてりゃいいんだ」


 にやり、と口端をあげるリーダー。そのどす黒い笑みに、ああ、そうだな、リーダーの言うとおりだ、オオカミなんぞやっちまえ! という声があがる。


そうだ、ぼ、いや俺は、この人に憧れてこのチームに入ったんだ。


 頬の「kill」という紫のペイントをなぞる。今なら何でもできそうな気がした。

 リーダーが近くにあった岩に片足をかけ、目を細める。それは宣戦布告であり、勝利宣言だ。盾ついてきたやつらは、こうして皆つぶしてきた。


「いわば俺たちは猟師だ。――さっさと片づけちまおうぜ」


―――――――--------------------------


「あいつら、か?」

「しかねえだろ」


商店街の路地裏。真っ昼間なので、暗がりとは言え少々蒸し暑い。


「……くそ、お前ら俺らと同じ夜の住人じゃねえのかよ。お天道さんはまだのぼっていらっしゃるぞごらぁ」


 呟く俺の視線の先には、異様な二人組が歩行者天国を堂々と歩いていた。


 一人は、真っ青なジャケットに黒いズボンを合わせた背の高い輩。暑いのか、袖をまくっている。腰に届かないくらいの、ぼさぼさの髪の毛を青いゴムで一本に縛っている。ポケットに手を突っ込み、楽しそうに隣の奴と談笑していた。


その「隣の奴」は対して背が低い。赤いフード付きのマントが、その全体像をぼかしていた。被ったフードの横脇には、真っ白な――なんだあれ、ユリ? が飾られている。


「オレ、一回あの冷やし中華食べてみたかったんだ」

「そうなのですか? 奇遇ですね、私もです。あ、ついでにお洋服屋さんにもよってよろしいです? トータルコーディネイトさせていただきたいのですよ」

「おお? 別にいいが。嬉しいぜ」


 オオカミの方に、きらめくような笑顔が浮かんだ。変に鼻がむずつくような、変な違和感がある。

 しかし俺は、違和感の正体に気が付く前に後ろの仲間たちに気が付いた。

 振り返る。


 ……路地裏で、血の涙を流す男たちがいた。


「おい、聞いたか今の」

「もちろんだ……いや、《青いオオカミと赤い頭巾》ね。名前で何となくわかっていたぜ?」

「爆ぜろ」

「むしろ関わりたくない」

「俺らの知らないところで幸せにやってろ」


 しかし、これで判明したことがある。これを見る限り、敵はオオカミ一匹だけのようだ。確かにこれまで周りのチームを潰してきた野郎なのだから、相当強いのだろう。しかし、所詮は一人。雑魚は集まっても雑魚なだけだが、俺たちは一人一人が強いのだ。最強が集まれば、オオカミなんぞ赤子の手をひねるよりたやすい。


 リーダーがいつまでピーピー泣いてんだてめえら、と喝を飛ばす。


「そうっすよ、俺らは猟師ですぜ?」


 俺の言葉に、リーダーが お、言うじゃねえか、と呟く。

 メンバーの何人かが顔をあげた。


「おそらく、だがな、他のチームどもはあの赤頭巾のほうに手を出しちまったんだよ。人質のつもりでな。……だがそいつぁ地雷だ。今はオオカミの方は殺気など微塵も感じねえんだが――キレた時が、やばいに違いねえ」


 じゃあどうすんすか。テツ兄貴が尋ねる。

 徐々にその場の空気が変わっていくのがわかる。この熱さ――たまんねえ。

 リーダーは笑って答えた。漢の、カラッとした笑みだった。


「正面からぶつかってくに決まってんだろ」


 いくぞ。


 その銃声のような声に――俺らは日差しへと飛び出した。


----------------------------------――――――


 その地獄絵図のような光景を、俺はただただぼんやりと見ていた。

 一番にオオカミへと飛びかかったリーダーの拳は、そいつへは届かなかった。歯がガタガタと震えだす。ああ、と声にならない音が漏れる。

 青い革ジャンに手が伸びた瞬間――隣の赤頭巾が、マントの裏側から真っ黒な銃を取り出したのだ。

リーダーの表情が驚きに満ちる。

それは明らかに場慣れした、滑らかな動きだった。すぐさま発砲。



 放たれたものが――水が、リーダーの目に命中した。



「超強力目薬に胡椒、トウガラシの粉、その他もろもろを混ぜ、さらに本体もちょこーっといじった特別な水鉄砲ですの――効いているかしら? 聞いているかしら?」

「う、うがっ……」


 リーダーを失った俺らは、一瞬うろたえた。

 おそらく、それが敗因だったのだろう。

 ふふ、と嗤った赤頭巾は、次なる獲物を探し求める。てめえ、と叫びながら得意の足技を繰り出した仲間の一人が、同じように水の弾丸を食らって倒れた。

 今だ。


「ここだぁっ!」


 突如俺らが潜んでいた場所とは反対側の路地からテツ兄貴が飛び出した。さすがに不意打ちであったらしい、兄貴の拳がオオカミの胸へと吸い込まれていく。


 貰った! 


 勝利を確信した俺は、兄貴から瞬時に視線の方向を変えた。

俺は同じタイミングで赤頭巾へと足払いをかける。少女らしき細い足は、あっけなく滑り落ちた。ぼす、と音がして転ぶ赤頭巾。


 その拍子にフードが脱げ、表情があらわになる。中学生くらいの、肌の白い少女だった。


「……?!」


赤頭巾はまぶしそうに目を細めたが、その間も引き金を引き続けている。的確に目を狙ってくる! 心なしか笑っているようにさえ見える。


 俺は勢いに任せゴロゴロと後退、もはや弾丸ともいえるそれを避けた。

学ランが濡れるのがわかったが、別にそれは気にしない。要するに顔に当たらなければよいのだ。

それにオオカミの方は知らないが、赤頭巾はたかが水鉄砲。つまり、限界がある!


カチン、と音がした。弾切れだ。


ちっと舌打ちをした赤頭巾が、不要になったそれを投げ捨てる。

 他の仲間たちが一斉にオオカミに殴りかかっていく。

 その瞬間、はあ、と一つため息をついた赤頭巾がさっと手を挙げた。



 にやり、と口に笑みを浮かべたまま。



「……っ!」


 ばっと振り返ると、オオカミに殴りかかっていたはずのテツ兄貴が倒れていた。痛そうに腹を押さえているが、なぜか顔には鼻血のあとがついている。


「あ、兄貴?!」

「逃げ、ろっ! 敵はオオカミじゃねえ、赤頭巾の方、だったん」


 言葉が途切れる。ざざ、と大きな物音がして次の瞬間


「ぐはっ」


 地面に倒されていた。背中に衝撃が走る。焼けつくような痛み。おかしい、だって赤頭巾もオオカミも今僕の視界に――



「ユウコちゃんに手を出そうなんて、1万年早いのですよこの虫けらが」



 歪んだ視界の中で見えたのは、同じように倒れ伏した仲間たち。そして、幾人もの《赤頭巾》の姿だった。ぐり、と背中に硬い感触。踏まれている、ということに気が付くまでに数秒かかった。


中央にいる赤頭巾が、2つ目の水鉄砲を取り出し、蔑んだ表情でまっすぐにこちらに向けた。


 とどめ、か。


 ……うん?


「……ユウコ、ちゃん?」

 蚊の鳴くような声で呟く。


 殺気のない青いオオカミ、赤頭巾、鼻血を出した先輩、百合の花。


 隣を歩いていた赤頭巾に大慌てで近寄っていくオオカミの、そのつつましいながらもほのかに膨らんだ胸を目にして――


 全てを悟った僕は、意識を手放した。


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 とあるショッピングモール内のラーメン屋で、異様な一団が冷やし中華をすすっていた。一人は青い革ジャンに黒いパンツを合わせた背の高い少女。それを取り囲むのは、20人ほどの、同じ年頃の男女。皆一様に赤いマントを上から羽織い、フード部分に穢れなき真っ白なカサブランカの造花をつけていた。


 ったく、誰だよ可愛くないからフードにカサブランカ付けようって言ったやつ。皆百合だとおもわれるじゃねーか。優子さまは皆の優子さまなんだぜ? いいじゃない、女の子には女の子が合ってるのよ、野郎は引っ込んでなさい。んだと。そもそも僕らがいるから喧嘩チームみたいなうわさが広がるんじゃないか。いや、私たちはあくまで優子さまを守り隊なのよ? そんな声が聞こえてくる。


 そんな中、先程まで戦闘の中心にいた赤頭巾が、ぷくうと頬を膨らませた。


「せっかく回ってきた優子ちゃんとのデートが台無しです。やり直しを要求します」

「何だって!」


 麦茶を飲みながら言ったその一言に、ガタガタ、と音を立てて一団が立ち上がる。それを見た青い少女が、慌てて仲裁に入った。


 続いて頬を膨らませたままの少女の隣に腰掛けると、ぐっと顔を寄せた。

 そして、へにゃ、と笑う。


「ダメだろう、皆との約束だ。また23週間後、な? その時また遊ぼうぜ」

 膨らんだ頬をつん、と細い指でつついた。


「……へ、あ、は、はい……!」


赤いマントの少女が顔まで真っ赤に染まっていく。

 ずるい……。

 集団からため息が漏れた。自分がやられたと想像したのか、顔を押さえうずくまるやつもいる。


「あ、そうだ」


 青いオオカミは、これ以上ないくらいの、きらめくような笑顔で赤い一団を見た。何人かが鼻血を吹いて倒れる。


「みんなも、助けてくれてありがとう。弱っちい俺だけど、さ。できることは、やるから。今度皆が困っていたら、絶対に助けるから。お前らの笑顔が見れるなら、オレは何だってするよ。だから――本当に、ありがとう」

「……っ(神! 女神!)」


 多くのメンバーがもだえる中、青いオオカミは元の席に戻る。すとんと座ると、冷やし中華の最後の一口をすすった。


「うん、おいしい」

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